こんにちは😊
春の気配を感じさせつつ、まだまだ冬の実力出し切ってないよとばかりに
大雪が降ったり
凍りつくような北風が吹く
そんな日々ですが皆さんお元気ですか
私は元気です
先日、コメント欄でリクエストしてくださった人がいらしたので
タイのバンコクに住んでいた頃の記憶を絞り出しているのですが
もう少々お待ちください😊
この凍てつく寒さの中
義父が天国に旅立ちました
去年の暮れに入院して、医師からは「この入院中に亡くなる可能性が高い」と告げられていて
夫は実家のある大阪へ長期帰省し、毎日義父を見舞っていました
入院して1か月余りが過ぎ「しばらく大丈夫か」と数日こちら(自宅)に帰り
また大阪へ行こうと予定していた日の前日、義父は旅立ちました
夫は最期に間に合いませんでしたが、義母と義妹に看取られて眠るように旅立ったそうです
声を荒げたり、怒ったりしたのを見た事も聞いた事もない、
優しく穏やかな義父でした
腕のいいスーツ職人で、数年前まで自宅で仕事をしていました
少しいいスーツのパンツの裾上げは、店舗その場ではやらずに
専門職に依頼して数日かかったりしますが
そんなのを請け負っていたのが義父です
さらに難しい、上着の丈詰めその他のお直しもできたので
高齢になっても
デパートや紳士服店から請われて仕事を続けていました
職人らしく口数も少ないですが
話す時は穏やかで優しい口調、いつもにこにこしていて
私は、嫌な思いをしたことが一度もありません
働き詰めで、酒もタバコもギャンブルもせず
私の知る範囲では
時折、近所の囲碁愛好家が集まる場所へ通うくらいが趣味の
真面目を絵に描いたような人でした
昨年11月、私と夫が毎年恒例の帰省をしようと連絡したところ
その優しい義父が「しばらく来なくてええよ」と言ったと聞き
意外な言葉に夫はショックを受けていましたが
今なら、すでにかなりの痛みと体調不良で私たちを受け入れる余裕がなかったのだとわかります
口数が少ない人で、愚痴や文句も一切言わない上に
医者に行くのも苦手なようで(入院大嫌い)
ひとりで痛みをこらえていたようです
入院後、大量のバファリンが家で見つかったそうです
「もっと早く痛みを訴えて、医者に診てもらっていれば」
と、家族はどうしても思ってしまいます
救急車で運ばれて入院した時は、治療不能になっていました
優しく我慢強く、真面目だけれど病院嫌いなところだけは頑固だった義父
認知症が一気に進むまでは「家に帰りたい」とばかり言っていた義父
そんな義父が旅立ちました
私は通夜、葬儀までずっとこちら(自宅)にいます
最期が近いと聞いた時から
「本当にそうなら、残り少ない大切な家族の時間になるわけだから、私は遠慮するね」
と夫だけが帰省しました
私がいたら
血が繋がった人だけが共有できる、繊細な思いを邪魔する存在になりそうだと
そんな思いがありました(私は気が利かないですし)
冷たいようですが、あの義父ならきっと分かってくれる気がします
それに義母も義妹も、こんな時に嫁に来られても気を遣って疲れるでしょうし…
(女性ならなんとなくわかってくれそうな)
「喪失」なんてご大層なタイトルをつけてしまいましたが
いつかその日が来るとはわかっていても
無意識のうちに
永遠にいてくれる、そこ(実家や施設等)にいる、そんな風に思っているのが親という存在ですよね
本当の喪失感はこれからじわじわ来るのだと思います
そんなわけで、次回のブログの更新は葬儀を終えて落ち着いてからになると思います😊
皆さんのブログにはお伺いしますね🍀
先日の大雪(神奈川にしては)の翌朝、勤務先で撮った「つらら」
大抵、雪が降ってもすぐ気温が上がって溶けて水になって終わることが多いので
「つらら」は珍しいのです。今回は翌朝も冷えたので凍ったのですね❄️
この時は木に積もった雪もぱらぱらキラキラ✨と降ってきていて
とてもきれいな奇跡のような時間でした
皆さんにとってどうぞ良い1日になりますように✨
