きのうに続いてだが、亡くなった人の名前をめぐる話を書きたい。去年の夏
に他界し、小欄でも追悼の一文を書いた詩人の塔和子(とうかずこ)さんは、実の名前ではない。ハンセン病の隔離の島で83年の生涯を閉じた塔さんは、作品を発表するにあたって、24歳からその名を名乗ってきた
延续昨天,我还想写一段围绕着故人姓名的往事。去年夏天离世,敝栏目也曾刊登过悼念文章的诗人塔和子女士,其实这不是她的真实姓名。在因为罹患麻风病而被隔离的孤岛上结束了其83年人生的塔女士从24岁那年开始,每当发表作品时就是用的这个名字。
▼家族が差別
されないよう本名を隠したという。死後、島の納骨堂に塔和子の名で納められた遺骨が、ふるさと愛媛の父母の墓に分骨されたのは、この3月のことだ
▼据说,这是为了家属不受歧视才隐匿了其本名。去世之后,用塔和子之名存放在岛上骨灰堂里的遗骨终于在3月份得以分出一部分移葬到位于家乡爱媛县父母的坟冢。
▼墓石
に刻まれた本名「井土(いづち)ヤツ子」の文字に、弟さんたちは「姉さん、やっと帰ってきたね」と語りかけた。塔さんだけでなく、かつては多くの患者が療養所で名前を変えた。ハンセン病ほど偏見にさらされてきた病気はない
▼面对着镌刻在墓碑上的本名“井土雅慈子”这几个字,弟弟们感慨万千,“姐姐啊,你终于回来了!”不仅是塔女士,曾经还有许多该病的患者在疗养所更改了他们的姓名。没有比麻风病更遭受偏见的疾病了。
▼「病棄(やみす)ての烙印(らくいん)おされて/親からもらった 名前を無
くした/お七夜(しちや)に慣れない筆で/したためられた いのちの証(あかし)/奪ったのはだれ」。これはハンセン病の国家賠償裁判で原告や支援者がうたった歌だ。詞をつくった谺雄二(こだまゆうじ)さんは、11日に82歳で亡くなった
▼“打上了病弃的烙印/失去了父母起的本名/使用不适宜起名第七夜之笔/将注册的生命佐证/予以剥夺的,是谁?”这是麻风病国家赔偿审判中原告及支持者高唱的一首歌曲。该歌曲的词作者谺雄二先生于11日以82岁高龄辞世。
▼いきさつは異なるが、谺さんも「親からもらった名前」ではない。同じ病で早世
した兄の、恋人の姓にちなんだという。家裁に届け、その名を戸籍名として一生を送った
▼虽然人生经历不尽相同,但是,听说谺先生用的也不是“父母起的名字”,是基于早逝的兄长及恋人之姓得以此名。之后申报道家庭法院,作为其户籍注册之名伴随终生。
▼隔離という国策
の過ちを突き、差別解消の運動を率いた谺さんは、詩人としても名を知られた。一途な生き方にふれて「人間の尊厳」を教えられた人は少なくなかった。二つの名前のはざまを今も、多くの元患者の「怒と悲」が流れている。
▼这位率先发起抨击隔离之国策,消灭歧视运动的谺先生还是个名扬天下的诗人。通过对其一贯到底人生之路的接触,让人从中获得“人之尊严”教诲的人的确不少。当今,还有很多原患者的“愤怒与悲哀”仍然在这两个姓名之间流淌。
