みっちゃんのクラスに同じ誕生日の男の子がいる。勉強好きで賢いお子さんである。席もみっちゃんの隣だったので、”本命の子と同じクラスで、良かった”とみっちゃんママはほっとしたまもなく、みっちゃんは一人席になったと聞きされる。話を聞くとどうも、みっちゃんは授業中でも、ひたすら、本命に話をかけ続けて、うんざりさせてしまったという。その後でも、みっちゃんと
本命は、仲が悪くなる一方である。とうとう、みっちゃんは学校の七夕の短冊に''本命に嫌われるように”と願いを書いてしまったのである。
相性悪さが抜群のみっちゃんと本命は残念ながら。、学校で同じクラスだけではなく、学童も一緒である。それは本命というより、宿命だとみっちゃんママは悟ってしまうのである。本命は宿命に変わると、やはり、ろくな事はない。学校でも学童でも、みっちゃんは宿命との戦いを繰り広げている。親以外は、大人なら、誰でも話を聞くお利口ちゃんを好む。みっちゃんのような人の話にあまり、興味無く、こだわり強い子はどこでも嫌われる存在である。しかも、世間から見て、ちゃんと嫌うべきな理由があれば、なおさらである。今週末、みっちゃんのために、細密に企画した旅行の前日の金曜日にみっちゃんを学童へ迎えに行ったら、学童の先生にみっちゃんの告げ口をされてしまうのである。要は、学童でみっちゃんは宿命の勉強の邪魔したら、後をつけたらしていて、まるでストーカのようである。迷惑行為をしていたので、当然の報いとして、相手に鉛筆で顔に引っ掛けられてしまったという理屈である。普段なら、告げ口されるとみっちゃんを厳しく叱るみっちゃんママだが、目の前に顔に傷がついた我が子は、子供の安全管理の責任を放棄した先生に告げ口されると怒りを爆破してしまうのである。学童の大人達の管理責任はどうなっているのか?忙しく目か届かないところがあるのは理解できるけど、万一、何があった時、見ていないって片付けられるのか?みっちゃんの告げ口に燃えた学童先生達はまさか、迷惑児童のお母さんから逆ギレされるとは思っていなかったようで、面白くなかったのである。
また、みっちゃんママもちょっとだけ気が付いてしまったのであるが、我が子は世の中から冷たくされていること、子供達を平等に扱うと自称する大人達は、みっちゃんのような発達にしょうがいがある子を平気で傷つけてしまうこと。発達の面で遅れていながら、現実にいろんな困難を抱えながらも、懸命に生きているしょうがい児に対して、”平等”という聞こえがいい言葉で、みっちゃんのような子への助け船を出すことを怠る言い訳にしているのではなかろうか?
その晩、みっちゃんママは何気なく、みっちゃんに”学校は大変?”と尋ねると、号泣する我が子をみて、涙がポロリ。みっちゃん、分かってあげていなくてごめんねとひたすら、つぶやくのである。