ひさしぶりだな。。
ゆうすけのブログ、ながーーーい事書いてなかった。
2014年2月10日、ゆうすけが逝った。
今年の冬はすごい雪で、2月8日、パパ仕事出来ないほど。
夜中から明日は仕事にならないだろうと、
いつこと斗明と、買い物に行って家族みんなでご飯をたべる
ゆうすけも一緒。
幸せだなぁ、と思った。
こんなの最後かもしれないなぁともおもった。
ゆうすけが居て、家族みんなが一緒に。。。
その間もゆうすけは寝て、起きてお水飲んでおしっこして、また寝る、をくりかえすぐらいだったけどしあわせな時をくれた。
次の日もパパは仕事にならないほどの積雪で一日家に居られた。
こんなにゆっくりとすごした時はここ何年かの中であっただろうか…
ゆうすけが最後にみんなにくれたとっておきのプレゼントだったかな?
夜もわたしはゆうすけのすぐ隣にゴロンと、ママはすぐそばのソファーで寝た。そんな日が二日続いて、次の日の午後4時頃、ゆうすけは私の腕の中、心臓が止まった。
ふらぁ、、、と死んでしまった。
別れを告げるようにすこしないて、ぴた…と心臓が止まっていた。
わたしの一番大事な奴が。
きっとずっと辛かった、痛かったと思う。
夜中も何度もないて起こしてはお水を少し、
反対に寝かせる、の繰り返し。
でも眠ってる時はすこし苦しそうにだけど眠ることができていて。
わたしに隣で、すぐ隣で眠る日々をくれた。
10日、ママも休みで一緒に居るとき、
ゆうすけは息をひきとった。
パパはゆきの中仕事にいってたけど、早めに、仕事になんかならないって、帰ってきてくれたんだよね。
かよこがパパに電話したんだ。
声にならない声で。。。
私はいつこに電話をして。
通じなくて結局かよこが。
いつこは斗明とすぐに来てくれて。
まだあたたかいゆうすけをいいこいいこ。
私たち家族にとってなによりも家族だったゆうすけの死は覚悟していても信じられなかったの。
受け入れるなんてできない。どんなわがままでもいい。そんな事起こらないでくれって。
今だってふわふわにさわりたい。かわいい顔を頭をなでなでしたい。
たまらない匂いをかぎたい。
ゆうすけは色んな奇跡を起こしてくれた。
もちろん最後だって、、
私は最後は一緒に居られるもんだろうなんて、ドラマみたいな、夢みたいな事思えなかったから、その最後の時の一瞬は何時、どんな時だって起こり得る、最後の時を看取れる事なんてあるのかな、、、
と…そう思ってたから、家族のいる場所で、人の腕の中で、看取ることが出来てびっくりしたんだ。
ゆうすけがくれた最後の、本当に最後のプレゼントだって。
8日、大雪でもなかったら家族はそろってなかった。大雪でもなかったら次の日もパパは仕事へいっていた。
そしてゆうすけが亡くなった10日、次の日は建国記念日。みんなお休みだ。
ぱぱとぽぽちゃんはなんとかお休みで、斗明を連れて帰るから実家に泊まりなといってくれるぽぽちゃん。
ありがとう。
すごくすごくすごーく、感謝してる。
わたしたち、ゆうすけが息を引き取ったあともものすごい幸せもらってる。
次の日、晴れているのに小さな粉雪がハラハラ舞っている中ゆうすけは骨になった。
ふわふわふさふさしたゆうすけに触るのはこれが最後、これが最後って何度も思った。
それでも満足できないものですね。
人間。
立派は葬儀場で、骨になったゆうすけ。
わたしの一番愛している者。
私たち家族が今同じ場所に居られたのは確実にゆうすけが私たちの家族で居てくれたから。
今ごろわたしはどこにいたかも…生きていたかもわからないかもしれない。
そんなゆうすけが居なくなって、私はどーなっちゃうんだろう、本当に引きこもるかな、生きていられるかな、と思って居たけど、
ゆうすけがつなぎ止めてくれた家族たちが居た。
わたしたちに、しあわせだけを残していってくれた。
2月10日、次の日は祝日、私はなにがあってもこの日を家族といる日にするんだ。
かよこといつこが急遽買ってきたスイートピーも一番大好きな花になった。
門出、幸せな思い出、だなんて、ゆうすけが選ばせてくれたとしか思えないもの。。
今も、朝起きて、ゆうすけおはよー( ´艸`)て、すりすりーって、しにいく癖は抜けないのです。帰ってきて、ゆうすけただいまぁ( ´艸`)て、さわさわさわ~って、しにいく癖は抜けないのです。
そのかわりにお線香たいてゆうすけの首輪の鈴ちりりん、、と。
お線香って、残された人間えのご褒美かな。。。
その行為自体が繋がれる唯一の行動だもの。
ありがとう。
ゆうすけ。
ありがとう、すばらしき家族たち。


笑



