練馬・中野でサロンをしている、山口ひろみです。
「夫婦って、なんだろう?」
ふとした瞬間に、そんな問いが心に浮かぶことはありませんか。
周囲からは「仲良しだね」と言われることもある。
けれど、特定の場所や空気の中にいると、なぜか自分だけが「透明人間」になったような、深い疎外感を感じてしまう……。
「相手だけが頑張っている」ように語られ、自分の積み重ねてきた時間はどこへ行ったんだろう?と、自分の価値を見失いそうになる。
そんな言葉にできないモヤモヤと向き合い、感情を一つひとつ丁寧に書き出し、整理してみたとき。
17年という月日を経て、ようやく腑に落ちた「新しい景色」が見えてきたんです。
かつての私は、どこかで「一番近くにいる人たちなら、言わなくても私の価値をわかってくれるはず」と期待していました。
でも、その場に私の居場所がないように感じたとき、心は激しい悲しみに支配されてしまいました。
今回、自分自身に「なぜ、今私はこんなに苦しいの?」と問いかけ、徹底的に言語化してみました。
そこで気づいたのは、
「私の立場なら、今ここで『私の存在が無視されている』と感じて悲しくなるのは、当たり前だったんだ」
という、自分自身の感情への「正当性」でした。
誰が認めてくれるかではなく、
「私だけは、私の17年の努力と、今の痛みを、100%肯定してあげる」
その覚悟ができたとき、負のループはピタッと止まり、心が驚くほど安定したのです。
夫婦といえども、しょせん他人。
自分とは違う人間だからこそ、見えている景色も、評価の仕方も違って当たり前。
「相手だけがすごい」と思われている状況に傷つくこともあるけれど、それは私の価値が低いからではなく、ただの「相手側の視点」に過ぎないのだと。
自分だけが頑張っているわけではないけれど、「私も、間違いなく自分なりにやってきた」。
その事実を、自分自身が一番に尊重してあげたいと思うのです。
お互いに完璧ではないけれど、尊重し合い、思いやり、感謝して生きていく。
そんな静かな協力体制があったからこそ、この17年という月日を積み重ねてこれた。
今ここにあるのは、どちらか一人の力ではなく、二人で必死に築き上げてきた「今」なんだと、深く腑に落ちました。
私がたどり着いた「夫婦」のひとつの答え。
それは、誰かに自分の価値を証明してもらうのではなく、「自立した個と個が、お互いの存在を尊重しながら、それでも隣にいる」という選択の連続です。
認められるために自分を消すのではなく、
「私はこう感じる。それは私の立場なら当然のこと」と、
自分の輪郭をしっかり持って、対等に存在すること。
お互いが一人の人間として、それぞれの頑張りを認め合い、感謝し合う。
そんな風に、目に見えない部分で支え合える関係を、これからも大切にしていきたいと思っています。