― 音を鳴らす現場から、再びサウンドへ ―
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👉 第2話「セレクターとしての始まり」
郊外のバーで働いていた頃、
少しずつ音を“出す側”の感覚を覚え始めていた。
そんな時、繁華街・片町に新しくバーを立ち上げる話が舞い込んだ。
郊外の店を離れ、そちらへ移籍することを決めた。
その店は、以前クラブを運営していた店長が、
店を閉めて独立し、新しくつくる箱だった。
週末にはオールジャンルのイベントをする予定で、
僕も立ち上げから関わることになった。
スケルトンの店内に、
オーナーや建築士さんと入り、
床の高さ、カウンターの配置、照明の位置……
一つずつ決めていった。
クラブ営業もするということで、
スピーカー選びや照明選びにも携わった。
そこで世話になったのが、
昔サウンドシステムを運用していた先輩。
(今でもお世話になっている)
箱のサイズを見ながら、
「この広さだからこそ、心地よく鳴る音にしよう」
と言って、丁寧に機材を選んでくれた。
その時初めて、
サウンドシステムで使われる本格的な機材を手にした。
同時に、照明も触れるようにならないとだったので、
ネットや本で独学で勉強した。
けれど、現実は想像以上に忙しい。
営業、店づくり、スタッフ教育、音響、照明。
やることが多すぎて、手が回らなかった。
音響はその先輩に任せていたが、
確実に“本物の音”が鳴っていた。
イベントが息づく夜
オープンからしばらく経つと、
週末のイベントも次第に定着していった。
「AVID」(DJ ROOが長年キープしてきたイベント)
店の周年祭は RAbiit(立花亜野芽 × MC RYO)
ほかにも、
AYA a.k.a PAND、T-Ace、SHO、DJ ABE、HONOKA、J-REXXX、MURAKAMIGO……
本当に多くのアーティストが出演した。
HIPHOP、REGGAE、HOUSE、ALL MIX。
どんな日でもフロアは人で溢れ、
熱で揺らぐ空気の中を、光がスモークを切り裂くように走っていた。
その中でも、僕が一番心を奪われていたのは“音”だった。
フロアのどこにいても、
先輩がPAしている時はきれいに届く音だった。
低音は柔らかく体を包み、
高音は耳を刺さずにスッと抜ける。
まるで空気に音が溶けていくようだった。
クラブ営業の日は、
いつもオープンの4時間前には店に入っていた。
通常営業モードからクラブ営業モードへ。
配置を変え、照明をチェックし、音を整える。
慣れてきた頃から、
営業前の時間を使って、
先輩に教わった機材の触り方を少しずつ実践した。
EQ、チャンデバ、アンプ。
触るたびに音が変わっていく感覚が面白かった。
でも不思議なもので、
「いい音だ」と思っても、
人が入ると何かが違う。
人が入れば入るほど音が吸収され、
後ろの人には迫力が伝わりにくい。
そこからは試行錯誤の毎日だった。
イベントが終わるたびに、僕はその先輩に質問をしていた。
「音が思ったほど届かないんですが。」
「EQってどのくらい触るんですか?」
「この箱のベース、どうやって抑えてるんですか?」
返ってくる答えは、いつもシンプルだった。
「ただデカい音を出せばいいってもんじゃない。
うるさい音じゃなく、『心地いい音』を作るんだよ。」
それからは、
イベントが終わるたびに聞き、
営業前に実践し、
また音を確かめて、
また聞く。
その繰り返しだった。
ただ“音を出す”だけじゃなく、
“どう鳴らすか”を考えるようになったのはこの頃だったと思う。
静かな時間へ
そんな日々の中、
突然父の病気が発覚した。
余命3ヶ月。
母がつきっきりで看病することになり、
僕は家のことや村の作業(田舎なので)を
やらざるを得なくなった。
夜の仕事を続けるのは難しい。
思い切って昼職へ転職した。
土日休みの生活は、
これまでの夜とはまったく違っていた。
夜の音の代わりに
静かな時間と生活のリズムがあった。
イベントの時間になると、
どこかで低音が鳴っているような気がした。
父はそれから1年、
病と向き合いながら過ごし、
その1年後に他界した。
🔁 再び、音へ
父を見送り、
母と2人の生活が始まった。
忙しさの中で音のことを深く考えることは少なかったけれど、
心の奥にはずっと“鳴らない音”が残っていた。
そんなある日、
YSKから連絡があった。
「また一緒にやらないか。」
以前よりも強い意志を持ったYSKに、
自然と「やろう」と返していた。
久しぶりの現場。
音が鳴った瞬間、
懐かしさと嬉しさが胸にあふれた。
そこから再び、セレクターとして現場に戻った。
以前とは違う視点で、音を聴き、曲を選ぶようになった。
そこから数年後、
YSKの強い言葉をきっかけに、
僕たちは自分たちのサウンドシステムを持つことを決意した。
「鳴らす側になる。」
あの日の決断が、
僕らのサウンドの原点になっている。