
◆みんなの常例法座 【仏具磨きの日】
10月10日(土)午後2時~3時半
◆関屋佛教日曜学校「妙蓮寺さま報恩講」
10月14日(水)午後4時半~
◆境内一斉清掃 ※めぐみ会諸役の方々
10月18日(日)午前9時~
今月の予定は以上、少なめ。報恩講準備が中心の日々。
十日の常例法座ですが、短め仏参のあと恒例の仏具お磨きを行います。平生の法座は基本的に住職/坊守が準備しますが、報恩講はお寺(門徒会)主催ですのでどちらかというと門徒さま方が中心となって準備されます。どうぞよろしくお願いいたします。

住職&坊守チームのほうは夜な夜な記念品準備に着手しました。
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9/26(土)から秋の報恩講シーズンに突入、関係寺院への報恩講出勤が始まりました

※昨年の画像です☟

この日は通常法務から年回法要✖2、報恩講出勤お聴聞、別修永代経法要・・・からの
夜はめぐみ会『定例法座』でした。


この月からNHK100分de名著『教行信証』について、拙い私の解説をまじえながらお届けする第一回でした。
それとは別に、あらためて教化活動の現状(教区や宗門との関わり)や連研・門徒推進員制度について資料を準備してお話しました。
●教化活動の現状
奈良県の仏教寺院数は約1800ヶ寺ですが、数年前まで浄土真宗本願寺派の寺院は約420ヶ寺でした。
ところが過疎地域での廃寺が相次いだのか?令和8年3月時点で409ヶ寺に減っています。
その409ヶ寺から、宗門の各教化団体への単位登録を調べると、①仏教婦人会42.05%(172)②仏教壮年会11.74%(48)③少年連盟8.80%(36)・・・しかし活動内容はこの数字よりもさらに乏しいのでは?と推察されます。
昭和期には8割近くあったと伝え聞く仏婦も4割程度に激減、仏壮はもともと多くなかったようですがさらに減り、児童教化は壊滅状態。しかしこれらは浄土真宗本願寺派だけが衰退しているわけでありません。他の既成宗派はもちろん、新興といわれるような宗教なども核家族化の影響や世代交代の失敗、人口減少も影響し信者数が激減しているとか。。。教化活動に話をもどすと参考までに真宗興正派の仏婦連盟は2023年6月15日付で解散、真宗大谷派はもともと同朋会運動(1962年-)を基盤として教化に取り組まれています。←時代を見据えるという意味で優れている?
★今後の教化活動について個人的な考えは、組織と連携するしんどさや危うさを痛感した件もあったので、自坊でコツコツご法義を大切にしながら常例法座を維持していくことを中心に・・・なにか要望があればその都度に検討します。
ちなみに当山の仏婦が解散した流れを簡単に記しておくと、前住時代は会員数も多く会計にも余力があったのか会から住職に10万円(年賀として)の年間手当てがあり、また仏婦報恩講も仕出しをとって営まれ、お荘厳費もありました。また毎月の例会ごとにも会から果物や菓子などの御供があった。私はちょうど会員数が減り続けているタイミングで引き継ぎさせていただき、そこから、あらゆる予算や手当は消滅し、なんと!!会長さん個人が例会の御供を自腹で購入してくださる状態となり
住職としても仏婦報恩講の講師招聘などにかかる予算などを住職会計から負担させていただく状態となり
・・・そして当時の会長さまから「次期の会長や役員選出が無理です。どうしましょう?」との相談を受け、約2年かけて隔月に協議、意見交換しました。追い打ちをかけたのがコロナ禍と”新しい領解文問題”。当時まだ会員は27名おられましたが、身体的にお寺にお参りできる方は半数ほどで、役員を背負って教区(奈良教堂)や全国大会、組の総会へと機動力のある方は限られてしまった。正直、現在は単位登録が無くなり、独自の教化活動が芽生え、事務的また経済的な負担も減りホッとしています。※誤解のないように付け加えると、意義深い活動や組織であれば私も喜んで自腹を切る。
●門徒推進員制度について
母体は1962年の『門信徒会運動』、そこから巡回相談員による小集団の話し合い法座が始まり、1967年に連続研修会そのものが開始。1978年(昭和53年)に現在の連研である【門徒推進員養成のための地方連続研修会】に発展した。
☆門徒推進員の人数は、約48年かけて約1万1千人の累計登録者、現在は約7800人(奈良教区は約100人)
決して巨大な組織ではなく限定的であり「中核を担う門徒さま」たちで、少数ゆえにそれなりに連帯感はつよいと聞く。また、この組織も高齢化によるメンバーの減少が懸念される。
☆大まかな流れは=連続研修会に参加し修了→中央研修(3泊4日)→宗門より門徒推進員として委嘱される。
こういった流れを鑑みると、時間的にも生活的にも若干ゆとりのあるかた向けと言わざるを得ない。
☆宗門のとらえ方の変貌=当初から資格的に機能してしまう→「決して資格ではない」→「門推は生き方である」
★思うに、門徒個人の信仰・聞法を深める制度としては成功している面もあるが、一部に特別意識が強い方が輩出され所属寺院にとっては門信徒全体のバランスがくずれてしまう事案が発生している。人間のやることに必ず落とし穴があるとはいえ、そこらへんの予防やケアについて連研を推奨する方々はどうお考えでしょうか?
●ついでに『住職総参拝』について
全国から116人が参加 本山で住職総参拝 実質的な初回 本願寺派:中外日報
前ご門主は、伝灯奉告法要の翌年(1981)から退任の直前まで、全国各地を行脚された。いわゆる『組巡教/そじゅんきょう』です。約33年間、その数は544組だとか。それは単にご門主が全国の一般寺院を表敬参拝したというものではなく、門信徒のところまで出向いて、教えを語り、現場の声を聞く、という教化活動だったわけです。

私が高校生のころ当山にも即如門主がお越しになり、児童公園あたりから紅白の垂れ幕をはって当時の総代方がうれしそうに大張り切りだったことをおぼえています。そこからお寺の教化活動や法座は、さらに盛りあがって今なお影響はのこっている。
で、同じことをする必要もないし、また時代も変わってしまった。今回の『住職総参拝』は『組巡教』に代わるものでないと思いますが、肝心の門信徒がおいてけぼりな印象をうけるのは私だけか?住職より『門徒総代総参拝』いかがでしょうか。
今月もあちらこちらでよろしくお願いいたします
釋俊彰