もう、何年もお付き合い頂いている方はご存知かと思いますが父が肺炎で1泊2日の救急で亡くなって7年が過ぎました。
振り返ると早いような長いような。
母は完全に色々な面で父に依存していた人
でしたので
突然の死に耐えきれなく毎日、
早くお父さんのところに行きたい…
私が救急車を呼ばなかったら早く逝って
しまった…と愚痴と泣き言ばかり。
その頃私は仕事も忙しく毎日、電話で
泣かれると苦しくて
電話をかけるのを少し間をあけたり
かかって泣き事を言われると余計に
いい加減にして!!
私だって悲しいんだから…と
怒ったり…
母からの着信音は静かな音に変えたりして
電話がなるとビクッとするくらい
怖かったです。
それが仕事を辞めて精神的に病んで
起き上がれなくなり、ひとりで居られなく
なり、単身赴任の主人のところに
行く事も出来ないし
毎日、大量のお薬を飲んで寝ているだけの
生活になったとき、
実家に帰って寝させてもらう生活を
1週間おきに半年くらい過ごしました。
母は母に戻り私は娘に戻り
食べたいものを買ってきてくれたり
作ってくれたり
今まで味わった事のない母娘、2人の生活を
送らせてもらいました。
母娘逆転していた関係が50年以上経って
元に戻った感じです。
今、86歳ですが毎日お化粧をして、
着るものもおしゃれして
お隣のお友達とデパートに毎日出かける母を
間近で見て今まで拘っていたものが
ほどけていくように感じました。
今は毎晩、6時過ぎに電話してます。
そうするとあれだけ愚痴ばかり言っていた
母が元気にその日あったことを話してくれます。
2年間、私自身立ち直れなかった…実は
今も完全ではありませんが
母に頼った事がとても母娘の関係を
よくしてくれたように思います。
「今日も無事終わりましたね。おやすみなさい」
そう言って電話を切ります。
母が生きている間に私自身の心持ちが変わって
本当に良かったと感じています。
12日が父の命日でしたので
主人と母とお参りにも行けました。
生きてるだけで丸儲け。さんまさんが
よく言ってますが本当にそう思えるように
なりました。
今日も焼き芋食べて昼寝して
気楽なものです。
何か見つけないとね。
こちらのほうは足踏み状態です。
長い話にお付き合いありがとうございました
暖冬かと思ってましたが寒くなってきました。
お身体大切に









