はじめに、平素より、埼玉大学男子ラクロス部を支えてくださるOBOGの皆様並びに、保護者・関係者、武蔵コーポーレーションの皆様、日頃より多大なるご支援、ご声援誠にありがとうございます。今後とも埼玉大学男子ラクロス部のご支援のほど、よろしくお願いいたします。


こんにちは。25GAで主将を務めました辻啓智です。

久しぶりに参加した部活ではブレイク練の1セットで膝に手をつき、再開した筋トレでは現役の頃の重量ではセットを組めなくなり泣きそうになりました。本当に恥ずかしい。

卒論に追われて、提出が遅くなってしまいました。翔太郎お前もだぞ。大竹ほんまごめん。

私のラストブログは大自己満になるし、目標を達成できなかった主将のブログなので、鼻くそでもほじりながら軽い気持ちで見てくれると嬉しいです。ちなみに長いです。



◯四年間を振り返って
-1年生-
10年間続けたサッカーを続けようか悩んでる中、さほさんのTwitterから勧誘が来て流れるようにラクロス部の新歓に行った。

当時の四年生がサボってたのかどうか、航さん、健太郎さん、あと3年生何人かの5.6人のプレイヤーしかいない新歓で、「人少なすぎだろ」と思ったのがGAとの出会いだった。

なんやかんやの入部後、そこからは本当にずっとラクロスをやっていたと思う。

たしは最初からパス系が上手くて、難波もそつなくこなせるし、翔太郎はショットがやばい

比較的遅く入った自分は同期に追いつきたくてひたすら壁当てとショット練をやってたのが懐かしいです。

サマー、ウィンターの新人戦は何もできなさすぎて最早記憶はない笑
ウィンターは自分の得意だったダッチすらも通用せず、予選敗退で家で号泣。そんな感じだったかな。

同じように大学から始めたのにこんなに差がつくのはなんでだろうと感じてた時、転機が訪れる。健太郎さんとかいさんに誘われて行った森松コンピート。

とにかく実戦を意識、ミスってもいいから流れの中でのショットを体に染み込ませる。

こう教わって、考えてやるようになってから、自主練が実戦に繋がるようになった。

翔太郎と死ぬほどショット練してたのもこのオフシーズンら辺だよね。この時期はラクロスが楽しくて仕方なかったな。


-2年生-
2部の舞台で名を轟かせる
そう意気込んでスタートしたシーズンは苦しかった。

印象的だったのは4月の新歓試合の専修戦。
引き分けだったが、個人としては1G1Aで試合を作ってる感触と、やりたいプレーができるようになって楽しかった。

試合後にさほさんにどうだったかを聞かれ「楽しかったです」と答えた。

「3部相手の新歓試合で引き分けなのに?」

そう言われてはっとしたのを今でも覚えてる。

丁度この時期、あすなろのプレーが評価されて、ユースの選考会に呼ばれたが、落選。普通に悔しかったから「絶対見返してやる」と、なおさら個人のプレー向上に励んだ。
自分がもっと上手くなればチームの勝ちに繋がると信じてたから。

そんなこんなで迎えたリーグ戦は結局一回も勝てず、新歓試合でやった専修と再び入れ替え戦。

5-7で負け。
試合終了直後は実感がなくて立ち尽くしてた。OBの顔を見て号泣。せっかく2部の舞台を繋げてくれたのに、降格させてしまった申し訳なさでいっぱいだった。

同期の翔太郎は3点も決めてたのに自分は0点。その試合を見てみると、4Qは全部1人でやろうとしてた。

この1年間はさほさんに言われて、気づいたはずの自分の「チームに対する無責任さ」から逃げて、盲目的に個人技術の向上に当てた。その結果がこれだった。

そこから自分で点を決めることじゃなくて、チームで点を決めるにはどうするか。もっと昇華させると、どうすればチームが勝てるのか、良くなるのかの視点を持てるようになったと思う。


振り返ると辛いシーズンだったけど、嬉しいこともあった。
A1に選ばれたこと。

同期のまっちーがブイブイ言わせてる横で良いプレーもチャレンジもできなかった自分が情けなくて、正直いい思い出ではない笑

ただ、反骨精神に火がついて、自分まだまだだなと練習に向かえるいい刺激にもなった。

さとはやさんと、ここで出会えたのも熱かった


-3年生-
鹿島オープンで翼さんに出会う。凄い求心力だった。多分本人はそんなつもりはないと思うけど
-プレーの姿勢、防具を並べる文化だったり、練習への取り組み方-

ラクロス以前の部分から、自分たちのメンタルを叩き直してくれた。翼ニキありがとう。


実際鹿島オープンの中で成長した実感は皆の中であったと思う。

練習試合の結果も悪くなく、期待感もあった。

迎えたリーグ戦は2勝1分3敗。

りょうへいもブログに書いてたけど、日大〜関学の2ヶ月くらいは本当に雰囲気も最悪だった。
なにより一番迷惑かけてきたりとさんの代に恩返しできなかった自分の力不足に絶望した。

関学戦後ばこがすぐに帰宅し始めた時は、「今こそ話し合うべきだろ」とムカついたし、突き放そうともした。

でも今振り返ると、ばこが全面的に感情を表してくれただけで、あの試合で誰1人、現状に納得していた人はいなかったし、納得できる程の努力は誰もできてなかった。

あれが当時の実力だと思うし、チームとして、特に同期間でバラバラだった。

今思えば、そんな状況だからこそ自分でなんとかしたいと思って、主将を目指した。

◯主将としての一年間

一回書いてみて、全部読み返してみたら、
後悔や反省ばかりでかなりネガティブな文章になってしまいました。

ネガティブな俺って、俺じゃなくね?

過去はもう変えられないってことで、次に繋がることやこの一年で得られたことについて書こうと思います。



主将になって、新しいことをやってみた

1on1ミーティングは少しでも皆のことを知りたくて始めた。

主将として、どんな思いでチームメイトがラクロスをしているか知りたかったら。

心境をぶちまけて話してくれる人もいれば、まだ心を開いてくれてない人もいたけど笑

このミィーティングを通して分かったのは全員このチームが大好きだということ。


練習後に感想を誰かに当てて言わせるやつ。

日々の練習を振り返って、目標管理グループの人たちには技術的なことを振り返ってるかも知れないけど、チーム全体のことを振り返ってみて欲しくて、自分ごとに捉えて欲しくて取り入れて見た。

なかなか意図は伝わらなく、堀口さとしは当たり障りのないことしか言わなかったけど笑

それでも何か練習中に感じた違和感だったり、良かったことを全体の前で、なんでもいいから共有することが大事なのかなと。

試合前にみんなが熱いこと言ってくれるのも嬉しかった。


今丁度基盤で話してると思うけど、GAは少数だからやっぱり一人一人の影響力は良くも悪くも大きい。

組織は個人の集まり

一人一人の積み重ねが、チームの総合力に繋がってくる。

勝てなかった人に1on1で勝つのでもいい。
今日壁当てにいった。
ベンチプレスを一回でも上げた。
今日はパスミスしなかった。
チェック練一回でも振れた。
防具を並べた。
プロテインシェイカー持ってきた。

なんでもいいし、どれだけ小さなことでもいい

チームが同じ方向を向き、何かを成し遂げる。

その積み重ねが集まって、一人一人の勝ちがチームの勝利につながるのだと思う。

実際俺がそこに気づけたのは9、10月とか。

もっと早く気づけば良かったし、

きっと気づいてる人もいたと思う。

言いたいこと伝わってるかな?笑


もう一つは、日頃の練習や今のチーム状況を常に疑いながらやってほしい。

多分その意識が25GAには少なかった気がする。

25GAを追うと同じ結果になってしまうから

常に批判的な目を向けて

何かを大きく変えるのもいいし、できることからやってみるでもいい。

新しい風を吹かせながら1年間頑張って欲しいと思います。


途中、ポジションリーダーではない自分は数値部分で貢献できてないから、このチームに何をしてあげられてるのかと思うこともあったけど、国士舘戦前のみんなのメッセージだったり、引退後にこうせいが送ってくれたLINEだったり。

自分が1年間やってきたことは間違いではなかったなと思えるようになりました。

国士舘終わりにようすけさんが
「普通のリーグ戦でこんなに応援が来てくれてるのは初めてだと思う」
と伝えてくれたこと。
とても印象に残ってます。


応援されるチーム、愛されるチームになれたことは、主将として本当に誇らしく思います。

だからこそ大好きなこのチームで昇格して、
俺のチームにはこんな凄い、チームのことを思える人たちが沢山いるんだよ

そう伝えられなかったのは、主将である自分の力不足だな

これが引退して1ヶ月たった本音です。



◯感謝ゾーン

学連組
執行部
2人のノリを作って嫌々やりながら運営を一緒に楽しくやってた米、おもんないけどいたら安心するなべ、優しいけど意外と毒吐くまさし、梅酒完飲からマブになった柚木、多分1番飲んだ鬼、困ったら探してた頼り甲斐ありすぎるふみ、駒一ショット練で普通に止められて絶望したこや、ツボ浅すぎる大食いのすい、大規模ありがとうすぎるころ、日焼け防止マダムのろあ、いなさすぎていたら嬉しいイヴ

他にも野郎共、24新人幹部、25執行部、25幹部。最後の1年間は全然仕事してないけど、皆のおかげでもっとラクロスの面白さに気づけたし、ラクロスを頑張ろうと思えました。本当にありがとう!
1/24でみんなとラクロスできるのを本当に楽しみにしてます。たくさん飲みもいきましょう


あとかこさんはくさん
3年のフレキャン後から仲良くしてくれてありがとう。2人の破天荒さについていけないことはあったけど学連の楽しさはというか、なんでもやってみる心構え的なのは教わった気がします。

こうせいさんにおんぶに抱っこだった統括補佐もいい思い出です。くりまぐともここで仲良くなれたしね。A1企画も懐かしい。

ラクロスやってなかったら出会わなかった人たちと会えたこと、外の世界が広がるような感覚で本当に楽しかったです!


一年生
皆を2部の舞台で戦わせられることができなくて本当に申し訳ない。今の一年生は4年生に結構憧れを持ってくれてる人が多いと思うけど、余裕で越えられると思うから、限界を決めないで皆なりに頑張って欲しいです。そんな一年生をマネの5人は十分支えてくれてるけど、これからもケツ叩き続けてあげてください

特に44番を継いでくれる稜大郎くん。来年のリーグ戦期待してます。がんばれよ

二年生
最近ちゃんねるが解き放たれて覚醒したと聞いてます。前練習行ったけど昴も少し変わったなと。いつのまにか皆3年生で、エースとして活躍しなきゃいけない時期になってきたり、責任感も増してくると思うけどから、ぜひそれに打ち勝って、みんなで四年生を支えて欲しいです。

三年生
1番長く付き合った代だから普通に寂しくなるなーと思いつつ、やっぱり26の代でしか作れないチームもあると思うから、思い切ってやって欲しいです!すでにメニューの作り方等、変えていこうとする意識があって、この代は安心だな、楽しみだなっていう風に思ってます。
後悔しない一年を過ごせるように頑張ってください!
本当に3年間ありがとう


健太郎さん
44番と主将の引き継ぎ、完了しました。
結局、健太郎さんの代を超えることは記録上できませんでしたが、25GAはどの代にも負けない最高のチームができたと思います。
たくさん練習に来てくれてありがとうございました!

しゅんさん
しゅんさんは無能のキャプテンを目指していましたが、僕は目指さずにそこを達成してしまったかもしれません。新人委員にぶち込んでくれたおかげで、lacrosse makes friendsは体現できたと思ってるし、外に顔が広い埼大文化を少しは作れたかなと思います。一年間見守ってくださり感謝です。

りとさん
結局2部昇格を叶えられず、りとさんのように何でも相談できる主将にはなれませんでしたが、自分なりに頑張れた一年でした。
OBOG戦来てくださいね?待ってます🫶

たくみさん、ゆうまさん、ひろきさん
一年生の時から面倒を見てくださり、ありがとうございました。お三方に教わり続けた一年生の夏、間違いなく僕たちの土台となりました。
OB戦で会えるの楽しみにしてます。

みのみのようすけさん、パップをはじめとするOBOGの方々
ほぼ全ての試合を見に来てくれて、沢山練習に来てアドバイスや相談に乗ってくれて、本当にありがとうございました。同期一同皆さんのことが大好きです。これからはOBとしてよろしくお願いします。


同期

翔太郎
1番のライバルでもあり理解者でもあり戦友でもある翔太郎に支えられてきた4年間だった。
2manの崩しだったり、俺のゴミパス取ってくれたり、一年生のオフでバグったパスフォーム修正してくれたり、数えたらキリないくらいたくさんの思い出を作ってくれて、何より隣で戦ってくれて本当にありがとう。
翔太郎が作り上げる一年生チームのサマーを楽しみに仕事頑張りたいと思います。

たし
1.2年の頃はたしのセンスに嫉妬して、3.4年、特に最後ははたしの決定力を頼りにしてた。
俺のパスたくさん決めてくれてありがとう。
健保の公園でパスキャしてた頃に比べて本当にお互い上手くなったね。たしと翔太郎と戦術を話す時間だったりアフターやる時間が恋しいです。社会人になったらスモビジやろうね

大竹
俺の最後のアシストが大竹のゴールで良かったなと大竹の熱いブログを読んで思ったよ。
怪我続きできつい時期を誰よりも過ごしたと思うけど、最後まで一緒にラクロスやってくれてありがとう。OGだから女ラクの育成かな?頑張ってね

せいごう
俺の隣人。一時期はピンポンし合うなんてこともあった。特に終盤、SSDMとしてのDFのバリエーションが増えて、神奈川戦でボールダウンさせた瞬間が俺の中でベストオブDFだった。本当に会計大変だったと思うけどやり切ってくれてありがとう。卒論助けてください

りょうちん
モチベがどうとかブログで言ってたけど、練習中誰よりも早くセットしてたり、声出しの部分だったり、密度濃い練習にしようとしてくれてるのが感じて主将助かってましたありがとう。ちょっと色々と聞きたいことあるからりょうへんち集合できる日程だけ教えて。
社会人になってもチェンソーマン観に行こうね

なかぽん
優しいけど頑固でいい意味で狂ってるなかぽんと相談し合うあの時間が結構好きでした。俺だけかもしれないけど、遠慮しないで話せてたなと思ってます。モヤモヤが晴れることが何度かあったし、色々気づかせてくれる大切な時間だったなと振り返って思います、ありがとう。

かおる
芳は適当で、話聞いてない所はあるけど、皆のことが大好きで、チームのことを考えて意思決定したり、動ける人だったなと尊敬してます。
一年生の頃のダンスとか面白くていじりやすい所をもっと後輩に発掘して欲しかったけど笑
なかぽんと2人でゴールを守ってくれてありがとう

りょうへい
大事な健保での2試合にいなかったことは悔やまれますが笑、怪我の中、1年間DFリーダー本当にお疲れ様。俺だったら自暴自棄になって発狂してる笑。しっかりチームに向き合ってくれてありがとう!りょうへいとやる1on1が1番楽しかったし、もっとやりたいので練習行きましょう。

かず
責任感がつよくて、アスリート気質なかずを密かに尊敬してた。健吾さんを連れてきてくれたりね。行動力の部分は主将になってからも助かった場面はあった気がする。ありがとう。
かずはどう思ってるのか分からないけど、ばこと翔太郎とでいじってる時間が部活の中でも群を抜いて楽しかった笑 育成を頼んだ!

みつき
三年間みつきが居たらなぁと思う場面は何回もあって、願わくば一緒にラクロスを四年間やりたかった。
けど!違う形でもGAの一員として最後まで一緒に戦ってくれて本当にありがとう。
とりあえず飲みにいきましょう。

雅とさき
オペレーションの所ほぼ雅に任せっきりで無能な主将でした。bandから渉外、係活動の全部を把握して修正してくれる。何よりカンミだったり日々の練習で、変われてないところ、改善すべき所をしっかり伝えてくれて、本当に×3ありがとう。雅がオペリーで本当に良かったです。

偉大なさほみほさんがいなくなってから3年生からの2年間、TRリーダーの仕事を最後まで果たしてくれて本当にありがとう。3年生からやってるから見えていることがさきにはあるなと思って頼りにしてました。鹿島とか新人戦のMG等、外部での学びをGAに活かそうとする献身性は誰にでもできることじゃないと思う。

だからこそ上智に勝ったあと2人の嬉しそうな顔を見るのが嬉しかったし、2部昇格させてあげたかったなと同期プレイヤーは思ってます。
だらしないこの代を四年間支えてくれてありがとう


ばこ
教科書販売で話しかけて、ラクロスに誘った自分に感謝したい。ラクロスでも大学生活でも1番長く居た同期です。悔しい結果に終わってしまったけど、喜怒哀楽、全ての感情を誰よりも共有して、一緒にやってきたばこと主将、副将で25GAを作れたこと。
一生忘れることはないと思います。
本当にありがとう。

両親へ
特に最後のシーズン、現地まで応援しにきてくれて本当にありがとうございました。引っ越す前に手紙で立派な男になりたいと書いたのを覚えてますか?まだなれてるかどうかは分からないけど、ラクロスを通して大切な人に出会えて、本当に貴重な経験をして人間的にも成長することができたと思います。
それを遠くから見守ってくれた、2人にこれから恩返しができるように社会人になっても頑張りたいと思います!



最後にれおまくん

主将会の帰りに話したことが全て。

これから先何回も壁にぶち当たると思うけど、

ラクロスに対して、何より部員に対して熱くなれるれおまならどんなことも乗り越えていけると思います。

俺が保証します。

やりたいこと、変えたいことを諦めないで何回もチャレンジし続けてください。

れおまならできるから大丈夫

そこでもし発狂して愚痴りたくなったらいつでも連絡してね。美味しい居酒屋でも連れていきます。



26シーズン、本当に楽しみにしてます。

25シーズンで俺らと同じかそれ以上の目標を掲げて取り組んできた三年生なら必ずいい結果に繋げてくれると信じてます。

東京勤務だったら毎試合応援行くね。



最後に、苦しいことも悔しいことも多かったけど、主将やってきて良かったなと思うことの方が断然多いです。

試行錯誤しながら、時には対立して、目標のためにもがき続けてきた一年間は、振り返ると本当に貴重な経験をさせて貰ったなと思います。



きっと大学一年生に戻ったとしても、同じようにGAを選んで4年生で主将をやってたと思います。


人生で忘れられない、最高の四年間でした。

関わってくれた全ての人に感謝申し上げます。
ありがとうございました!


主将 辻啓智

平素より埼玉大学男子ラクロス部を支えてくださるコーチ陣をはじめにOB、OG、保護者の方々に深く感謝申し上げます。


意外も長く感じたこの4年間、終わる瞬間はほんとに一瞬でやって来て一瞬で引退を迎えてました。1週間くらいは実感湧かなくて朝目覚めてしまうことがちょいちょいあったんですが、今はもうお昼くらいまでぐっすりですね笑



今思えば、当時大学1年生のとき僕自身部活に入る気とかは全くなくて、サークルとか入って緩く楽しくなんか出来たらいいなーくらいに思ってた時、DMで芋さんから勧誘の連絡来たことがラクロスを始めた全てのきっかけのようになった気がしますね笑あれ無かったら正直ラクロスやってなかったです。勧誘を受けてラクロス部の体験会行って楽しくてそこまでは野球やるかラクロスやるか五分五分のような感じだったんですけど、ラクロスやろうとなった決め手は練習見学行ったことですね。健太郎さんをはじめとする当時の4年生がめちゃくちゃカッコよくて、ラクロスってスポーツもカッコよく見えて心惹かれてラクロスやろうってなりましたね。


入ってからも先輩方々は積極的に色んなこと教えてくれ、初っ端の練習から腹から声出して楽しく騒ぎながら練習するアツい同期に囲まれて、なんかすごい良い部活だなーって入ってからもなってそこから熱が入り始めましたね笑



そして入ってからの4年間、同期には感謝しかないですね。ほんとに感謝しかない。
みんなで讃え合った瞬間、笑い合った、悔しがった瞬間、全ての一瞬一瞬が今では僕の宝物です。今の同期じゃなかったら割と挫けて途中で心が折れてたかもしれないですね。
ほんとに今の同期は「最高の仲間」です。一生忘れません。一生大好きです。

今シーズンからは僕自身、副主将兼OFリーダーとして活動しましたが、正直めちゃくちゃ苦しかったですね、笑
25GA活動してからの練習試合何試合か全く勝てる感じがしなくて、ひろや柊、りょうへいにも相談して本気で色々考えたのは今でも覚えてます。自分のこと以外に戦術やプレイヤー1人1人に目を向けて、常に考え続けた1年のように思えます。そして迎えたリーグ初戦、今まで勝てたことのない上智に9-5で勝利。あの瞬間は今でも忘れないです。嬉しくて人生で1番叫んだ瞬間、DFリーダーの遼平と抱き合った瞬間、みんなで笑い合った瞬間、ほんとにあれは1番の思い出ですね。今シーズンでは昇格はできなかったものの、シーズン通して得られたものは沢山あったと思います。やっぱリーダーってのは難しかったです、笑



でもリーダーやっててしんどい時、ずっと支えてくれて俺が頑張る原動力になっていたのはひろかな笑
ひろは2年生から一緒にMDで試合出て、2manでペア組んで、点取りまくって、暴れた仲故なのか、俺が凹んでる時とか調子悪い時に誰よりも先に声かけてくれて顔を上げさせてくれた気がするよ。本当にありがとう。お前居なかったら最後までやり切れなかったよ、
2人で初めて一緒にけんぽで壁当てして、50回くらいノーミスでパスキャできるまで帰れませんみたいなことして夕暮れまでラクロスした日とか、森松さんのコンピート2人で行って汗だくだくで臭いまま電車乗った日とか、フリーボールで暴投多すぎてブチギレた日とか数え切れない思い出がひろとはあった気がするな笑
4年間ほんとにありがとう。
そしてひろ以外4年生にも改めてほんとに感謝してる。定期的にみんなで飲もうね笑




最後にお父さんお母さん、そしておじいちゃんおばあちゃん俺の長いスポーツ人生を陰で沢山支えてくれてありがとう。なんの不自由なく今までスポーツを続けてこれたのは全て家族のおかげだと思ってます。親孝行頑張ります。


なんかだらだらした文になってすみません笑
まだまだ書きたいことあるけど長くなりそうだからやめときます笑




最後になりますが、本当に今まで応援してくださって皆様ありがとうございました。
今後とも埼玉大学男子ラクロス部の応援よろしくお願い致します。

毎日の早起き、毎晩のbandの確認から解放された今、晴れて自由になったと思った瞬間もあった。ゆっくり寝られるようになったねと言われて、確かにと思うこともあった。
火災報知器と同じ音量の目覚ましを5:50にセットする毎日も
疲れて家に帰ってすぐワイシャツだけ脱いで自主練しにいく毎日も
静かなエントランスでシャドーをする日も
増量するために毎日食費がかさむ日々も
もうない。
寝坊してみんなに迷惑をかけることも
パスミスをしてばこにキレられることも
戦術を把握していなくてりょうたろうに怒られることも
もうない。
芳といたうとこうせいとアクションプランを確認することも
寒い中みんなで円陣を組むことも
防具オンすることも
もうない。
ディフェンスと反省をしたり、オフェンスの良いショットを賞賛したり、ショットを止めて煽りまくったりすることも
みんなの眠そうな顔を見ることも
もうない。
そんな現実を目の当たりにして、自分の中に今まであった25GAとしての日常が、ポッカリと無くなってしまったことに気づいたんですかね、。自然と涙が出てきました、、。
前置きが長くなってしまいました。
引退の寂しさをじわじわと感じております、4年ゴーリーの中舘稜太です。



はじめに、保護者の皆様ならびにOB•OG、コーチの皆様、そして埼玉大学男子ラクロス部に関わるすべての方にお礼申し上げます。
多大なる声援とご支援を、本当にありがとうございました。
私も皆様のお力のおかげで闘いきることができました。
来シーズンも引き続き応援のほど、どうかよろしくお願いいたします。

引退ブログということで、率直な想いを残そうと思います。拙い文章ですがお付き合いいただけると幸いです。



寂しさに歯止めが効かず、引退した次の週の金曜日にはグラウンドにいました。もうすでに3回も行ってしまっていて、この間は後輩たちの6on6中にボールをグラウンド内に転がしてプレーを止めてしまうという、、もう完全に老◯です(本当にごめんなさい)。



ラクロスとの出会いから振り返って書いていこうと思います。
私は様々な価値観を持った人と交流したいという想いがあって、様々な学部が同じキャンパス内にある埼玉大学を選びました。
そんな想いがあったのと、高校での部活動は本当にやりきれたと言い切れるものだったため、自分にはない価値観を拡げられる新しい組織に所属しようと、アメフト部をはじめ、いろいろな団体を見に行きました。
そんな中でGAを選んだのは、直感でした。
たいせいさんにSNSで声をかけていただき、体験に行きました。
今でこそGAに関わる人が口を揃えていう「雰囲気が良い」というのはその通りだと思います。
あえて言語化するならば、一人ひとりがよく考えていて他人を思いやれる余裕があり、チームとして前を向いている、とでも言いましょうか。
当時の先輩方からはそのようなことを感じました。
極め付けはチーム名(Green Albatross:略GA)の由来。
「GREEN(大学の色:緑)ALBATROSS(アホウドリ)→アホウドリは地上にいるときこそ鈍臭く、助走の仕方も泥臭いが故にその名が付いているが、翼を広げた長さは鳥類最大級で、飛行能力もずば抜けて高い。」
自分たちも泥臭い努力を積み重ねて、飛び立つことができる、そんなチームを目指している。
それを聞いて、直感が確信に変わりました。
初めて行った練習体験で入部を決めました。



そんな出会いから始まったラクロス生活でした。
今だから書きますが、実は割と早い段階から退部も考えていました。
ラクロスは楽しい、先輩たちにも恵まれ、同期にも恵まれている。これ以上の環境はないとさえ思っていました。
ただ、色々なことを詰め過ぎてしまって、合間時間に壁当てに行ったり、夜家に帰ってから2時くらいに壁当てに行ったりと上手く時間を使ったものの、2日(48時間)で1度睡眠をとるサイクルを回していました。馬鹿ですよね。
他にもいろんな要素が重なっていたのもあり、退部を考えていました。
ただ当時はそれも挑戦だと自分に言い聞かせて、結局そんな生活を続けていました。

案の定、いろいろなところから綻びが出て、人に迷惑をかけてしまうという自分が1番嫌な結果を招いてしまいました。
それでも続けようと思ったのは、迷惑をかけてしまった分を取り返そうと思っていたのもありますが、本当に素敵な先輩と同期だったからです。



1年生のリーグ戦はベンチから大声で応援していました。かっこよかった先輩、アツいプレー、ラクロスの魅力を再確認させてくれました。
踏ん切りがつけられたわけではなかったけれど、徐々に他のことに区切りをつけようと思えてきて、気が付けば2年生。
まだショートクロスを持っていました。
わたしはディフェンスが性に合っていると思っていたのと、憧れがあった中、同期にはロングが3本。流されるままにショーディーになりました。

生活リズムもそこまで変えられないまま、取捨選択ができない自分が情けなかったです。
転機は2年の8月、かおるのドイツ留学の関係で、チーム内のゴーリーが足りない。
しゅんさんからの興味がないかという連絡に二つ返事で返しました。
1.2年生のみんなは知らないと思うけれど、私がゴーリーになったのは2年の9月でした。



ディフェンスの要であるゴーリーとしてチームに関われることと、新しいことは成長を感じやすいのもあって、すごく楽しかったです。
ただ、ボールはよく当たるし、めちゃめちゃ痛いし、全然思ったようにセーブができないし、、。
わたるさん、りょうまさんにはいろいろ教えてもらい、自分でもSNSでたくさんの情報を収集しました。

リーグ戦ではりょうまさんの控えとして、声を出し続けました。
あの時のりょうまさんの顔は忘れられません。
その後、グローブとクロスを揃えたのは自分なりの覚悟の表れでした。



新しいチーム体制で、いろいろ試行錯誤しながら迎えた鹿島で、結果として表れたのは、本当に嬉しかったです。やんさんの照れ臭そうにニヤニヤしていたのが懐かしいです。
そして迎えた3年のリーグ戦、かおると二人三脚で闘い抜く中で感じたのは悔しさと先輩たちへの申し訳なさでした。

そんな想いを胸に練習に取り組んでも空回りをしたり上手くいかなかったりの日々。
もっと思っていることを表に出せば良かったのかなと思うこともありました。




そして、最高学年。
なかなか自分が想うようにプレーできないのももちろんあったけれども、プレーをしたいのに怪我でできないりょうへいや、オフェンスのために戦術や手立てを考え続けているのに結果がなかなか出ず落ち込んでいるしょうたろうを見てるの方が心苦しかった。努力がなかなか成果に結びつかないもどかしさは人一倍知っていたし、もがいている姿を見ていたから。

巡ってきた2部の大学との試合、東経戦。
試合が終わった後「やっっとやりたいことができた」と喜ぶ翔太郎の顔を見て、帰り道1人で泣きました笑



りょうへいはなかなか帰ってきてくれず、我慢できなくなって「明日から復帰っしょ?」と何度も言ってしまうようになりました。
本人が1番苦しかったはずなのに、急かすようなこと言ってごめんねりょうへい。

りょうへいがいないまま迎えた上智戦。
去年負けた相手。リベンジの気持ちももちろんあったけれど、自分はりょうへいが戻ってくるときのために勝ちたいと、その一心だった。
北村さんに、ぽん行けるかと言われたとき、りょうへいのために勝つんだということで頭がいっぱいで、返事が遅れたのをよく覚えています笑
意気込んでクリースに立ったものの、失点。うちのチームは失点時に落ち込みがちなので、なんとしてもセーブしたかったけれど、まだ試合は終わっていない。フィールド内でも声をかけ続け、迎えたクォーター間の集合。りょうへいに「顔見せろ」と伝えて気持ちを入れ直しました。心の中のスイッチが入った感覚がありました。
その後のクォーターで打たれたニアシューはなぜか打たれるコースが浮かんできました。りょうへいのセーブだと思っています。
試合終了後、あんなにはしゃいでいるりょうへいを見れて本当に嬉しかったです。



2部昇格に向けてのターニングポイントになった学芸戦。この試合は私のせいで負けたと思っています。
たちあがり、味方のヘルメットに当たっての不運の失点。しょうがないからということを伝えたく、笑顔で切り替えるぞと声をかけたのが逆に不安を煽る形になってしまったのかもしれません。その後完全ブラインドの失点から巻き返そうと声をかけた直後のクリアミス、そして失点。もし、試合の流れなるものを高次で科学的に表せる時代だったら、間違いなくここが試合のターニングポイントになっていたはずです。
試合後まさやに失点したとき笑ってたのなんでって思いましたと言われて本当に落ち込みましたね。



塾高戦はかおるのセーブが光っていて、自分ごとのように嬉しかったです。
最後に、神大戦。
それぞれの強みが出ていたと思う。特に痺れたのはたけぴのゴール。たけぴは初めこそ苦手なところを克服するために一緒に壁当てしたりいろんな方法試してみたりするのに10回くらいで飽きているし自分がやりたいことしかやらないし、何かとついてくるし正直本当にイライラしていました(出さないようにしてたけど態度に出てたらごめんね)。それでも頑張り続けていたことは知っているし、運動部を経験したことがない中努力する厳しさも分かっていたから、ゴールが決まったとき本当に嬉しかった。よねりゅーからだぜ、すげえよ。
そのあと、引き分けまでまくられたのは本当に申し訳なかった。ブレイクケアの指示出しができていれば、。




4年間、今までの経験を糧に、今までの想いを胸に、闘いきれました。と言い切りたいところですが、高校の時のように部活動に自分の100%をぶつけられたかと自分を問うたとき、正直自信を持って言い切れないです。
優先順位を考えることも、取捨選択することもできませんでした。

今までのことを振り返ってみると、本当にいろいろな人に本当にたくさんの迷惑をかけたなと改めて感じています。
本当にすみませんでした。
それでも、そんな自分を支えてくれたかおるをはじめみんなには本当に感謝しかないです。
部活のことを第一に考え続けてくれた雅(BEAM賞の投票は毎回入れていました笑)、雅と一緒にスタッフとして支え続けてくれた咲、1番ショット練に付き合ってくれたしょうたろう、チームが勝つために常に考えて練習していたしゅう、怪我でできない時もやれることを頑張って最後の試合で痺れさせてくれたたけぴ、セーブの後誰よりも早く走ってくれていたせいごう、変な位置にいることも多かったけど1on1めちゃめちゃ頑張ってくれていたかず、いつも1番近いところで声掛けをしてくれていたりょうたろう、弾いたセーブも取りづらいパスも全部捌いてくれていたばこ、チームの勝利を常に願ってくれていたりょうへい、GAを引っ張ってくれて悩みも聞いてくれたひろ。
本当に最高の同期に出会えたと思っています。先輩後輩たちみんなもです。

そしてかおる
同じゴーリーとして一緒に闘えて、本当に幸せでした。わざとおちゃらけていたり空元気だったりした時も気づかれたし、いろんな相談にも乗ってもらいました。
4年間本当にありがとう。



後輩たちへの感謝もそれぞれ書き綴りたいところですが、これからの部活動にたくさん還元することで示していきます。
懲りずに顔出しに行きます。




最後に、今の私があるのは本当にたくさんの方々に支えられてきたからこそだと思っています。数えきれない方々の応援と期待、そして熱量があって、頑張ることができたし支えられてきました。
これからもたくさん迷惑をかけますが、支えられているということへの自覚と感謝を忘れずに精進していきます。
改めて、現地に足を運んで応援をしてくださった皆さまをはじめ、支えてくださった皆さまには本当に感謝してもしきれないです。
これからもGAを応援のほど、よろしくお願いいたします。



長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。

4年 中舘稜太