「訓練兵1名ご帰還です」

「お疲れ様です」

明るく威勢の良い女性戦闘員の声が店内に響く。

「ただいま、戻りました」城戸雅史は、そう言って敬礼する。

「おう!少佐」

ガンシューティングをしていた林中佐は振り返って一声かけると、再びペーパーターゲットに向かって銃をかまえた。

城戸は入り口近くのカウンター席に腰かけた。

プスッ

空を切るような鋭い音。

「中心に近くなっています。9番の内円、真ん中寄りですね」

ペーパーターゲットのサイドで、訓練を見守るモスグリーンの軍服姿の女性戦闘員が林中佐に言った。

「中心は難しいな。次こそ」

中佐は再び銃をかまえる。店内には城戸のほかにも3名の常連が座っていて、みな一様に中佐の次の1発の行方をじっと見つめていた。

ここは高円寺高架下のすぐ隣の道沿いにある“MT基地”。

“味楽”という赤い看板が目印の定食屋を通り越した先の曲がり角、左手に3件店があり、そのうちの一番奥の店である。

昼間は、あまり目立たないが、連日20時になると店に灯りがともる。

夕方6時になると“ブリキの時計“という昭和の空間を醸し出すバーが開店し、その2時間後、夜8時になると隣にある“MT基地”が開店し、このあたりも活気づいてくる。

 

城戸は新宿に本社がある通信関係の会社に勤めている。長年総務で、デスクワークだったが、4月の人事異動により、営業部に配属となった。黙々とこなすデスクワークと違い、取引先への説明などが必要とされる。もともと話すのは苦手なほうで、この人事異動には不満もあったが、上の決めたことなので仕方がない。

4月からの1ヶ月は慣れない人前での説明の練習で、心も体も疲れはてていった。

「説得力がない」、「滑舌が悪い」、「自信なさげに見える」など営業にこなれた先輩社員から色々と指摘を受けるものの、うまく改善ができず、城戸は一人悩んでいた。

 

城戸は、吉祥寺駅が最寄の大学の経済学部に通っていた。

同じ経済学部の香坂、日下とは高校時代からの親友だった。

当時、写真部で活動していた香坂は、風景など被写体を求めて学園でも、いつもカメラを携えていたほどの写真好きである。

日下はスキー部で、冬になると週末にはスキーに出かけウィンターシーズンを満喫していた派。

城戸は、アニメ研究会に所属していた。その名の通り、アニメについて語り合ったり、また、学園祭では自由なオリジナルのアニメを制作して映写機で映し客に見てもらうなどということもしていた。

幼少時代の城戸はアニメ「ガンダム」が大好きだった。その後も、マクロスや、エヴァンゲリオンのような近未来的なSFアニメものにはまっていった。登場する人物はもちろん、その世界観や、メカについてなど当然詳しくなり、大学ではその分野をともに話せるサークルということで、アニメ研究会に入ったのだった。

経済学部の仲良し3人組は、それぞれにサークルは違ったが、高校時代からの友情は続き、講義についての意見交換や勉強などをしながら、4年を共に過ごしたのである。

卒業後、日下は中小企業の建設会社に入り、体力を活かして、現場をまわったり、工事をとってくるという仕事に就いた。日下は、自分が何かを共に作り上げていくことが好きな人間だった。

写真に没頭していた香坂は、高円寺の不動産会社に勤務している。香坂も人に喜ばれるのは嫌いじゃなかった。

家や土地、マンションといったものの売買を担当している。写真部での腕を活かし、物件での撮影時にはアングルにこだわるなど、自分なりに仕事に楽しさを加えていた。

3人は、それぞれ別の会社に勤務はしたが、卒業後も2か月に1回は欠かさずに集まり、男同士楽しく飲んでいた。

そんな中、日下が1年前に大阪支社に配属となり、大阪暮らしとなった。そのため、2カ月に1回の飲み会は、香坂と城戸の二人きり、日下が帰京している時には3人で集まるという具合になっていた。

ゴールデンウィークを前にした4月終わり、香坂と城戸の二人がいつものように集まった。場所は香坂の職場がある高円寺。高円寺には数多くの店があるが、3人組はなぜか高架下エリアの店が好きだった。この日は安くてボリュームのある食事をしようということで意見が一致し、二人は“味楽”に向かい、肉野菜炒め定食を食べた。2人ともいまだに一人暮らしで、こういった定食屋では決まって野菜がふんだんにとれるメニューを選ぶようにしていた。

城戸は突然の人事異動で、慣れない環境であることを香坂に告げた。

「黙々とこなすほうが、好きだもんな。なんでまたお前を営業なんかにしたのかね」と香坂が同情して言った。

「自信なさそうな言い方はよくないですね、説得力にかけますから、なんて注意されてもなぁ。会社、やめようかな」

「そんなにつらいのか。自信のあるしゃべりってひとくくりに言われてもな、わかんないよな」と香坂が心配そうな顔をする。

「まあ、本当につらいなら、無理しないで活かせる仕事探したほうがいいよ。あとは、性格かえるかだよな」

「ありがとう。もう少し頑張ってみるよ」

城戸は根性がないわけではないのだが、どのように切り開いていいかがわからずにいたのである。その答えを香坂ならくれるかと期待していたが、思ったほどの収穫は得られなかった。

「もう少しふらふらしてから帰るわ」城戸はそう言って、香坂と別れた。

高円寺には特撮やアニメ関係のグッズ販売の店、“ゴジラや”があるが、21時を過ぎたこの時間ではもう店もとっくに閉まっている。店主の木澤さんがマスターをしている“ゴジラや2”のバーで1杯飲んで帰ろうかと、城戸は再び高架下の道を戻っていった。

“ゴジラや2”の扉の外から中をのぞくと、この日は番長の日だった。木澤さんがいる日と、番長と呼ばれる女性スタッフ担当の日がある。城戸はどうしようかと迷いながら、高架下から1本隣の夜空が見える通りへと何気なくでた。

すると、

「健闘を祈る!」

はきはきとした女性の声が耳に入った。

(なんだ!?)城戸は声の先を見た。

3件並んだ店の一番奥の店から客が出てきたところだった。

興味にかられ、城戸はその店に向かった。“MT基地”と書かれた看板が置いてあった。

「MT基地……?」

何か普通とは違うものを感じた城戸は、緑の扉を開けていた。

「訓練兵、1名ご帰還です」

「お疲れ様です」

モスグリーン色のミリタリー服(軍服)姿の女性数名のはつらつとした声に城戸は迎えられた。

「え?」唖然とする城戸に

「こちらに座ってください。初めてですよね。説明しましょう」ショートヘアーの軍服姿の女性が城戸に声をかけた。

色白でスラっとし、優しい笑顔の持ち主だった。

「皆様は訓練兵です。質問があれば私たち戦闘員に聞いてください。料金は1時間3300円で飲み放題ですが、頼めるドリンクは階級により違います。初めての方はこの二等兵から始まります……」

それが、このコスプレバー「MT基地」との出会いだった。

 

“MT基地”は基本飲み放題だが、階級により飲める酒が違うのがみそだ。二等兵はビールやハイボール、ソフトドリンクといったものだが、軍曹や少佐など階級があがれば、アニメカクテルや高級な酒も注文できるのである。

では、どのように昇級するのか?

店では訓練が行われる。

私たちが暮らす現実世界は戦場とみなされ、この“MT基地”に戻った訓練兵は休息し、訓練をつみ、再び戦場へ戻っていくというのがコンセプト。

そのため、店では訓練シートが用意され、たくさんの訓練の中から訓練兵(客)はチャレンジをしていく。

そして、3つクリアするごとに1つ階級がUPしていくのである。

カラオケでの勝負、サイコロでの出目を競うなど、訓練にはいろいろなものがあるが、中でも、多くの客がはまるのがガンシューティングである。

ガスガンで10発、ペーパーターゲット(紙の的)を狙って撃つのであるが、簡単なようで意外に難しく、なかなか10発すべてを中心近くに撃つことはできない。中心の点を囲むように2重の円が囲んでいるよくある的だが、内側の円の中に撃ち続けるのもなかなか難しい。そのため、当たった時の喜びと満足感は大きく、ついエキサイティングしてしまうのである。

そして、戦闘員はみなアニメにも詳しいため、SFアニメなどを好きな客は、アニメトークで盛り上がることもできる。

“MT基地”は、飲むだけでなく、ストレスを発散することもできる大人のためのアミューズメントバー。

普段の生活では味わえない、自分でない自分になれる、不思議と心弾む空間なのであった。

 

SFアニメでの戦闘シーンを見慣れている城戸にとって、このような空間は違和感なく入り込めた。

むしろ、楽しかった。

若い女性ではなかなか知っていないような昭和のアニメ昨品“タイムボカン”シリーズや“エヴァンゲリオン”などの話ができる。

城戸はこの店が好きだった。

通ううちに、同じ訓練兵である常連たちとも仲良くなった。

それぞれ、店の外の現実で何をしているかなどは聞かない。

訓練を共に楽しむ、時に懐かしいアニメの話をしたり、飲んだりして、ここでのひとときを楽しむ。それが気楽でよかった。

城戸はアニメの影響か、ガンシューティングの腕前がなかなか良いほうらしい。

的に当たった場所から得点を計算していくのだが、徐々に高得点をだすようになっていった。

戦闘員の女性から励まされ、ほめられることで、城戸にはなにかしら見えない自信がついていった。

この店の名物に不定期に変わるアニメカクテルというものがある。

一等兵から注文できる酒で、アニメキャラクターの色を感じさせるようなものや、アニメのストーリーから生まれたものなどがあり、よく考えるものだとアニメ好きの城戸は感心していた。

例えば「ドラゴンボール」なら黄色とオレンジ系の2層のカクテル。オレンジのコスチューム姿の悟空が目に浮かぶ。味はオレンジ系でやや酸味がありアルコールを感じる大人向けの仕上がりだ。

そして「ソウルジェム」はきれいな紅茶色のグラスと小さなショットグラスで1セット。

ショットグラスの液体をグラスに注ぐとみるみる濁り、いわゆる「穢れ」になるというもの。手元でまぜて楽しめるというのが面白く、さっぱりとした飲み心地で女性にも男性にも好評な「魔法少女まどかマギカ」の世界が楽しめるアニメカクテルの1つだ。

 

そして、なにより城戸が好きなのは帰る時、店を出る瞬間だった。

「訓練兵1名、出撃です。」

「健闘を祈る」

戦闘員の女性全員で、また、時には店にいる訓練兵の客たちも一緒になって、「健闘を祈る!」とエールを送り、背中を押して見送ってくれるのである。

この言葉に城戸は何度励まされたことだろう。

 この店を出た世界は戦場。城戸にとって、まさに現実は戦場だった。

「自信がない声出すな」「きちんと説明しろ」などと言ってくる敵に立ち向かわなければ会社では生き残れない。

城戸は学生時代に比べて自分の頭がかたくなってきていたことに、MT基地に通い始めたことで気付かされた。

何事も柔軟に!状況に応じて作戦は変更されるのだ。

戦場に送り込まれたのだから身を守るために、戦い抜こう!

そう思い始めたら、城戸は気が楽になった。

現実社会という戦場で疲れたら、このMT基地に帰還し、休息し、自分を鍛えて再び厳しい世界へと戻るのである。

そう、今では、城戸には戻る場所、笑顔で待つ仲間がいる。

うまくいかないことも、思い通りにできないことも、ダメだしされることも多々ある。

悔しいとき、落ち込んでしまう、そんな時、城戸の耳にはあの励ましの言葉が聞こえてくる。

「健闘を祈る」

再び生きて帰還するために今を乗り切るんだ!

城戸の目には、今までとは違う輝きが宿っていた。彼の心を支えてくれる自信という輝きが……

 

今宵も高円寺南3丁目に威勢の良い女性の声が響き渡る。

「訓練兵1名、ご帰還です」

「お疲れ様です」

 

 

※作品は2017年掲載当時のままで掲載させていただいております

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【MT基地】

営業時間:20:00~4:00

定休日:なし

電話番号:03-4291-8042

住所:杉並区高円寺南3-59-9 ステラハウス103

 

※2020年5月1日現在の情報

店舗の方は現在お休みしていますが、「家で楽しんで頂きたい」をテーマにWebで活動中。

下記サイトをチェックしてみてください!
Twitter @mtkichi
ブログ https://note.com/mt_kichi
通販サイト https://mtkichi.booth.pm/

 

◆メニュー

1時間(飲み放題):3300円

3時間パック(飲み放題):8800円

4時間パック(飲み放題):11000円

※基本料金が時間制のパック料金です

※2:フードメニューもあります

 

◆おすすめポイント

・飲むだけでなく、毎日遊んで楽しめる大人のアミューズメントパーク!

 お客様は訓練兵、女性スタッフは上官という設定でお酒も飲めてワイワイ楽しめる

・訓練をすることで、階級がアップして飲めるお酒が増えていきます。

・スタッフ全員女性です!アニメトークもお任せ!

・シューティングで一日の疲れもふっとばせ!

 ペーパーターゲットをガスガンで撃ち抜くシューティングは、楽しさと充実感がえられること間違いなし!

・おしゃれでおいしいスタッフ考案のアニメカクテル!

 色や世界観を楽しみながら飲んでほしいです。詳しくは戦闘員にお尋ねあれ。

 

◆MT基地開店への想いとは

・地域に貢献したい!

いつも支えてくださる高円寺の皆様、街のお役にたてれば・・・とのこと。

高円寺の阿波おどり、高円寺フェスに呼ばれたら、コスプレでお手伝いに!

盛り上げに来てくるそうです。心強いですね!

・女の子だけで運営

「女の子が働ける場所」作りが第一のモットーとのこと

加藤オーナーはじめとする13名の戦闘員(女性スタッフ)ですべてを運営しています

 

◆MT基地は何の略でしょう?

 MT基地のMTは

 M=妄想  T=逃避

 妄想逃避する基地とのことです。

◆加藤店長(最高司令官)よりの一言

かっこつけずに、どんどん遊んだもの勝ち!

遊んでくれた分だけ、たっぷりサービス(ドリンクの種類が増えていく)もあります。

ガンシューティングも楽しんでください。

全力で楽しんでくれる、一緒に楽しんでくれる人にぜひ来てほしいです。