「いらっしゃいませ」

「舞衣ねぇ、クリーム!」

桜色のワンピースにベージュの半コートを着て、髪の毛を二つに結んだ幼稚園ぐらいの女の子が、店の注文窓の下からななめ上の店主のほうに向かってにこにこと注文する。

隣に立っているのは娘の母親。紺の上下に春のコートを羽織った清楚な身なり、肩より長い濃い茶色の髪を後ろできれいにまとめている。

「たい焼きのクリームと小倉、それからたこ焼きをお願いします」

「クリーム、小倉にたこ焼きね。ありがとうございます。たい焼きは、今ちょうど焼きたてですよ」

黄色の制服姿の60代ぐらいの店主が、はきはきとした声で、こちらもまたにこにこ笑いながら応えた。

 

母親の真理絵は、この店に通って20年になる。

この店が出来た当初は、ショートヘアの高校生だった。合唱部だった真理絵は、部活を終えた後、自宅のある高円寺駅にたどり着くのはたいてい6時過ぎ。

同じ駅に住み、同じく合唱部員の親友由里とともに帰ってくるのが常であった。

ある冬の日、何か食べたいと思ったときに、高架下の商店街入り口にある店の「たい焼き」の文字が二人の目に留まった。

二人とも言わずとも気持ちは同じだった。「食べよう!」制服にコート姿の女子高校生二人は迷わず店へと向うと、カスタードクリームのたい焼きを注文した。

夫婦で切り盛りしているその店は、商店街の入り口の角地にちょこんとたっていた。

ウィンドー越しに“たい焼き”と“たこ焼き”を作る姿が客にも見える。

優しい笑顔の奥さんが器用に“たい焼き”型に生地を流し込み、あんこをすっすっと置いていく。その合間に焼き途中のたい焼きの焼き具合を確認している。

黄色地に店のロゴが入った制服姿の主人が、焼きあがったばかりのたい焼きをひょいと取り上げ、2つ紙に包んだ。

店主夫婦は年の頃40代、店でみせる二人の流れ作業は息があっていて、絶妙な二人三脚をみせる。

「出来立てだから、熱々ですよ。はいどうぞ」にこにこと店主が二人にたい焼きの包みを手渡した。

作りたてのたい焼きを二人は、はふはふ言いながら、ほおばった。ぱりっとした薄皮になめらかな熱々のクリーム、冷え切っていた体が温まっていくのを感じた。これが真理絵とこの店のたい焼きとの出会いだった。

 

その後も、真理絵は部活の帰りに由里とたい焼きを、時折買って食べるようになった。

あまりおこずかいを持っていない高校生二人にとっては、手ごろな値段で小腹も満たされる上、帰り道に歩きながら食べられるのがよかった。

楽しかった高校時代はあっという間に終わり、真理絵は短大へと進んだ。

理科系を目指していた由里とは進路は別れた。真理絵は子供が好きで目指していたのは幼稚園の先生だった。

 

将来に向かって学ぶ毎日。

そして、1年後、迎えた幼稚園の実習期間。

実際に幼稚園でアシスタントとして入り現場で学ぶ、子供達は無邪気で元気で、一緒に走り回ることも日常茶飯事、なかなかハードで、子供と過ごす時間は楽しいながらも、やはり1日の終わりには疲れてぐったりしていた。

そんな真理絵の楽しみが、この店のたい焼きを食べながら家に帰ることだった。

店に行くと、何も言わずとも「いらっしゃいませ。いつものですか?」と店主が聞いてくれるようになっていた。

「はい」

真理絵は高校時代から変わらずカスタードクリームのたい焼きを買っていた。

親友の由里と二人で食べたその味を食べると、高校時代の「夢をかなえてやるぞ!」という希望に満ちた自分に戻れるような気がした。

カスタードクリームはなめらかで甘くとろりとしたクリームが口の中にすっと消えていく。疲れた体にエネルギーが浸透していくようだった。

 

幼稚園への就職が決まったとき、真理絵はこの店に立ち寄った。

「いつものですね」

「ええ。わたし、幼稚園に就職が決まったんです!」

真理絵の口から勝手に言葉がでていた。なぜかこの店の夫婦には知ってもらいたいと思ったのである。

「それは、よかったですね」主人が顔をくちゃっとさせて満面の笑みを浮かべて祝福する。

「あなた、とても優しそうだから、きっと素敵な先生になりますね。孫ができたら、その幼稚園に通えるといいわね」と奥さんも笑顔で言った。

「ありがとうございます。ずっと、たい焼きパワーをもらってました」

「今日は祝い鯛ですよ。私たちからの気持ちです。どうぞ」

店主が紙に包んだたい焼きを真理絵にそっと渡した。

たい焼きの温かさが手に伝わる。出来立ての熱々だった。

「あの……いいんですか」

「今日は特別ですからね」奥さんがにっこり笑って応えた。

真理絵は、嬉しさがこみ上げてきた。店の夫婦の温かさにふれ、真理絵はがんばっていける!そう思った。

 

あれから15年が過ぎた。

真理絵は幼稚園で先生をする中で、恋をして、結婚した。

子供ができたのを機に、幼稚園は辞めた。子供のために今度は時間を費やしたいと思ったからだ。

結婚した今もなお、真理絵は高円寺の実家にたまに顔をだす、もちろん5歳になる娘の舞衣とともに。

そんなときには必ずあの店に立ち寄る。

「いらっしゃい」

今も変わらず、店主夫婦があたたかく人を迎えている。

この店を訪れる客達は、熱々のおいしい“たい焼き”だけでなく、この店主夫婦の温かさにも会いたくなるのだろう。

今日もまた、高円寺の高架下に温かい声が響く。

「出来立てですから、熱々ですよ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

◆一口茶屋

営業時間 11:00~20:00  

定休日  水曜日&木曜日

※状況により営業時間帯など変更の可能性もあります

 

◆一口茶屋おすすめポイント!

・ぱりっと香ばしい薄皮のたい焼き

一、甘さ控えめ、北海道産小豆使用のプレミアムたい焼き“小倉”

二、なめらかなクリームのプレミアムたい焼き“カスタードクリーム”

三、女性に人気!クリームチーズとの相性抜群!プレミアムたい焼き“小倉&チーズ”

 

※文章は2017年掲載当時のままを載せています