打っても響かない、という意味の言葉があったよね。
やなぎ、こし、…なんだかそんな感じの。
「じゃあ、車二台で行けば良かったね」
夫がようやく出した言葉に、私はそんなことを考えていた。
ああ、分かってもらえなかった。
私の言葉は彼には響かなかったんだ、と。
柳……の言葉は、飄々としているって意味だったっけ?打っても響かないという意味なら、もっと適切な表現があったかな。
夫と二人、車という密室で沈黙しながら、どこか他人事のようにそんなことを考えてしまう。
あまりに行き過ぎた怒りがそうさせているのだと思った。
車二台とか、肝心なのはそこじゃないんだよ。
車二台で行った方が良かった、それはなぜなの?
今日は昼から親戚の葬儀に行く予定だった。
亡くなったのは私の祖父の弟である。
頻繁に行き来するほどの仲ではなかったが、祖父の家で正月や盆には顔を合わせていたし、私たち夫婦の結婚式にも出席してもらっていた。
穏やかな優しい人柄で、頻繁に会っていなくとも親しみを感じていた。
訃報は突然だった。
今月上旬頃、どうやら癌らしい、あまり良くないらしいと聞いていたが、そこから二週間も経たないうちに亡くなったとの知らせを受けた。
通夜、葬儀の日程を聞き、夫と相談の上、夫婦とも仕事の途中に抜けて葬儀に参列することとなった。
とは言えまだコロナ禍の影響も残る中である。
どのくらいの規模で葬儀が行われるか分からず、人数制限などあった場合にはお焼香だけになるかもしれないね、などと話しながら。
果たして、葬儀の開始前にお焼香をあげるだけとなった。
驚きの展開だった。
車社会の田舎のため、夫婦それぞれ車を乗っているが、葬儀場の駐車場があまり広くないので、夫の乗っている軽自動車で行こうということになった。夫の提案だった。
更に夫は、13時からの葬儀に、30分前には着くように行こうと言った。いつも何かと時間ギリギリになってしまう私は、夫はきちんとしているなと思った。夫に急かされるように出発した。
さあ葬祭場に着いた。故人の兄である祖父や、その子供、つまり私からすると親や伯父叔母の姿が既にあった。
短くあいさつを交わすと、故人の顔を見た。
穏やかに眠る姿に涙がじわりと込み上げた。
数ヶ月闘病して亡くなった別の親戚は、非常に痩せて亡くなったが、おじさんには生前の面影がしっかり残っていた。
それだけ、亡くなるまでが急だったのだろう。
もうおじさんの声は聞けないのだな、優しく笑う姿は見られないのだな、そのように思いながら、手を合わせ、お焼香をあげた。
同じように夫も、故人の顔を見、お焼香をあげ、その後私の叔母とあいさつを交わした。
「ーーーで、ーーー。ーーいえ、このあとはすぐ戻ります」
??
叔母との話の中で夫はそう言った。
え、葬儀は参列できればするのではなかったの?
混乱しながらも、
「…仕事の途中で抜けてきていて、また戻らなくちゃいけなくて…」
夫に合わせるように、私も叔母にそう伝えていた。
その後足早に葬儀場を後にし、車に乗り込んだ。
葬儀開始の10分以上前のことである。
夫の運転で自宅に戻る道すがら、だんだん理解ができてきた。
夫は葬儀に参列する気はなかったのだ。
だから、葬儀開始前に間違いなく帰れるよう、早めに着きたかったのだ。
私は、火葬場までは行かないにしても、葬儀にはきちんと出席したいと考え、仕事の都合をつけてきた。
夕方再び職場には戻らねばならなかったが、それでも三時間ほどは確保していた。
夫も、葬儀場の決まりや、葬儀の規模の決まりなどで人数制限が設けられたりしていなければ、しっかり参列してくれるのだと思っていた。
例えば一時間しかいられないとか、急遽どうしても避けられない仕事が入ってしまったとか、そんなことは言っていなかった。
私は憤慨した。
何しに行ったのだ。
もちろん、もとよりどうしても都合がつかなかったのであれば、最低限の義理を果たす形として致し方なかったかもしれない。
しかし、そうではない。
夫がどうしても難しかったのであれば、その旨私に伝えてくれれば、車二台で行く方法もあった。
普段の遊びに行く話とか、子供の習い事とか、そういうことではない。葬儀である。本当の本当に、その人にとって一度きりのことである。
非常に心残りだ。
葬儀に参列できればして、故人を偲びたかった。
それが何の相談もなく、葬儀場側の都合などでもなく、夫の都合でまたたく間に帰ることとなってしまった。
「こんな早く帰らなきゃいけないなんて知らなかったんだけど。家出る頃にはもう、参列しないってあなたは決めてたでしょ。なんでそういう大事なことを相談してくれなかったの?私は参列できればするつもりだったんだよ」
しばらく黙っていた夫から最初に出た言葉が、冒頭の「車二台で」だ。
怒り、呆れ、驚いた。
そりゃそうだ、二台で行っていれば良かったですよね。
夫は式が始まる前に帰り、私は葬儀の終わりまでいることができた。私だってそう思う、二台で行っていれば良かったよ。
でも、そうじゃないでしょう?
自分の都合だけで私の気持ちや考えなどお構いなし、こんな大事なことなのにごめんの一言もない、まるで意味が分からない。
あなたの親戚じゃないからそのようなことができるのですか?
本当にもう取り返しのつかないことなのに。
一緒に行ってくれたのは嬉しかった。
きちんと話してくれていれば、短い時間でも行ってくれてありがたいと思っただろう。
それがきちんと話してくれなかったばかりにこの結果だ。
お互いに嫌な気持ちになっただけだ。
夫はこうも言っていた。
「午前中、急なお客様などで思ったより忙しくなってしまい、やらなくてはいけなかったことができなかった。それで早く戻らなくちゃいけなくなった。ちょっとでも葬儀に行ければ、行かないより良いかなと思った。でも、無理して行かなければよかったね」
仕事が急に立て込んだ←わかる
早く戻らなくてはいけなくなった←わかる
少しでも葬儀に行ければ…←わかる
無理して行かなければよかった←ちょっと微妙だけど分からないではない
分からないのは、なぜそれを葬儀に行く前に私に言わないのかだよ。
私の話を聞いて、少しもこちらの気持ちに寄り添ってくれないところも分からない。
なんで謝罪の言葉が出てこないのかも分からない。まぁ、夫は自分が悪いと思っていないのだろう。
本当に嫌になる。
…そのとき、夫の左耳が動いた気がした。
もしや夫は、耳が動かせる人なのか?
それを尋ねようかと思ったが、とてもまだ楽しく話せる気分ではないので、もう少し黙っていることにした。
私は怒っているのだ。