トルコ de 花鳥風月 -36ページ目

 トルコ de 花鳥風月

落ち着かない転勤族。目指すのは「花鳥風月」の境地。旦那さんとペットとの日常。

今生の別れのごとく旅立った私達。

ラッキーなことにその時はビジネスクラスだった。

2歳前の子と、5ヶ月の乳児連れで泣きながらビジネスクラスに入っていくと、




「お願いだからこっちの方に座らないで・・・」




という、視線が突き刺さってきた。

そりゃそうだろう、折角ビジネスクラスに乗ったのに、12時間近く泣き叫ばれたらたまったもんじゃない。

今となっては分かる。

5ヶ月の次女は、着脱式のベビーカーシートに乗ったまま座席のシートベルトで固定される。

長女は、普通席だ。

手荷物のバッグは2種類のオムツ、おもちゃ、子供の飲み物や食べ物でパンパンだった。

確実に「ママバッグ」なんて素敵なものではなかった。

離着陸時の気圧差で耳が痛くならないようにすれば、「なんとかなるだろう」と、パックのリンゴジュースを飲ませる。

まだ、ストローに慣れていなかったせいで、飲み方も分からなかったのが幸いした。

パックの両側を私が押さないとストローから出てこない。

離陸時中に飲みきらないように、
小出しに少しずつ飲ませながら、次女には授乳した。

今となって考えれば、有り得ない光景だがその時は子供もハッピーに、周りにも迷惑かけないように。。。としか考えていなかった。

途中、オムツを替える時はアテンダントさんにお願いして、どちらかの子供を見てもらっていた。

しかし、長女は一緒にあの狭いトイレに入りたがる。

CAさんには、「トイレは2名までです」と言われる。

長女には我慢してもらい、CAさんに遊んでいただいていたような記憶しかない。

ぐずりだせば、ステッカー式の本、お絵かき、絵本、いつもはもらえないお菓子など、今の子供とはちがってipad なんてなかった時代だった。

そんなこんなで10時間が過ぎた頃、疲れで睡魔が私を襲う。

瞼が開かない・・・・・わずかな時間に爆睡していたとしか思えない。

到着時間になり、またもやストロージュース作戦と授乳で難を乗り切る。

到着して、降りるのを待っている間、 一人の初老の外国人の女性が近寄ってきた。


「こんなに泣かない赤ちゃんは初めてみたわ」


ありがとうございます。

泣かないんじゃなくて、泣かせないようにしてタマタマうまくいっただけんんです。

そんな説明はしなかったし、余裕もなかった。引きつり笑いをしていただけだろう。

コネを駆使した旦那は到着ゲートまで迎えに来ていた。

目の下を青黒くした私と子供達をにこやかに迎えてくれた!!

肩の荷が降ろせる~~~!!

と喜んでいたのもつかの間。

旦那さんの口から出た言葉は、


「あのね、心配するから言わなかったんだけど。 買った家の前のオーナーが病気を理由に立ち退かないんだ。

 だから、このまま乗り継いで、(義)両親のところに行って、しばらくそこに住んでてね、もう少しで立ち退くと思うんだ。」


そう、私達は家を買っていた。

なのに何故、肝心なことを言わない?

言えば、出発を遅らすこともできたのに・・・・

これから、乗り継げって?


公の場でなかったら、ぶち切れて、暴れていただろうな・・・・

乗り継ぎ便を待つ場所に移動した。

そこから、搭乗口まではコネを使っても旦那は入れない。

パンパンのバッグに着脱式のベビーシトー、ベビーカーと2人の子供。

物理的に一人では無理だ。

航空会社のカウンターには若い男女が3人で楽しそうに談笑している。

お手伝いをお願いしたら、あからさまに嫌そうな顔をされた。

そして、なんと3人で「くじ引き」をしだした。

負けた人が、罰ゲームのごとく、イヤイヤながら私の荷物を搭乗口まで運ぶ羽目になった。

文化の違いなのか、育ちの悪さなのか、この際どっちでも良かった。


旦那さんの心配は私が

「行かない、そんな所」

と言いだすことだったらしい。


子供二人もいて、家まで買って、いまさら、旦那を放りだすわけもないだろうに!!!!


女性は、忘れないんですよね・・・こういうこと。

後々、しこりになるので旦那さんは正直に話すべきだったと思った事件だ。



こんな始まりの海外転勤生活だった。