ある男は言う
「コロナの影響で縮小される業種は運が悪いと思い諦めるべき。だが必要とされる業種を作ればいい。資本主義とはリスクをとりお金に変えること。またワクチンや特効薬が出来れば、その後、縮小した業種を盛り返せばいい。こんな簡単な事も言えない世の中って、既得権を維持したい連中のしがみつきは半端ない!」
ある女性は言う
「私は科学者でも医療関係者でもない!危険を知る事、不安になること、気持ちが楽になる事、いろいろ情報を知ることはできる。しかし、いつも現実は、手洗い、うがい、3密を避ける、あとマスクをつけるくらいしか出来ない」
ある若者は言う
「経済・経済を回せというけど、所詮、最後には衣食住の安定と娯楽が少々なんだから、必要ない物は買わないし、コロナ感染するリスクがある場所に行ったり、リスクをとるのは避けるのは当然でしょ」
私は思う
経済を潰さない為が生きていくこととイコールになっている現状。補てんの原資は税金、そして税金は生まれて死ぬまで治めることを義務づけられた社会のルール、だから保障の要求は簡単で当たり前とおもう世界。普通の家庭なら万が一の為に貯金するのだが、貯金がある国がほぼ無いというのが摩訶不思議である。ウイルス一つでルールの基盤が変わる。それにあらがう人間。それが美談でもあり生存欲求。
人間はどうせ死ぬ、ただそのリスクは誰かにもらうのは許したくない。自分のリスクであってほしい。しかしウイルスは感染が原因なので、自分が招いたリスクではない。そこが根本的な問題なのではと思う。
運が悪かったが、怒れる相手がいる。また損害賠償も請求したい。それが社会に認められている。だが、問題はいつも、自分の責任と他人の責任の境界線で起こる。それがコロナだ!
