街を変える「観光」について勝手気ままな街を救う持論を展開するブログです。
わが町は新潟県の北部に位置する城下町だ。
日本海側の城下町は数多くあるが財政的には苦戦している街が多い。
物資や人が集まってきた封建時代とは違い、工場などの基幹産業の郊外移転や
大型店舗の郊外化やに伴い、以前の繁華街はシャッター通りへと様態を変える。
人が経済活動を行いづらい街、純粋に生活消費の街になっている。
生活消費が主体となると、外貨が集まりにくいため、相応に地域内消費は落ちていく。
当然に全体的な生活水準の低下につながっていく。
そうなった時に一番最初に影響が出るのは飲食店である。
高級店であればあるほど影響があり、しかもその影響はじわじわと長期間に
ゆっくりと忍び寄るのだ。
当然に高級店は料金がお高い。
庶民がそうちょくちょくは足を運べない。
当然の如く「商売の相手」は”お金持ち”となる。
ではその「お金持ち」がどれだけいるのか、いつまで「お金持ち」でいられのか。
たとえば城下町を例にとると、古い町であるが故に、ある一定量の「金持ち」はいる。
ここでいう「金持ち」は高給取りのサラリーマンとは全く違った次元のかたがた。
この方々の収入源は往々にして「有価値資産」だ。
実はこの「有価値資産」はじっとしていると徐々に価値が目減りしていくのだ。
前段の通り、地方都市は概ね「負のループ」に陥っている。
地域内における生産力の低下は、最終的には人口減少につながる。
一人の人口が減ると、概ね年間130万円程度の消費が地域から消えるといわれる。
当然にこの現象は全産業に影響が及ぶが、その影響は地価に反映されやすい。
そう、大切な「有価値資産」の”価値”が目減りするのだ。
お金持ちの資産が目減りするということは担保能力が落ち投資にまわらない。
結果として地域が有する資産が減っていく。
これを補おうとする”流行”が「街のリノベーション」だ。
街の中で見る、人が済まなくなった住宅や空き店舗など、これを「Z物件」などという。
アルファベットの最後の文字”Z”、これをもじって「最終局面の物件」という意味で使う。
元気が無くなった街の一部の建造物を、大胆な改装や発想で「人が集う街」への核に
するというものだ。
「家守り会社(やもりかいしゃ)」という組織が、一定の価値基準をもって地域デザインを
行い、建物の持ち主から借り上げ、価値に共感する出店者を募集し、店舗をサブリース
(また貸し)するというものだ。
これは実際にさまざまな場所で成果が上がっている。
寂びれかけた通りに人が戻った、核になる店舗から好循環が波及して店舗が増えた。
結果的に店舗の賃料単価が上がり、結果的に地価が上がった。
すばらしい効果が上がっている。
いや、上がっている場所もある、と表現した方が正しいだろうか。
つまり成果が上がっているリノベ案件というのは、そもそも人が集まっている場所に
近い「一等地のうちの二等地」だからなのだ。
そもそも人が集まる場所の近く、もしくは人口が密集している地という要素がないと
容易には成立しないのだ。
成功例として紹介されることの多い博多のある地は、大都市博多の地下鉄の駅がある
繁華街の一本裏通り。
そもそも黙っていてもその地域には人が集まる要素は存在している。
つまりリノベの成功例は繁華街にくる人の流れが「一本裏通りにスライド」しただけだ。
それを人口減少が問題となっている、生活消費が主体の地方都市に同様に行った時
成果として見えてくるには、残念ながら長い時間を要する。
新潟県でも県都新潟市の中心部であれば、消費人口が多く存在するので話は別だが。
つまり何を行うにしても地方の中規模都市では、まず「人が集まる仕掛けと装置」が
先に無ければなかなか進まないという事なのだ。
これから長い時間をかけ、徐々に人が集まればいいという「時間的余裕」があれば
苦労はしないが、地方の中規模都市の実情は切迫している。
街を生き返らせる「的確なリノベ」と人を集める仕掛けが同時進行されなければならない。
では人を集めるための仕掛けとは何か?
的確なリノベとは?
話は本題である「観光」に入っていく。
次回は地域の観光がまず目指すものに切り込む。


