笑顔
普段、人とコミュニケーションをとっていない時の、自分の表情に意識を向けていますか?
おそらく、無表情ではないでしょうか?
「そんなの当たり前じゃないか。一人でいるときに喜怒哀楽を表情に出してたら、変な人と思われるだろう」
無表情なら、まだ良いほうです。
電車内でも、会社内でも、不機嫌な表情をした人って、多くありませんか?
「俺は難しい仕事抱えて、必死なんだよ。ノーテンキに笑顔なんか浮かべてられっか!」
なんてことを、周りにアピールしているのでしょうか。
近寄りがたいオーラをだしていますよね。
一人でいるときの表情 = これもボディランゲージだと思います。
そう思えば、顔をあわせて話をする人がいなくたって、表情にも意識を向けなくちゃと思えるはずです。
笑顔とまではいかないまでも、
せめて“眉間のしわを取って、口角をちょっと上げる”くらいの表情でいたいものです。
とんでもございません
「とんでもございません」
ビジネスでの会話において、よく耳にしませんか?
相手の発言を受けて、それを良い意味で否定する場合などに用いられますよね。
例えばこんな感じです。
上司:「無理なお願いを押し付けて悪かったね」
自分:「いいえ、とんでもございません」
ところで・・・
この「とんでもございません」は、
「とんでもない」という言葉の「ない」を「ございません」と丁寧な表現に言い換えたものです。
でも、「とんでもない」は形容詞であって、
「とんでも」と「ない」とに分割することはできないのです。
だから、
「ない」を「ございません」と言い換えることはできないのです。
「きたない」や「もったいない」も形容詞ですがこれらを丁寧な表現にしたいからと言って
「きたございません」や「もったいございません」 と言い換えるでしょうか?
違和感ありますよね。
しかし、「とんでもない」をそのままのかたちで使用することにも違和感を感じてしまう方が多いでしょう。
例えばこんな感じです。
上司:「無理なお願いを押し付けて悪かったね」
自分:「いいえ、とんでもない」
上司に対して使うには、なんとなくぶっきらぼうな言い方で、悪い印象を与えかねません。
では、どう用いたらいいのでしょうか・・・。
堅苦しい文法のルールに則って言うならば、
「とんでもないことでございます」が正しい表現です。
でも、否定してるのか肯定してるのかが分かりにくいですね。
それに、「とんでもございません」に違和感を感じていない人が多い今日、逆に「コイツ何言ってんだ」などと思われかねません。
正しい、言葉づかいをしているにもかかわらず・・・。
一体どっちが正しいのでしょう?
私は、「とんでもございません」 も 「とんでもないことでございます」も使うことができない
“とんでもございません恐怖症”に陥っています。
どうしても使いたいときは「とんでもないです」と半端な表現になってしまっています。
言葉は、時代の移り変わりとともに変化する“生きもの”だとも言います。
「とんでもございません」がちゃんとした言葉として確立され広辞苑に載るか、
それとも間違った表現だという認識をみんなが持つようになるか。
白黒はっきりするまで、私の“とんでもございません恐怖症”は治りそうにありません。
情けはだれのため?
私の好きな言葉のひとつに情けは人のためならずということわざがあります。
“人に情けをかけると、その人のためにならないから厳しく接するべき”
と、ごくたまに意味を誤解している人がいますが、皆さんは正しい意味をご存知ですよね。
一応、念のため…。
“人に情けをかけることは、その相手のためだけではなく、巡り巡って自分に返ってくる。
だから人には優しく接しよう”
という意味です。
コミュニケーションにおいて、この精神はとても大切です。
特ビジネスでのコミュニケーションには利害が絡む場合が多いものです。
そんな時、相手を貶めてでも自分の利益を追い求めようとすれば、いつかしっぺ返しを喰らうでしょう。
もちろん、その逆のことを行えば・・・。
答えは、おのずと出てきますよね?
私は、できるだけこの精神を実行に移すよう心がけています。
その代表的なものをひとつご紹介します。
それは、車を運転するときに、対向車などに道を譲ることです。
いつか自分に返ってくると信じ、コツコツと“情け”を積み重ねています。
世界中の人がみんな、“情けはひとのためならずの心”を持ってくれたらいいですね。