大きな 人生の歯車が動き始めたことを
感じはじめてから
中学卒業依頼 会ってもいなく、
自分の記憶の中からも消えかけていた
なつかしいかたたちが
急に なぜか次々と
私の周りに現れはじめました。
数十年ぶりに記憶の扉を開け
懐かしさにひたりつつ
そういえば 1番仲良しだったA子とは
大人になっても会ったりしてたけど
お互いの結婚を機に
生活の場も離ればなれになり
年賀状のやり取りだけはしていたのに
いつの間にか それも途絶えたことを
思い出しました。
私は 年賀状を出す時には前年に来た
年賀状に対して出していたので喪中で
前年来てなかった人には出さないことに
なりますが、友達のA子はとてもまめな
人なので、もし 私が出しそびれても
必ず年賀状が来ると思い、その時は
追加で年賀状出せばいいや と 軽く
そんな感覚でいたのですが、
なぜか年賀状が途絶えていて
よく考えたら 古い年賀状は断捨離で
捨ててしまった私は 連絡のとりようが
ないことに気がつき、共通の友達に
A子の連絡先を聞いたところ
その友達も そういえば何年か
連絡してないとのこと。
電話番号はわかるというので電話してもら
ったら、使われていない番号になってた
とのこと。
そこで A子の実家から教えたいただこうと
電話をしてみた私は
とんでもない現実をA子の母から聞くこと
となりました‥
A子は6年前に脳梗塞で倒れ、その後
からだと言葉の障害が残り 今も
リハビリの生活をしているとのこと‥
話ができないので携帯電話も解約した
とのこと‥
ショックでした
会いたい時にはいつでも会える とか
軽く 漠然と考えていた愚かな自分に
腹がたちました。
誰よりも活発で いつも笑顔のA子が
この6年 そんなに 辛い生活を
していただなんて‥
そんなことが あるなんて
想像もしていなかった‥
6年間も ほっといて ごめんなさい‥
年賀状が途絶えたのも 6年前から‥
便りがないのは元気な証拠‥では
ありませんでした。
A子のことを聞いてから
私の時間は止まってしまいました‥
どんな言葉をかけてあげるのがいいのか
‥
何をしてあげられるのか‥
自分がもし そうなったら どんな
気持ちになるだろうと考えてみると
絶望感‥
出口の見えないトンネル‥
はかりしれない事がたくさん‥
でも でも なんとか 少しでも
A子を元気にしてあげられることを
みつけたいと思います。
人生で3回目に感じとった
大きな歯車は 遠くで キシキシと
動きはじめ
その周りにある 小さな歯車に動きを伝え
めぐり めぐって
友の現状を 私に知らせてくれました。