俳優・歌手として活動中です。イベントや作品の告知、また大好きなスイーツや日常の新鮮だったことなどを綴っていきます。応援よろしくお願いします。Newアルバム「君へ~for you~」発売中。
NHK「英語であそぼ」チャチャ 役等で出演 歌手としても活動中 ファミリーイベントなどで歌と朗読のライブで出演。 ☆オリジナルミニアルバム「君へ~for you~」好評発売中。 ★2017年春、 千葉県のいすみ鉄道の応援ソング「僕は いすみ鉄道」をリリース URL: http://www.tunecore.co.jp/artist/SaikaHoshi ★2017年夏、 東久留米湧水をテーマにした「水の精の歌~東久留米~」リリース URL:http://www.tunecore.co.jp/artist/SaikaHoshi
はいからOnline「星さいかのEasy English」担当中
http://www.hi-carat.co.jp/column/english/index.html
光文社電子書籍にてファンタジーライトノベル好評発売中
著書:光文社電子書籍 101号室の謎を追え!/運命の光/ペガサスの刻印 他 http://www3.kobunsha.com/kappa/author/f/99128.html
2026年1月2日12:00~13:54(お昼の時間帯)星さいかの『お正月RADIO』午年の話、新年の各地の様子など、家にいながら楽しめる!をコンセプトに特別に星も、今回限りの歌を歌わせていただきます。ラインナップは乞うご期待(笑)つなぐ先は、ラジオ局とつながりあるところとなります。田無警察からの新年注意喚起も予定しています。そのほかにもこの日から楽しめる場所はたくさんありますので、そのご紹介も!新春ということで、小平の講談師【あいおか太郎】さんの新春一席もお届け予定。どんなお話ししてくださるのでしょうか?寝正月で楽しめる聞いて誰かと行きたくなる!?生放送でお届けする『お正月RADIO』ぜひ聞いてくださいね応援メッセージも大歓迎です。TOKYO854くるめラhttps://tokyo854.comメールの宛先854@tokyo854.comスマホでお聴きになるにはアプリ「FM ++(プラプラ)」をインストールしてください。https://fmplapla.com/fmhigashikurume/
11月23日パシフィコ横浜で行われたバス利用感謝デー2025に行ってきました!バス好きの方達でとっても賑わっていました。撮り鉄ならぬ、撮りバス?皆様、アングルがわかっていて、各バスのところで、同じ位置に立って、同じ方向に向かってカメラを構えているのが印象的でした。私はバスの後ろ姿と撮影!キャラクター集合を観たくていきましたが、キャラクターは、とてとて歩く姿が愛らしかった!きゅんた君、かなちゅーなど可愛いかったな…キーホルダーを次回買いたいなと思いました。物販もすごい行列で、仕事前だったので、今回は、物販は断念しました(T_T)スタンプラリーはコンプリート!バスを小さい頃から利用していて、旅先でもバスを利用してます。江ノ電バスとか、小田急バス、京急バス、箱根登山バスも利用したことあるので、展示バスに感動しながらひととき、過ごしました!これからもバスを応援します!
2025年11月1日いすみ鉄道後援にて、いすみ鉄道の四季をつづった映像をYouTubeで配信開始しました。⇩僕はいすみ鉄道 ~いすみ鉄道 写真でつづる四季~https://youtu.be/7exvo3hLEv0今は見ることができない風景ですが、今後の再開を願って、みんなで忘れない!応援していければ…との思いで、今回、かつて応援ソングとして発表した『僕はいすみ鉄道』の曲を使用して、いすみ鉄道から提供の写真で綴るムービーが仕上がりました!ぜひ、いすみ鉄道の四季折々の姿を感じてください!2027年の区間運行再開を心から願っています!※YouTubeのQRコードのついたオリジナルポストカードができました。今後、星のイベント、いすみ鉄道のイベントなどで配布になるかな…と。
**「別れる?それ、どういうこと?」実乃里は、雅人の思いがけない言葉に耳を疑った。「ごめん。他の人と結婚することになったんだ」最初黙っていたものの意を決したように雅人は言った。「他の人と結婚するって?」実乃里は、何が起きているのか事態についていけないでいた。明るいはずの店内が、一瞬真っ暗に感じた。雅人が冗談を言っているのだと思いたかったが、真剣な表情からは、そうとも思えなかった。大事な話がこのことであると、このときになってようやく実乃里は気づいたのである。「連絡不通になっていて、会っていきなりそれはないんじゃない?」口元にひきつった笑みを浮かべて実乃里は批難した。「そりゃあ、わたしたちなにか特別な約束してたわけじゃないけど・・・」そう言いながら、二人は将来についてなにも話したことがなかったと実乃里は思った。「実乃里のことは今でも大切に思っているし、嫌いになったっていうわけじゃない。ただ…」「ただ、何?わたし、なにか雅人の気に障ることした?」明るい口調を必死で保ちながら実乃里は言った。「実乃里に落ち度はないよ。なにもない。おれが責任をとらなくちゃいけなくなって…」雅人は困った様子でそこで一度言葉を切ると、右手で髪をかきあげた。「言いにくいことなんだけど、子供ができた。三ヵ月になると言われたんだ。それで子供には父親が必要だから結婚をしてくれといわれた。彼女の家のことも考えて今のうちに籍を入れることに決めた。来週、向こうの親にも正式に挨拶に行くつもりだ」「待ってよ。子供ができたって言った?」ボー然と尋ねる実乃里。雅人は困ったようにうなずいた。「それって、いったいどういうこと?何でそんなことになったのよ…」言葉になっているのかいないのか、実乃里は自分でもわからなかった。自分じゃない他人が言葉を発しているようだった。さすがに、ショックを受けていた。頭をガーンと一発殴られたような気持ち。下唇をきゅっとかみ、ショルダーバッグのひもを握っていた右手に力が入る。対面して座っている雅人は実乃里を見ようとはしなかった。「とにかく、ごめん。もう、実乃里とは会えないんだ」「ちょっと待ってよ。本気なの?雅人はその人のことが好きなの?」別れると言われて、「はいそうですか」と簡単に受け入れられるものではない。思ってもみなかった展開だけに実乃里は正直と惑っていた。唇をぎゅっと真一文字に結び、うつむいている雅人に実乃里は腹がたった。「…私はなんだったの?」雅人は、一瞬顔を上げると、申し訳なさそうな表情で実乃里を見た。「こんなことがなかったら、実乃里とはこのままつきあっていたと思う。ただ、結婚を申し込んだかどうかは…」これまでの二年間の付き合いがそんな程度のものだったのかと実乃里は愕然とした。「うそ…」実乃里はつぶやいた。「子供ができたから責任とるだけでしょ!その人のこと愛してもいないくせにその人と結婚?」普段ならこんな風に感情をあらわにすることのない実乃里が、このときばかりは違った。「ねえ、もしかしたら、間違いなんじゃないの?ほら、雅人、人がいいから、だまされてるとか。あっ!それとも、わたしをびっくりさせようっていう悪い冗談とか?」から笑いをしながら実乃里はそんな言葉を発していた。しかし、雅人が笑うことはなかった。それどころか哀れむような表情をして、実乃里の言うことを聞いていた。まるで赤の他人を見ているような眼差しだった。「幸い実乃里とは、そういう関係になってなかったし、実乃里みたいにいい子だったら、これからまだチャンスはあるだろう…」「なにそれ?今度は心配してくれるわけ?そんなこと、雅人に言われたくない」実乃里は無性に腹が立った。雅人を好きな気持ちは心の中に存在するのに、同時に目の前の男がむかついた。「悪いな、実乃里」「悪いと思うなら、相手と別れなさいよ。相手の言うままにいうこと聞くなんて、そんなの雅人らしくない」自然と責め口調になっていた。そんな実乃里から雅人の心がどんどん引いていくのが、それとなく感じられるのに、自分を止めることができなかった。雅人の心は決まっていて、事態を変えることはできないと実乃里だって内心理解していたが、それでも言わずにはいられなかったのである。「なにがあったのよ」押し殺した声で実乃里が聞く。「飲んだ勢いでの過ちとはいえ、おれがしたことに変わりはないんだ。それに…」「飲んだ勢いでって言ったわよね。相手は誰なの?それくらい聞く権利あるよね、わたしにも」雅人は、はっとした表情で実乃里を見た。許しを請うようなうつろな目だった。やりての社員で、会社では自信に溢れた雅人とはまるで別人に見えた。悪いことをして母親にしかられたときに子供が見せるような暗い表情をしていた。人間の感情とは不思議なものだ。それまで怒りモード一色になっていた実乃里の心が、そのときを境に変った。目の前のうなだれる男性が哀れに感じられ、それ以上、実乃里は責める気になれなくなっていた。「会社の部長の娘。実乃里と入れ違いに人事移動であの部署に入ってきたんだ。最初は付き合う気とかなくて、仕事の打ち合わせとか会社の残業とかあって、帰りに食事に一緒に行ったりしただけだった。別に特別な交際しようとかそんなんじゃなかったんだ、わかるよな?」雅人は、そこで言葉を一度切ると、すでに氷が溶けてしまったコップの水をくいっと口に入れた。ごくり、という飲み込む音が、このときほど、耳障りに感じたことはなかっただろう。「で?」冷ややかな口調で続きを促す実乃里。「仕事でうまくいかなくてむしゃくしゃしてた日、彼女に誘われた。一緒に飲んでいるうちになんとなく、そうなったみたいで…」「なんとなく、そうなったんだ」片方の眉をぴくりと吊り上げながら、無感情の氷のような冷たい言葉を発した。しかし、次の瞬間実乃里の目から涙がつーっとほほを伝わった。怒りは悲しみに変わっていた。「わたしに、連絡くれればよかったのに。つらいとき、連絡くれれば行ったのに。そうしたら、こんなことには・・・」その後を続けることができなかった。「このまま、電話ですませようかとも思った。でも、実乃里には会って謝っておきたかったんだ」雅人は、そう言って、頭を軽く下げた。涙ぐむ女性と、目を伏せて謝る男性。喫茶店の店員は、そんな二人を見て、なんと思っただろう。別れ話をしている男女。よくある別れ話。そんな風に見えていたのだろうか。まさか、そんなテレビドラマのようなワンシーンが自分自身におこるとは実乃里は考えたこともなかった。 何もおかしくないのに腹のそこから湧き出る「くっくっ」という妙な笑いを実乃里は発していた。「もういい。別に私たち、なにか約束を交わした仲でもないし。ただ、電話やメールをして、たまに会ってただけの、それだけのつきあいだったじゃない」実乃里はほほの涙をぬぐって言った。ショルダーバッグの中から財布を取り出し、500円玉をひとつつまみ出すとテーブルの上に置いた。「もう、会うこともないと思うけど、元気でね」頭を下げたままでいる雅人に、無理やり作った明るい笑顔でそう言葉をかけると、実乃里はすっと立ち上がり、濃紺のショルダーバッグを両手で抱え込むようにしてそのまま先に店を出た。 去っていく実乃里の後ろ姿をどんな気持ちで雅人が見ていたのだろう。ひょっとしたら、ようやく心の重荷から解放されてせいせいしていたかもしれない。実乃里にとっては、もう、どうでもいいことだった。「金輪際、関係のない人間なのだから…」
今から10年ほど前に応援の気持ちを込めて『僕はいすみ鉄道』という、いすみ鉄道を歌った曲を発表しました。その後も、陰ながら…イベントやラジオで応援してきていましたが、現在運休中のいすみ鉄道を応援したいと思い、いすみ鉄道後援のもと、四季折々のお写真をいただき、一つのムービーに仕上げてもらいました。本日、11月1日から配信開始となりました!2027年の運転再開まで、いすみ鉄道を忘れない!みんなで復活を応援していかれれば幸いです。いすみ鉄道は、折々イベントを行ったり、オンラインにてグッズなどの販売をしていて、それも資金になるとのことでした。まずは、ぜひいすみ鉄道の四季の姿を歌に合わせての映像でお楽しみください!YouTubeへの『いいね👍️』も、ぜひお願いします!YouTubeはこちらから⇩僕はいすみ鉄道 ~いすみ鉄道 写真でつづる四季~https://youtu.be/7exvo3hLEv0
ページに穴をあけることなく「トレンディシング」は発売日を迎えた。急遽差し替えた実乃里のぺージは好評で、読者からよかったという反響がメールで届いていた。ある日、実乃里は家から持参したおにぎり弁当を食べ終わり、トイレに行ったところ、洗面所で歯を磨き終わった女子社員とすれ違った。「いいわよね。つきあってたから、メンバーに入れてもらえたんでしょ?」「上司とつきあってると得よね。記事書くのまで手伝ってもらえたりして、好きなだけ外出も許されて、経費は支給され、したい放題だもんね」「自分だけがんばってますみたいの、いまどきはやらないし。「そうそう。なんかむかつくわよね」「先輩の木村さんさしおいてまでとったページとったんでしょ」「先輩を立てるとか、年功序列って言葉知らないのかしらね」小さな声でだがよく聞こえるように二人は言いながら去っていった。その後も、誰かの嫌がらせは続いた。給湯室において置いた実乃里のマグカップにひびが入っていたり、デスクにおいておいたUSBが紛失したりと、次第に仕事に支障をきたすところまで、エスカレートしていた。帰り際、コートを羽織った実乃里は、ポケットに携帯を入れた。ぽとっロッカーの床に落ちた携帯の音が響いた。「えっ?」コートのポケットの内側が切られていた。実乃里は驚いてロッカーの中を見直す。ほかにいじられたものはなさそうだったが、このロッカーには鍵がない。そのため、あけようと思えば誰でも人のロッカーを開けることができる。貴重品はデスクに持ち込むが、不要のコートなどは通常ここにしまっていく。「まさか、こんなこと」この秋に購入したばかりのおニューのコートだった。実乃里は急に怖くなり、明日からどうやって過ごしていけばいいのだろうと不安になった。雅人に相談すれば、きっと心配すると思った実乃里はこれまでのことを黙っていた。「白石さんって、中田さんとつきあってるんですか?」月頭はどこの部署も落ち着いている。白石にお茶を持ってきた女性社員が聞くのをちょうど外出先から帰ってきた中田は部屋に入ろうとしたところで足をとめた。「なんの話ですか?」と白石雅人の声。「この間、夜二人でいるのを見たって人がいるんですよ。だから、新企画に中田さんが選ばれたんですか?」「ええっそうなの?ショック」女性社員の声がした。社内では雅人は実乃里に対していかにも一社員同士という関係をつらぬいていた。「社内恋愛では、破局を迎えたときにお互いに気まずくなって、どちらかがそこを去らねばならない状況がやってくる」というのが雅人の言い分で、手伝いの身分でも実乃里との関係がほかの社員に知られるのを雅人は嫌がったのである。実乃里はぎくっとした。実乃里のぎりぎり入稿の一件以来、二人は付き合い始めたのはたしかである。「どうしよう」実乃里は中に入るに入れず、そのまま部屋の外にかくれるようにして立っていた。「残業になっておなかが空いていたから、たまたま一緒に食べただけど?」「なんだ、そうなんですか?よかった」安心したように言うとその女性はお茶を置いて席へともどっていった。中田は、その足音を確認すると部屋に入った。「今、戻りました」いつもどおりに部下として実乃里はそっけなくいうとそのまま自分のデスクにすわり静かに仕事を始めた。その日以来、実乃里と雅人が会社の後に会うことはなくなった。会話は主に電話でするようになり、土日にたまに会うぐらいとなった。実乃里が雅人とは何でもないと思われたことで、持ち物がなくなるような被害はなくなったのはありがたかった。いずれにしろ、悪いことをしているわけではないのだから、ひるむことはない!と実乃里は心に決めていた。何をされても、当分辞めるつもりはなかった。これまで以上に実乃里は与えられた仕事に精をだした。しかし、体力には限界がある。編集の仕事は校了の前が忙しく、毎号結果をだしたいと雅人のもとがんばって根をつめ続けた実乃里は体調を崩し胃潰瘍の一歩手前で2週間入院した。ストレスと過労がたたったらしく、1ヶ月静養のため会社を休むことになった。雅人はたまに病院に見舞いにきたが、木村と一緒だった。実乃里が担当していたページは、穴をあけないように木村がかわりに担当したものもあるが、すべては量がありすぎるため、若手の男性社員が急遽メンバーに入った。2ヶ月がたったころ、職場に復帰したものの、実乃里は月刊「トレンディシング」のメンバーからはずされた。体調を考慮してという理由で担当部署の異動となった。実乃里は休養している間に、手伝った男性社員がその穴をうめ、そのまま起用された。実乃里がいなくても月刊「トレンディシング」は成り立つのである。実乃里は以前のカタログの編集をすることになった。 新しい記事を企画するというような楽しさはなかった。雅人とも会社で話す時間もなくなり、会う時間も当然減った。異動になっても、ひそひそとささやいていた女子社員たちが優しくしてくれるわけではなかった。むしろ、実乃里を哀れむことで実乃里をいじめたのである。 実乃里は仕事も人間関係も急にいやになった。代わりはいくらでもいる、実乃里が会社に必要とされているわけでもない。そんな風に毎日を過ごすうちに、いっそやめたら、公然と恋人として雅人と会えるかもしれないと実乃里は思った。雅人にもちらちらっとは話したことがあったが、30歳までには結婚をしたいと実乃里は常々考えていたのである。実乃里は思い切って退職することにした。重荷が外れた開放感と、今後への不安とがあった。就職先はなんとかなるだろうと軽い気持ちで退職に踏み切った実乃里だった。二人のつきあいは実乃里が会社を去った後でようやくまた進行した。といっても、雅人は編集に追われ相変わらず忙しく、会う時間は限られた。退職後、勤務時間というしばりがなくなり、書店や古本屋などめぐったりしてリラックスした時間をすごして2ヶ月。コンビニでもらってきたタウンペーパー誌に、和菓子屋の中途採用の広告を見つけた。早速、応募し、採用となり、和菓子の会社での勤務がはじまった。お互いに働いていればすれ違いも多くなる。暗黙のうちに毎日朝晩のメールと電話のやりとりが始まった。
校了日の夕方になって、実乃里の担当した新コーナーの記事が店の都合で掲載不可になったため、全面的に急遽差し替えしなくてはいけない事態になった。その知らせを店側から実乃里が受けたのは16時。その日中に印刷の工程に誌面の全データを渡さなければならなかった。「なんで、こんなことに・・・」実乃里は、突然の出来事に途方にくれた。「明日までは待ってくれません。今からでは新しい記事は無理ですから、今回はその2ページをはずしてはどうですか?」同じチームで働く木村が言った。木村はこれまで企業誌で飲食のページを担当していたため、この「トレンディシング」でもその力を発揮したがった。新コーナーでのトレンディフード紹介記事ももちろん担当を希望したが、食べることが好きだった実乃里は若者にはやる次の食べ物の企画をいくつも提案し、その結果そのページの担当は実乃里に決まったのだった。チーフの白石雅人の決断とはいえ、当時木村は不服そうだった。「差し替えですぐに書き直します。今日中に必ず入稿しますから、そのページをなくさないでください」実乃里は思わず口にしていた。「今から写真もないのにどうするつもりなの?希望だけでは本自体に迷惑をかけるのよ?」木村はいつになく険しい口調で言った。木村沙羅は白石と同期で、どんな分野の記事でも彼女に任せれば安心という定評があった。実乃里よりも経験は長く、彼女の言うことは正しかった。だが、実乃里は任された仕事をあきらめたくはなかった。「20時までにできるか?中田?」白石が言葉を挟んだ。「……はい」実乃里は一間おいて、はっきりと答えた。「わかった。そのページ以外は18時までにデータを送る。中田の2ページに関しては20時まで印刷所にデータを送るように。印刷所には連絡を入れておくから」「ありがとうございます」実乃里は、次号に掲載しようと考えていた候補店に至急連絡をとった。カメラマンは間に合わないので、ホームページからの画像を使用できるかなどを聞き、了承をえると、急いで記事の仕上げに入った。デザイン担当に至急まわし、誤字脱字をチェックしなくてはならない。2回にわたるチェック工程を省いてのまさに超スピード仕上げだ。それでも、実乃里はあきらめなかった。17時半になり、ほかの部署の社員は帰宅し始める。「用事がありますので、失礼します」18時のデータ校了を終えた木村は、一言そういい残して帰宅した。金曜日ということもあり、白石のチームのものでも、「すみません。お先に」と帰ってしまい、残ったのは白石雅人、デザイナーの権田渡と実乃里だけだった。「できそうか?」19時をまわったころ雅人は実乃里に声をかけた。校了を見届けるのがチーフの役目。「最終のデザイン変更を権田さんにお願いしているところです」実乃里は答えた。デザイナーの権田は一児のパパで、普段は残業をあまり好まない男だが、この日は実乃里のページのために残業をしてくれたのである。「できましたよ。チェックしてみてください」権田は駆け足でプリントアウトを実乃里のもとに届けてくれた。「ありがとうございます」実乃里はすぐに目を通し、誤字脱字がないことを確認すると、「チーフ、これでお願いします」白石に原稿を見せた。白石雅人は目を皿のようにして原稿を凝視していた。「よし。すぐにメールで送って」中田は、すぐにデータをメールした。20時だった。「お先に」というと権田は最後まで見届けずに退社した。制限時間内に送れたことで、実乃里は安心して力尽きてデスクに頭を垂れた。「よかった」一気に疲れが押し寄せた。「何か食べていくか?腹すいただろう?」白石のことを忘れていた実乃里ははっとして机からがばっと頭をあげた。「は、はい。いきます」そんな実乃里をみて、白石雅人はくすっと笑った。
**実乃里と雅人との出会いはほぼ7年前。大学の文学部に通っていた実乃里が、バイトとして勤めたのが現在雅人の勤めているTプランニングという会社だった。いわゆる新聞などに入ってくる折り込みチラシ広告や、カタログ誌、通販雑誌、会社向けの情報誌などの制作を請け負う会社で、記事部分の編集と事務ということだったが、実際に働き始めると、ほとんどお茶汲みとコピー取りで一日が終わった。 ころあいを見計らって社員さんにお茶の支度をしたり、ひたすらコピーを取って、まとめるというような仕事ばかりでは文学的な要素を使う場もなかった。引き受けてしまってから、実乃里は思っていたのと違って少々不満を感じた。編集というからには、文章の校正などを教えてもらえたりもするのかと思っていたが甘かった。 一ヶ月を過ぎ、仕事にもなれたころ転機が訪れた。あるとき、人手がたりない締め切り時に実乃里は編集を手伝わせてもらい、それを機に、アシスタント的な作業も任されるようになっていったのである。ひとつの本を仕上げる一員に加わり、実乃里はやりがいを感じた。大学3年生のことだった。そのままバイトは続き、卒業後はその会社に就職が決まった。 社員として働き始めて一ヵ月した頃、会社で大きな人事異動があり、歓送迎会があった。バイトから社員となった実乃里も当然誘われた。元来お酒の飲めない実乃里だが、その場の雰囲気で飲まざるをえなかった。しかし、やはりひどく酔ってしまい、そんな実乃里をタクシーで送ってくれたのが、企業雑誌チームのチーフの白石雅人だった。 会社は1フロアーだが、制作する広告の地域ごとについたてで間仕切りされて、いくつかの部署に別れていた。実乃里は旅カタログ誌の担当に配属され、雅人とはほとんど挨拶程度しかかわしたことがなかった。白石雅人といえばいつも細身の濃いグレーのスーツが定番。テーマがきまればすぐに動き出す、フットワークの軽さが部署内でも評判で、きりっとした顔立ちで、一瞬はなしかけづらそうな印象を与えるが、いったん話してみれば、その人にあわせた話ができる男だった。そのため、部署内でもひそかに雅人を狙う女性社員が多数いた。そんな雅人に送ってもらうことになったのは、たまたま実乃里と方面が一緒だったのと雅人が用事があったため抜けなくてはならなかったからで、まさに運命とでもいうべきか。うらやましがる女性社員を尻目に送ってもらったのだが、大きな進展は実のところなく、残念ながら二人の関係は次の日からも特に変わらなかった。2年が過ぎたころ、Tプランニングの社長がかわったのを機に、雑誌を手がけることが決まった。それまでこの会社で扱うのは、折込チラシの記事製作や企業の顧客向けの情報誌だったが、新社長の提案したのは一般に販売される月刊誌の製作。月間「トレンディシング」と名づけられ、チーフには白石雅人が就任した。白石チームを支えるメンバーとしてそれぞれの部門から担当者が選ばれ、実乃里もその新規プロジェクトに配属されることになった。ひそかにやり手の白石雅人に想いを寄せていた実乃里は、認められたい一心でがんばった。記事や内容のつめなど話すことが多くなり白石雅人と実乃里の距離は当然近くなった。誌面の新企画や、記事の読みやすさ、レイアウトなどについて意見を交わすうちに二人は仲良くなったのである。約半年後、実乃里は雅人とはよく仕事帰りに夕飯を食べたりするようになって、お互いを意識していた。実乃里は現代の若手サラリーマンやOL層が好むものは何かを必死に探し、食べ物を中心に新企画を打ち立てた。アンテナをいろいろ張り巡らして、調べては会議で発表し、その努力を雅人もチーフとして買っていた。社内で話すことも、当然多くなり、それをよく思わないものも中にはいた。「取材取材で、外に行かれて中田さんはいいわよね。私達なんか、一日中この部屋でパソコンとにらめっこだものね」「そうそうおいしい店とかいかれるんでしょ?自分が食べてみたい店とか選んだら得よね」取材に向かう実乃里の後ろでそうささやく女性社員の声がした。以前実乃里がいたカタログの部署の先輩だ。飲食店を扱う記事の場合には当然取材や、調査が必要になり、実乃里は許可を得て外出をしていたが、交通費は必要経費として請求していた。自分達より後から入社した後輩が新企画に抜擢されたのが面白くないのだろう。そしてそれ以上に、自分達もひそかにあこがれる白石と仲良くしているのが気に入らないのだ。
土曜日 午前十一時渋谷の街は、買い物客やデート、家族連れなどですでににぎわっていた。駅前のスクランブル交差点は、赤信号の度に信号待ちの人々で溢れている。「四月中旬並みの暖かい日になります」という予報どおりに、陽射しが暖かく、長袖一枚の姿も多い。 久しぶりに会うので、何を着ていこうかとさんざん迷った挙句、淡いベージュのワンピースに、春らしい薄い萌黄色の半コートに実乃里は決めた。お気に入りの皮製の濃紺の小型のショルダーを肩からかけ、ミントの香水を中にしのばせる。実はミントの香りは実乃里の好きな匂いで、大切な場面ではたいていいつも持っている必需品だ。待ち合わせは、いつもの喫茶店。渋谷の駅前にあるビルの二階のフルーツパーラーだった。電車が順調に走っていたので、私は待ち合わせよりも十分早く到着し、先に窓際の禁煙席を陣取っていた。 実は雅人はかなりのヘビースモーカー。実乃里が、再三、体によくないから、と指摘しているものの、いまだにタバコをやめられずにいる。「雅人が先なら喫煙席をとっただろうな」と思いつつ、先に来た特権とばかりに実乃里は禁煙席を確保してしまった。(きっと、吸いたくなって、いやな顔するだろうな…)そんな想像をしていたところ、実乃里はふとテーブルの脇に人の気配を感じて、我に返った。「待った?今日は実乃里より早くつけると思ったんだけどな」「あれ?時間通りに来るなんて、雅人にしては珍しいじゃない?」神妙な面持ちをしている雅人を、からかうように言った。「そう?」雅人は、心ここにあらずといった感じで言いながら、対面するようにして座った。雅人が座るか座らないかのうちに、ウェイトレスが水を運んでくる。「コーヒーのホット」アイスコーヒー好きの雅人にしては、珍しいと実乃里は注文を聞いて思ったものの、特に気にもとめなかった。 呼び出したからにはなにか言いたいことがあるのだろうと相手の言葉を待っていた実乃里だが、雅人は何故か口をつぐんだまま、伏し目がちな様子でかたまっていた。落ち着かないのか、おもむろにジャケットのポケットからライターとタバコの箱を取り出し、吸おうとしたのか一本出そうとした。「ノースモーキング!ここ、禁煙席ですよ、雅人さん?」わたしは、張り詰めたような空気の流れを変えよう明るく指摘した。「あ、そうか」雅人は、たばこを箱に戻すと、ライターとピアニッシモのたばこの箱をテーブルの上に置いた。「あれ?マールボロじゃないんだ?」雅人は、普段マールボロしか吸わない人だった。それがなぜか今日はピアニッシモの箱。実乃里は、ちょっと気になって口にした。「えっ、ああ。まあ、たまには気分転換にね」雅人は答えながら右手で短い髪をかきあげる。それは気分が落ち着かないときに雅人がみせる癖だった。なんだかそわそわしているように見えた。いつもと違う雰囲気を実乃里は感じていた。無言でいるのはつらかった。「ずいぶん会わなかったんじゃない?元気にしてた?」「ああ。実乃里も相変わらず、元気そうだよな」雅人は取ってつけたような笑みを口元に浮かべた。そして、それきり黙ってしまった。ウェイトレスがコーヒーを持って登場する。「ホットコーヒー、お待たせしました」雅人と実乃里、それぞれの前にコーヒーカップが並べられた。「ごゆっくりどうぞ」ウェイトレスは、伝票をおくとさっさと厨房へ去っていった。飲み物も到着し、ようやく話がゆっくりできる体制となった。実乃里は、テーブルにおいてあったスティックシュガーを一本取り、ほかほかと湯気が出ているコーヒーに、入れた。さらさらとグラニュー糖の粒々は真っ黒い液体の中に吸い込まれるようにして消えていった。その様子を雅人はただ神妙な面持ちで見詰めている。いつもと違う空気が二人の間に流れているような気がなぜかした。「あの…。なにか話があるんでしょ?」スプーンでコーヒーをかき混ぜながら実乃里のほうから話を切り出してみた。雅人は、一呼吸おいて口を開いた。「ああ、実は…」
「そうですねえ…。今はお客さんはといえば昔ながらの常連さんという感じじゃないですか?だから、OLの人とかにも和菓子を楽しんでもらえるような新しい味。おしゃれなイメージのものをこの店でも置いてみれば、新しいお客さんの層が、望めるんじゃないですか?」と、思いつくままを実乃里は言葉にした。柴田は、その提案に興味を持ったらしい。「おしゃれなイメージ。新しい味ねえ…。それは、たとえばどんな商品だと思う?若い人からの意見を聞いてみたいわ」なんだか同じような質問をされたような気がすると感じながら実乃里は答えた。「わたしだったら、バナナが好きなので、チョコバナナの大福とかあったら面白そうですよねえ。あとはあんこ味のプリンとかも食べてみたい。カロリーが押さえてあって、ダイエット中だけど甘いものを食べたいって思う人たちにも受けそうな物とか…。この店舗のみの販売とかだったら、ここでしか買えないからわざわざ買いに来てくれてこの店舗の売り上げにもつながるかも」「たしかに、新しいものがあれば、ちょっとした話題になるかもしれないわねえ。この吉祥寺店でしか買えないとなれば、ここまで買いに来る…。いい案だわ」柴田の顔がいつのまにか生き生きとしてきていた。「中田さん、よく気づいたわね。早速、その案を本社に提出してみるわ」柴田は、にこやかに告げたのであった。この日のことが後に大きな問題に発展するとは、思いもしなかった実乃里であった。★つづく★
4雅人からのメールが入った翌朝。連絡が取れたことで安心したせいか、実乃里は久しぶりに一晩よく眠れた。すがすがしい朝を迎え、優雅にモーニングコーヒーをすすり、トーストを一枚かじって家を出た。 朝八時。通りには駅へ向かう、通勤、通学の人々。いつもの光景だが、今日はなぜか違って見えた。朝の空気はまだ冷たいものの、すでに青空がまぶしく、さわやかな朝だった。(なんかいいことありそう…)実乃里は、ずんずんと快調な足取りで仕事に向かったのである。*****朝の品出しを終え、開店時間を迎えた。平日なので、買い物客が出てくるのは、たいてい十一時からのはず。客の気配がなく、店長の柴田と実乃里は、ちょっと暇をもてあましながら黙って二人で並んで店に立っていた。柴田は、なにか考え事があるらしく、珍しく上の空の様子。「店長、どうかしたんですか?」客が来ず手持ち無沙汰なので、沈黙しているのも気まずく感じられて、実乃里はさりげなく声をかけた。柴田は、ふと我に返って、実乃里のほうを見た。「中田さん、この店の和菓子についてどう思う?」突然質問を投げかけられて、実乃里は言葉に詰まった。柴田は、店の売上表の束に目を通しながら、難しい表情をしていた。「売り上げのことですか?」閉店前に一日の売り上げを書き出すが、実乃里が毎日つけているわけではないが、以前よりは数字が落ちているようには感じていた。品物が売れ残ることが多くなってきたため、仕入れを少なくしてあまらせないようにしていたせいかもしれない。その発注には実乃里にも責任があった。その日の午後シフトに残っているほうが翌日分を発注するシステムだからだ。主に社員の店長と実乃里。優秀な新人の小野も店長の許可が下りて発注をしていることもたまにあった。 この店の品物は、あんこの小豆や、団子のたれにこだわりがあり、味はよいが、その味と質を保つために、工場生産はせずに一つひとつ手作りなのが売り。その分割高なのも事実。 世の中の景気がよくない状況では、毎日の食事代は大きな出費である。スーパーなどでは、安い値段で団子や和菓子が売られていて、この店の品物の約1.5倍の価格だとすると、さほど味を気にしない人なら、安いものを買ってしまうだろう。 そんなことがたたり、この和歌林屋でも、客の数が減るという寒い風が吹いているのかもしれない、と実乃里はふと感じた。「十二月以来、特にこの二、三ヶ月、落ち込んでるのよねえ。このままだと、この店舗の存続が難しいだろうって本社から言われてるのよ」と、柴田が疲れた声でもらす。そういえば、目の下にくまがうっすら浮かび、どこかやつれているように見える。 店の周りには洋菓子店が並んでいる。どこも、お客がちらほらと並んでいた。朝のこの時間とはいえ、暇なのはこの和菓子店だけだと、実乃里はあらためて気づいた。 十二月のクリスマスのケーキ、帰郷時のご挨拶の品。新年の挨拶。成人の日のお祝いのケーキなど、洋菓子店は、それなりに儲かっていた。 クリスマスは別にして、普段は年末年始は和菓子もそれなりに売り上げがあるものだが、今年に限っては、伸び悩んだようだ。 あんこよりも洋菓子のほうが若い人や子供に受けるからなのかもしれない。それで、この昔ながらの味を保つ和歌林屋も、店舗によっては赤字となり、深刻な状況になりつつあるらしい。救世主の柴田も今回はこれまでと勝手がちがうのだろうか?苦戦している様子。「十二月のクリスマスは西洋の行事だし、その頃は売り上げが落ちても仕方ないんじゃないですか?」たしかに、洋菓子に比べたら、あまり若い人には受けないかもしれない、と内心思いつつ、実乃里は元気のない柴田を気遣って言ってみた。「去年は、クリスマス、年末年始も売り上げがそれなりにあったのよ。その数字を保たないと、店長責任になるのよ、知ってるでしょ?」すでになにか告知があったのか、柴田の声は沈んでいた。「なにか、打開策があればいいですよね。あっ!たとえば新しい商品を置いて注目を集めるみたいな?」実乃里は、ためしに提案してみた。「新しい商品?」柴田は、実乃里の顔をちらっと見た。「たとえば?」★つづく★
午後七時あたりはすっかり暗くなり、街灯の灯る商店街のやや細い道を急ぎ足で家に向かう。なんだか心から祖母のことが離れなくなっていた。実乃里にとっては妙な日だった。行きかう人々をよけるようにして商店街の道をずんずんと歩いていたところ、実乃里は、ふとポケットの中で着信の振動を感じた。 立ち止まらずに、ポケットに手をいれ、携帯を取り出す。雅人からだった。実乃里は、ぱっと顔を輝かせて、すぐに二つ折りの水色の携帯を開いた。マナーモードのため、ブルブルと振動して着信を知らせていた携帯はすでに静かになっていた。メールの着信マークが点灯していた。メールさえ来ないことで朝はずっとブルーな気持ちでいたのもすっかり忘れていた。「会社の仕事が立て込んでいて、連絡ができないでいました。今度いつ会えますか?ちょっと大事な話がある。一度会いたいので、連絡ください。では、また。雅人」(大事な話?)その文句に実乃里は興味を持った。(何だろう?)実乃里はちょっと、わくわくしていた。勝手な期待が胸の中に膨らむ。雅人と実乃里は付き合い始めてから二年以上経つ。実乃里の頭に、突然「結婚」という二文字が浮かんだ。携帯の画面を見ながら、実乃里は一人にやっとした。すれ違いざまに彼女を見た人は、気持ち悪い女だと思ったに違いない。しかし、久しぶりの連絡にほっとし、嬉かったのは言うまでもないこと。実乃里の顔は自然にほころんだ。着信のあった携帯が実乃里には愛おしく感じられた。ぎゅっと手の中に握り締めながら、次の休みの予定を考え始める。(雅人の休みは、土日のみでしょ。平日の夜に約束するという手もあるけど、一日ゆっくり過ごすなら、土日に約束するのが無難のよね…)土曜日は実乃里もシフトを入れていなかった。「今度の土曜日の午前十一時は、どうでしょう?」連絡してこなかった雅人に腹を立てていたのも忘れて、実乃里は即座にメールを返していた。「十一時に渋谷で。いつものフルーツパーラーで待ってる」雅人からの返信もこのときばかりは早かった。「了解」にこっと笑いながら、パタンと携帯を閉じる。「ラインじゃなくてもつながるじゃない!」うふっと笑う。「大事な話か…」土曜日のことを思い、実乃里は勝手に幸せに酔いしれていた。★つづく★
「あのとき、ちょうど家内が亡くなってばたばたしていたころで、問題はたくさんあるし、気が滅入っていてねえ。そんなときに、お嬢さんのあの言葉が、救いだったんだよ」おじいさんは、おだやかな優しい口調で言った。「本当にありがとう。おかげであれ以来、日常に疲れたときには空を見るようになってねえ。東京の空もまだまだ捨てたもんじゃないってことにも気づいたよ」「よかったです。お役に立てて」「お嬢さんは、心やさしいんだな、きっと」「そんなことないです。たいしたことできなくて、でも、こんな私でもなにか人の役に立てたらいいなって思うことはあります。誰かが喜んでくれると、嬉しいんですよね」「つい、おしゃべりが過ぎてしまってすまなかったねえ。じゃあ、そろそろお暇するとしようかのう。また、お店に伺いますね」おじいさんは、そう言うと、持っていた杖に体重をかけるようにしてよっこらせと立ち上がった。そして、にこやかな笑みを私に向けると、杖の柄にトレードマークの緑色の風呂敷包みを引っ掛けるようにしてゆっくりとつきながら、散歩道を出口に向かっていったのである。**透き通るような空気の中、ひとりベンチで座って、空を見ていると無心になれた。どこまでも続く青い世界、その中を白い雲が時折通りすぎていく。いつの間にか実乃里のもやもやした気持ちもずいぶん晴れていた。そして、知らないうちに、今度は久しぶりに昔のことがいろいろ頭をよぎっていた。おじいさんと大福の話をしたせいか祖母と過ごした日々を懐かしく思い出された。(よく、おばあちゃんとこの公園にお散歩に来たっけ・・・)実乃里が小さい頃、母親は働いていた。幼稚園の先生をしていて、朝から夕方までは家にいなかった。そのために、一人っ子の実乃里は、祖母に育てられた。祖母とは、よく出かけた記憶があったが、どこに行ったのかまでは、よく覚えていなかった。(広い広場で、はとにえさをやったなあ。あれは一体どこだったんだろう?)小さい頃のことは、断片的にしか思い出せない。だが、なぜか、小さい頃の思い出の場面には、いつも祖母が登場するのである。 連れて行ってもらった浅草の浅草寺。何を見たのか覚えていなかったものの、手をつないで歩く二人、仲見世通りの人ごみ、もくもくと煙を吐いている線香立てとその香りは、今でも実乃里の心に残っていた。 二人で行った動物園は、サル山のお猿さんたちの赤いおしりが印象的だった。初めて劇を見たのも祖母とであり、宝塚のミュージカルだった。すごくきれいで、夢のような世界で、小さな実乃里はお姫様にあこがれた。祖母は東京育ちで、はいからな人物だったようだと、今になって実乃里は思う。実はいろいろなところに連れて行ってもらったのだと、たまに振りかえってみるたびに感じるようになっていた。(おばあちゃんがまだ生きていて、でもわたしが勉強と遊びに忙しかった学生時代には、気づかなかったなあ) 母親は、実乃里が小学校に上がると同時に仕事を辞めた。学校から帰ったときに、子供に寂しい思いをさせたくないからというのが理由だった。 そのせいだろう、実乃里の小学校からの記憶には、祖母に代わって母親が登場する。 学校の行事には、決まって母親が来てくれた。授業参観、運動会、音楽コンクール、文化祭・・・そして、土曜日などは、母親と祖母の三人でお昼を食べた記憶があった。たいてい、キャベツと豚肉の入った手作りのソース焼きそばか、しょうゆ味のいためご飯だった。(それを食べた後は、わたしは友達のところに遊びに行ったっけ?考えてみたことがなかったけど、毎日遊んでくれていたおばあちゃんは、その役割を母さんに戻した後は、毎日どうしていたんだろう?)冷たい風をほほに感じ、そこで実乃里は現実に引き戻された。いつのまにか、夕焼け空になっていた。三月の夕方は、まだまだ冷える。なんだか、体全体が急に冷えてきた。外からの寒さだけではなかった。実乃里の心の中にも突然冷たい風が流れ込んできたのである。実乃里は、ブルブルッとちょっと体を震わせた。「寂しくないように毎日面倒みてくれていたのは、おばあちゃんだった。なのに、学校に入ってお友達ができたら、わたしはおばちゃんと過ごすことはほとんどなかったんだよね…」なんだかいいように利用したような気がしてきた。必要なときだけ甘えて、いらなくなったら離れていく。そんな自分に実乃里は気がついた。「おばあちゃんは、毎日何をしていたのだろう?」実乃里はそのことが急に気になってしまった。一生懸命思い出すうちに、小学校のころ、よく祖母が、毎日、庭の草むしりをしていた姿が頭に浮かんだ。「母さん、日差しが強いから、もうそれくらいにしておいたら?」母親が、あきれたように祖母にそう言っていた声が、よみがえる。ちょっとした植木と花壇のある小さな庭を実乃里の祖母は、雑草の芽が生えてくるたびに、つんでいた。もんぺをはいて、ほっかぶりをして。春も夏も秋も… よっぽど土いじりが好きなんだと実乃里は、思っていた。しかし、今日はじめて、本当は違うような気がした。 ぽっかりと開いた時間をなにかで埋める必要があった。実乃里の祖母は、その時間を庭の手入れをすることで埋めていたのかもしれない。好き嫌いでなく、一日を無事終えるために、今日という日が、無駄ではなかったと思いたいから。それが楽しかったのかどうかは、今の実乃里にはわからなかった。 だが、急にそんな考えに行き着いたら、もとはといえば実乃里に原因があるような気がし、せっかく軽くなりかけていた心は、再び重くなってしまった。 下唇をきゅっとかみ締めながら、青空を眺める実乃里のほほに涙がつーっと流れた。「気づかなくて、ごめんね、おばあちゃん」実乃里は謝るようにつぶやいた。あっというまに時がすぎていた。空は茜色になりつつあるところ、5時を半を過ぎると一気に暗くなってくる。公園にいた子供連れの姿はもはやなかった。★つづく★
研修で吉祥寺店に勤めはじめて三ヶ月くらいのときだっただろうか、九月のお彼岸で、店ではおはぎを売っていた。開店直後の朝十時は、まだお客さんがいない状態で、ちょうどその日シフトに入っていた先輩の白石が、たまたまトイレに用を足しにいってしまい、実乃里は店に一人だった。「きなこのおはぎをひとつ」ちょくちょくやってくる常連さんのひとり、七十代前半くらいの半はげのおじいさんが、いつのまに現れたのか、ショーケースの前に立っていた。片手に杖をつきもう一方の手には、小物入れのように、中になにか物を入れた濃い緑色の綿の風呂敷きをバッグのようにして持っている。必ずその風呂敷を片手に持っているので、まるでトレードマークのようで、それが目印ですぐにいつものおじいさんだとわかる。はじめてその常連さんをみたとき、先輩の白石が「買い物しないでうろちょろしてるだけだと、ちょっとホームレスみたいにも見えるよね」と冗談で実乃里に耳打ちしたことがあるが、たしかに服装はあまり気を使っていない様子である。 品出しを続行していた実乃里は、ふっと顔を上げて、あわてて応対する。「あっ、はい。きなこおはぎをおひとつですね。少々お待ちください」二人体制だと品物係と会計係とに別れているので、片方の仕事をやればいいのが、ひとりだとその両方を即座にこなさなければならないので、なんとなく緊張する。パックにきなこのおはぎをひとつ入れてパックのあわせをセロテープでとめ、和歌林屋の紙でそれを簡単に包装する。お待たせしている、と実乃里は感じながらもそ知らぬふりで、務めて明るく言った。「180円になります」おじいさんは、すでに200円を手に握りしめて待っていた。お金を受け取り、続いてレジに打ち込む実乃里。チン、と音がして、レジが開く。実乃里はおつりの20円と、レシートを先に渡した。「少々お待ちください」と言いながら、紙で簡単に包装した品物をビニールの手提げに入れた。「お品物になります」顔を上げると、おじいさんはおつりを握り締めたまま、品物を受け取るのを忘れてしまったのか、そのまま杖をつきながら通路を歩き去るところだった。「お客様!お品物!」実乃里は、これは大変とばかりにおじいさんの背中に向かって思わず大声をだした。おじいさんは店舗から二メートルくらいのところで足をとめた。実乃里は、品物の入ったビニールの手提げを持って、あわてておじいさんのもとに駆け寄った。「お品物です」と言って振り返って待っていたおじいさんの前に手提げを差し出した。「ああ、忘れてました。わざわざすみません」おじいさんは、軽く頭をさげた。「いえ・・・」なんだか顔色が悪く、いつもと違うと、実乃里はそのとき初めて感じた。いつもは明るい笑顔なのだが、この日は口元がへの字に垂れ下がり、目が寂しげな様子をしている。「あの、どうかなさいましたか?」品物を渡しながら、つい実乃里の悪い癖が出てしまった。なんとなく人の様子が違うと声をかけてしまうのだ。相手はきょとんとした目で実乃里の顔を見た。「いえ、あの…。いつもとなんだか違うので。よけいなことですよね。すみません」考える前に、言葉が先に出てしまう。実乃里は軽く笑ってごまかした。「いつもと違って見えましたかな…。ちょっと悩んでいることがあってねえ。頭で考えていてもなかなか問題が解決しないから、なんだかいやになってしまって」と寂しそうな笑みを浮かべて答える。「わたしもあります、そういうこと。そんなときは青空を見るといいんですって。どこまでも広がる青空を見て雲が浮かんでるのを見ているうちに、気分が晴れるっていうか…」「空…そういえば最近見ていなかったなあ」おじいさんは、品物の入った手提げのビニールを実乃里から受け取りながらぽつりとつぶやいた。そして、実乃里の顔を見て「ありがとう、お嬢さん」と一言いうと、くるりと背を向けてそのまま、食品街の通路を歩き去っていった。「ありがとうございました。お気をつけて」実乃里は、前かがみになったそのちょっとさびしげな背中に向かって声をかけたのである。★つづく★
「わたしですか・・・」実乃里の頭の中に、ぱっぱっといくつかのイメージが浮かんでくる。「わたしが食べてみたいなと思う商品はいくつかあります。抹茶あんの大福、梅干しいりアン大福、パフェ感覚で生クリームとチョコ入りのバナナチョコ大福とか、月替わりでいろいろ試してみるのも面白いかもしれないし・・・でも、こんなの実際には受けないかもしれませんけどね」「でも、面白い案だと、わたしは思いますよ。それにしても、なかなか物事をよく見てるねぇ」「そんな、ただ思ったままを言っただけです」実乃里は、恥ずかしくなって小さくつぶやいた。「失礼かもしれないが、あなたくらいのかたなら仕事先はいろいろあるだろうに、なぜまた和菓子屋で働く気になったのかな?あっ、これは、ちょっと立ち入ったことを聞いてしまったねえ」と、申し訳なさそうに笑みを浮かべるおじいさん。「いえ、かまいませんよ」と、実乃里は笑みで返した。「あの和菓子屋の大福、実はおばあちゃんが好きだったんです。だから、あの会社で社員募集を見たときに、なんかいいなって思って入ったのがきっかけですね。単純な動機ですけど。本当は新しい和菓子を開発する企画のほうに進みたいんですけどね」と肩をすくめてみせる。「そうだったんですか。でも、はきはきしていて、買うときに好印象を受けますよ。接客も十分こなせるわけですねえ。たまに、むすっとした顔で対応したり、そっけない態度の店員とかもいますが、やはりいい気持ちはしませんからねえ。その点、あなたは会話も豊富だし、人に慣れているように思いますな」と、おじいさんは、実乃里をほめてくれた。そんな風に見られていたのかと、実乃里は初めて知った。なんとなく恥ずかしかったが、そう言ってもらえたことは嬉しかった。二年前、出版会社の編集の仕事をやめて、今の和菓子会社の中途採用で入社した。本格的に会社の企画に進みたくて入ったものの実乃里は店舗に配属されてしまった。企画部への移動願いを店長を通じて出してもらっているが、よい返事は返ってこない。新卒の若手が、毎年本社の企画部に採用されているようだ。「それで、おばあさんは今も?」「いえ、亡くなりました。小さい頃、よく遊んでもらって。おやつに、よく大福が出たんです。今思うと、今勤めてる和歌林屋の大福だったんですよね。おばあちゃんは、その店のこしあん大福が大好きでした。でも、最後の頃には、病気で固形物が食べられなくなってしまって。「あの大福が食べたいねえ」と、病院のベッドでもたまに言ってました。病床でそばについていて、食べさせてあげられないのが、なんか悔しくて。大好きなおばあちゃんだったから・・・そんなこともあって、和歌林屋に親しみを感じたのかも知れませんね。思い出の味だから」実乃里は、ベンチに座り青空を見上げながら、祖母のことを久々に思い出していた。このところ、自分のことに忙しくて、あまり思い出していなかった記憶だった。記憶がよみがえるうちに、なんとなく目頭が熱くなり、青空がかすんで見えた。実乃里は、ひざに抱えていたショルダーバックから、手探りにそっとポケットタオルを取り出すと、おじいさんから顔をそらすようにしてそっと涙をぬぐった。おじいさんは、実乃里が涙ぐんでいたのを察してか、何も言わずに空を見上げていた。実乃里が、ポケットタオルを再びバッグに戻した頃になって、おじいさんはぽつりとつぶやいた。「人間関係に疲れたとき、仕事に疲れたときに、青空に自由に浮かぶ白い雲を見ていると、思いつめていたことが些細なことに感じますねえ。全て忘れられて、新たな気持ちになれる気がしますよ」実乃里は、ふっとおじいさんの顔を見た。「それを教えてくれたのは、あなただった。覚えていますかな」おじいさんは、実乃里の顔を見てにっこりと笑った。★つづく★
「あ~あ。なんか疲れちゃったなあ・・・」12時過ぎといえばお昼休み時間帯。春はそこまでというのにまだまだ空気は冷たい。淡いベージュの薄手のコートを羽織った実乃里は、そのまま帰る気にもならず青空が恋しくなって駅のそばにある公園にむかっていた。桜で有名なこの公園には、園内をぐるっと一周する散歩道があって、所々にベンチが設置してあった。気分が落ち込んだとき、実乃里はふとこの公園にやってくる。ビルと人だけという都会の景色から、一転して自然に触れると、なんとなくほっとする。これが癒しというものなのかもしれない、などと思ったりする。公園の入り口を入り、散歩道をてくてくと歩いて行った。目指すはいつも座るベンチだった。散歩中の小さな子供とお母さん、中学生らしき学生服の女子生徒のグループとすれ違ったくらいで、公園の中はこの日も静かな雰囲気だった。三月の末、木々を眺めると、ふと桜の小さなつぼみが枝に見えた。「もうじき桜の季節か・・・早いな」わたしは、ぽつりとつぶやき、ふと前を見た。散歩道の途中にはいくつものベンチがあるのだが、実乃里がいつも座るベンチがある。だが今日はそこにはすでにひとり男性が座っていた。その姿には見覚えがあった。「あれっ?」実乃里は、見た瞬間知ってる顔だと思って思わず声が出た。どことなく思いつめたような表情、考え事に没頭しているという風で、実乃里はそっと前を通りすぎようかと思ったが、視線に気づいたのか、座っていたおじいさんは、二メートルほど離れていた実乃里のほうを見たのである。「おや、和菓子屋のお嬢さん!」実乃里をみておじいさんは、にこっと笑いながら声をかけてきた。「あっどうも」実乃里もつられて挨拶を返す。70代前半ぐらいだろうか?このおじいさんは、二日に一度は和菓子屋に大福を買いに来る常連さんで、実乃里もすっかり顔を覚えているお客さまのひとりである。使い込んでいそうなグレーのジャケットに、すり切れそうなてろてろのズボン。いつもはだしでぞうりを履いている。そして、足が少々不自由なのか片方の手には杖を、もう片方の手には決まっていつもなにか包まれているらしい濃い緑色の風呂敷包みを引っさげている。風呂敷はこのおじいさんのトレードマークだ。「お仕事帰りですか?」おじいさんは、実乃里をみてベンチに腰掛けたまま言った。「ええ、おじいさんこそ、どうしたんですか? お家はこのお近くなんですか?」つい、世間話をしてしまうのが実乃里の癖。「いやいや。家は、浅草のほうなんだけど、急に緑が見たくなってねえ。ビルの中にいると、自然が恋しくなるんだよねえ」「そうですよね。わたしも、ずっと人ごみにいると、おいしい空気が吸いたくなる時があります。そんな時はこの公園にくると、元気になれるっていうか・・・」「おや、お若いかたでも、そう思うんですか」とおじいさんはちょっと意外そうな顔をした。「他のひとたちはわからないですけど、わたしはそう思います。この公園は私のお気に入りの場所なんです。四月になると桜も見えるし・・・」と振り返ってまだつぼみ状態の桜の木を指さしてみせる。「桜ですか。もう、春だねえ」とおじいさんは目を細めてうなづいた。「お仕事帰りなのに邪魔してしまいましたね・・・」とすまなそうに言うおじいさんの言葉に実乃里はかぶせるように言った。「いえいえ。そんなことないです。それより、おじいさんこそ、なにか考え事をしてたんじゃないですか?」「考え事・・・そうだねえ。もし、よかったらひとつ聞いてもいいかね?ちょうどどなたか若い人の意見が聞きたいなと思うのだけど、なかなか聞ける人がいなくてねえ。でも、こんな年寄りの相手をしていただくのは悪いかね?」と、顔にしわくちゃの笑みを浮かべながら穏やかな口調で聞いてきた。「少しでしたら……」あまり時間はなかったが、その場を去ることができずに実乃里はおじいさんの話を少しだけ聞くことにした。困っている人がいるとなんとなくほっとけない性格の実乃里は、ただのお客さんのおじいさんがほっておけなくて、気がつくとおじいさんの隣にしっかりと腰を下ろしていた。「実は、知り合いが和菓子屋をやっていてねえ。でも、このままでいいのかって悩んでいるんですよ。世の中にはおいしい洋菓子が溢れている、そんな中でこれから先、昔ながらの和菓子は生き残れるのかってねえ。若い人の間で、和菓子が体にいいと話題になることもあったけれど、それは一時のブームであるとしか思えないようなんですな。あの店で働いていて、どう感じますかな?」と、おじいさんはまじめな顔で実乃里に尋ねてきた。「そうですねえ・・・」実乃里は、とっさに頭の中で質問を整理する。「たしかに、次々に洋菓子のブームがやってきていますよね。話題になるとその度に、世の中にスイーツは、それしかないのかっていうぐらいの勢いになったりして・・・でも、それは、次の波がやってくれば終局を迎えていきません?」実乃里は、ちょっと言葉を切っておじいさんの顔を見た。おじいさんは、ふむふむとうなづく。「でも、和菓子って、大ブレイクってことはないかもしれないけど、常に根強いファンがいるっていうか・・・きっと“あんこ”って、いつまでも日本にあるだろうし、“日本では決して終わることのないもの”というか、そんなイメージがあります。働いていると、年配の女性の方とかに「やっぱり疲れると、たまには和菓子が食べたくなるのよね」っていわれます。それを聞くと、年配のかたにとって、ほっとする味のひとつなんだな、と感じます。これで、答えになってますか?」思いつくままに率直に述べた実乃里の言葉におじいさんなぜか真剣に耳を傾けていた。「それで、和菓子屋というものは、今までどおりの商品を売っていればそれでいいと思うかな?」「それは、難しい質問ですよね」実乃里は、一瞬答えに戸惑った。「たとえば「昔ながらのあの店のあの味が好き」という長年のファンの方々にとっては、その同じ味が続いて欲しいだろうと思うんです。でも、その反面、新しい層も増やさなくてはいけないはずですよね。そのためには、新しい試み、新鮮な味も必要だとわたしは思うんです」「なるほどねえ。たしかにその通りだねえ」おじいさんは、ふーんとなんだか満足そうにうなづいていた。「で、お嬢さんなら、どういう新しい試みをたとえばしてみたいと思うかな?」おじいさんは、興味深げにつっこんで尋ねてきた。★つづく★
3「たかが1週間電話ないくらいで、馬鹿よねー」駅ビル内の更衣室に向かいながらスマホの画面をにらみながらため息をついた。午前中に用事ができた小野に頼まれ、午前中だけ出勤したため、12時になり帰宅していいことになっていた。更衣室は、食品売り場の各店舗の店員が共同で使っている。この時間は、午後出勤の店員がちょうど着替え終えて人もまばらだった。明るめの紫色の甚平の制服から私服に着替える。「どうするかな」最後にロッカーから薄手のコートを取り出しながら実乃里はつぶやいた。ボーイフレンドからの電話がこないくらいで、気分が落ち込むなんてくだらないと理解しているものの、やはり気になる。この一週間、珍しく雅人から電話が入ってこなかった。雅人と実乃里は毎日朝にはメール、夜には電話をするのが、日課というか、いつのまにか暗黙の了解になっていた。付き合い始めた当初は、もちろん毎日長話もしていたし、頻繁に会ってもいたが、付き合いが長くなるにつれて一定のリズムができる。毎日は会えない分、日課のメールと電話でお互いの安定した距離を保っていた。そんな日々がかれこれ2年続いていた。それが、この一週間、なぜか電話がない。朝も晩も簡単なメールのみ。「忙しい」「疲れているので」などという言葉が入った短いメールが届くのみで、電話が来ない、電話しても「ただいま出られません」と留守番電話につながってしまう。雅人も会社の仕事で多忙なのだろうとは思ったが、さすがに一週間声を聞けない日が続く、何事が起きたのかと実乃里は心配になってきていた。基本的に、実野里は留守電に吹き込むのが苦手なタイプだ。「ピーッ」と鳴ると、言いたいことを簡潔にまとめて話さなければと感じて緊張してしまう。それで、「うっ!」と胸がつまり、ついついスイッチを切ってしまうことが多い。その点、メールは、自分の文章をチェックできる。時間の制限もなく気が楽である。実乃里のガラ携をみて新人の日向から「スマホにしないんですか?」と不思議そうに聞かれたことがある。通話メインのガラ携よりも、たくさんの情報がえられるし、ラインができることを日向は強調していた。実乃里は新しいことに挑戦するのが苦手であり、ラインまでは手をつけていなかった。日向がお勧めするラインがなぜいいのか?たずねたところ「ラインのほうがその場でやりとりできるし、話しているみたいでつながってる感じじゃないですか?いまどきラインやってないんですか?」と逆にたずねられてしまった。「もしかしたら、ラインをしてたらつながりやすいのかな雅人と」ベンチに腰掛けながら実乃里は思わずつぶやく。昨日は思い切って朝と夕方の二回メールを送り、電話もしてみたものの、夜の十二時まで待ってもメールすら返事はこなかった。夜中に入るかもしれないと期待しながらベッドに入り朝を迎えてみたが、やはり雅人から電話もメールすらも届いていなかった。最後に電話で話してから、いつのまにか一週間が経っていた。忙しくて電話やメールを返すのも面倒くさいのだろうと頭ではわかっていても、毎日続いていたことがぷつりと途切れるとなんとなく、気になるものだ。しかし、実乃里からこれ以上催促を入れるのも、しつこい女みたいに思われそうで嫌だった。起床時にはメールも電話の着信もなく「またか…」と実乃里は少々気落ちしながら、そのまま仕事に向かった。仕事中は携帯はマナーモードにして忍ばせていたが着信はなかった。「電池切れとかかもしれないじゃない!それに、毎日雅人と必ず話さないといけないなんて約束してたわけじゃないもんね。だから、別に気にすることないじゃない、実乃里さん!」ロッカー扉についた50センチほどの縦長の短い姿鏡に映るさえない顔をした自分を励ますように言ってみる。「中田さん丸聞こえですよ?」目の前に小野がいた。小野の出勤時間と入れ替わりに更衣室にきた実乃里だった。なぜ今ここに彼女はいるのだろうか?「あれ?小野さん店は?」「書類を忘れてとりにきたんです」「そうか」「契約延長書類が、至急必要だというので取りに来ました。時計も忘れてきたのでついでにこれも」と時計代わりのスマホをみせる。ラメいりピンクのケースに入っていて女の子らしいと実乃里は思った。「あっそうか。ないと不便だからね」ベージュのコートにそろえた淡いベージュのショルダーバッグを肩にかけながら実乃里は言った。「でも、勤務中は私用はだめだよ」と実乃里がそれとなく言い添えると、小野は言われなくてもわかってますといわんばかりにむっとしたらしくかわりにこう言い返した。「そうそう、友達にもいたんですけど、気をつけたほうがいいですよ。男性って連絡取れなくなったら、疑えっていうじゃないですか」小野は哀れみの表情をうかべていた。たしかにもてそうな小野は恋愛経験も実乃里より豊富なのかもしれないが、余計なお世話だと実乃里は内心腹がたった。最近態度がでかくなった気がするのは気のせいだろうか。順調に仕事ができてほめられていれば当然かもしれないが、エリート街道を進んできたお嬢様なのかもしれないと実乃里は思わずにはいられなかった。「では、戻りますので」満面の自信ありげな笑みをうかべて小野は店へと戻っていった。「いったいなんなの?」実乃里はむっとしながらも、小野の言葉が脳裏によぎった。「連絡がとれなくなったら疑えっていうじゃないですか」愛用の水色の携帯を開いて雅人の番号にかけようとしたが、そこで手を止めた。携帯をジャケットのポケットに入れると、その場から走り去るようにさっさとロッカールームを出た。★つづく★
2月曜日の午前十一時。午後十時開店の吉祥寺駅ビルのショッピング街は、たいていこのくらいの時間から混んでくる。昼ごはんを食べがてら夕飯の買い物に来るという主婦たちの姿が多いが、妻の代わりに買い物に来る60代から70代の男性もちらほら目に付く。吉祥寺といえばテレビによく出る行列の店があり、それを目当ての客も多い。駅ビルの中でおかずの買い物をしているのは、近隣や自転車などで来れる層が多いのかもしれないが、いずれにしろ、弁当やおかずの入ったマイバッグを片手に持つ客たちが最後には和菓子や洋菓子の店舗を訪れる。したがって駅ビルのフードショッピング街の一角にあるこの和菓子屋も、昼前ぐらいから徐々に忙しくなるのである。たいてい店は二人体制、今日は店長の柴田町子と20代後半の中田実乃里の2人が、店に出ていた。店長の柴田は50代前半のベテランで、この和菓子店の社員歴二十五年以上、これまでも数々の店舗を任され業績の悪い店の売り上げを伸ばしてきたすごい経歴を持っていた。もうひとりの女性、中田実乃里は五月の誕生日で30才になる。柴田のもとにきてから二年半が過ぎ、「ようやく仕事に慣れてきたみたいね」と厳しい柴田店長に言われるようになったところだ。この店に研修に来たときに指導してくれた先輩大越こずえは、当時5年ほど勤めていたベテランだったが、30歳を前に寿退社。編集の仕事から転職したため、勝手がわからなかった実乃里にいろいろ教えてくれた優しい先輩だった。どちらかというと、ちゃきちゃきした柴田店長は苦手で、大越と店先にたっているほうが実乃里は楽しかった。2ヶ月前に白石が去り、かわりに入ってきたのが、現役大学生の小野桜子と日向麻衣。それぞれが週4のバイトで主に日替わりに登場する。大学3年生の小野は、大学院に進むと公言し、長期バイトを希望している。もの覚えが早く以前もコンビニでバイトした経験があるとあって、手際がよく、店長の柴田とはファインプレーをなしているため、気に入られている。一度も同じ服を着てきたことがないのではないかと思うほど洋服持ちだ。買い物上手だと自分でもよく言っている。肩までかかる濃い茶色の髪の毛は服装によりまとめ方を変えてはいるが、店に出るときにはいつもこぎれいにひとつにまとめていて、おしゃれな上清潔感があるように見える。紫色のじんべい姿でたつ時にさえ華やかさが自然と感じられる。「このままこの店に就職してほしいわ」などと店長に言われて頼りにされている。日向は、女子大学に通う2年生で、初バイトという。甘いものを買うのも食べるのも大好きだが、売り手は少々苦手らしい。スイーツなら和菓子も洋菓子も好物とのことで店の品物はすぐに味を覚えたものの、まだレジや包装するのはなれていない。日向と実乃里が店にたつ日は、ややせわしくなる。あの華麗なる流れがストップするからである。店長柴田とともに社員である実乃里は2人のバイトの先輩としてなにかあれば意見を求められる位置にいたのであったが、店長は小野を重宝しはじめている様子。現在は4人が働くこの和菓子店は、実のところ、スペース的にはせまい。必要なのは客に品物をみせるためのショーケースであり、店員が立つスペースは3人入ると身動きがとりずらいほどだった。2人のときでさえ、かなりの余裕があるわけでもなかった。そこでためしに二人三脚方式販売に切り替えたところ、なかなか流れがよく、以来定着している。一人が品物を包む間にもう一人が会計を担当する。一人で品物と会計を済ませるという方法も当然あるが、店お団子やら大福やらの品物が入ったケースが積み重なっておいてある状態の店中で、レジと品物の入ったケースを行き来するのは、かなりつらい。役割分担方式は、この和菓子やにとってはとても効率がよい方法であった。学生時代に一人一客ずつ対応するパン屋のレジのアルバイトを実乃里はしたことがあるが、速度が求められる職場で、当時スピーディに対応できなかった実乃里は気まずくなり1ヶ月でやめてしまった。その時とは勝手が違い、そこまでのスピードは求められなかったが、のろのろするわけにもいかない。慣れてくると、この分業制はお客様を待たせる時間を短縮できて、意外と楽だった。息があってくると、それぞれの担当をこなせばいいのでそれだけ対応が早くなるのである。この店は生の和菓子を扱っているので、衛生上、食品用の手袋の着用が必要になるが、お金を扱う際には逆にはずさなければならない。つまり、ひとりで全てをやるということはその都度、手袋をはめたり脱いだりしなくてはならないということなのである。しかし、分担作業ならば、品物を詰めるほうは手袋をしたままで仕事を続ければいいし、会計係はお金だけを扱うので、よけいなことを考えない分、ミスもなくなるというもの。すばやく対応できて多くのお客さんをさばける上に、買いに来た客を待たせることがあまりないのが利点だった。ただし、タグを組む相手によって状況は変わるものである。★つづく★
「青空大福」思えばすべては無駄ではなかったのかもしれない別れも裏切りも、今日の私の糧になっているように今ならやっと思える1「いらっしゃいませ」「粒アンの大福三個とみたらし団子を三本、お願いね」青むらさき色の甚平風のパンツルックの和菓子屋の制服の女性店員の挨拶に重なるようにして客の注文の声。「粒アン大福を三個とみたらし団子を三本ですね。お会計660円になります」そう言い終えると店員は、手早く品物の準備にかかった。目の前の客はバッグからお財布を出し始める。と同時に、「お会計はこちらでお願いします」レジの前に立つ店長のはきはきとした声が聞こえてくる。目の前の年配の女性客が手持ちのかばんから長財布を出しているうちに年若い店員は、さっさと品物を包装し、手提げのビニールに収めていく。会計が終わると同時に、客にそっと品物を手渡す。無駄な瞬間のないような息のあった店員二人のファインプレー。手際よくあざやか。だが、最初は、このリズムに乗れず中田実乃里は苦労したものだった。そして、いまだに店長と一緒となるとなんだかうまくいかないのである。 ★つづく★
以前に小説をひたすら書いていました。20年前から書いてますが、朗読できないかも・・・と思い、20年前に書いた小説を毎週金曜日に更新予定20年ほど前にはまだ、それほど和菓子の洋菓子化は進んでいませんでした。こんなスイーツあったらいいな・・と思っていたら、その通りのお菓子ができたのでびっくりしています。今回のお菓子は、まだ最近の和テイストの洋菓子を私が知らなかった時代の創造のお菓子が載っています。若いころに、まだ俳優として活動できない時代に、和菓子屋さんでバイトしたことがありました。物語はフィクションですが、品物とか思い出しながら書いていました。私は、ぎゃふん系が好きなので、今回のお話は、あきらめない女性の物語です!応援よろしくお願いします星さいか