■絨毛癌日記→臍帯血移植日記■ -193ページ目

■絨毛癌日記→臍帯血移植日記■

◆絨毛癌日記◆
余命宣告は合計3回されましたがお陰様でセカンドオピニオン先にて寛解。3年の治療でした。
寛解2年目に採血にて芽球が!治療関連骨髄系腫瘍と。
これからどうなることやら



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10月から引っ越しのことは考えてたんですよ
採血の結果も思わしくなくなってきた頃から…
ほんとはもっと前から転院のことは考えてて
順を追って進めなくちゃいけないことだし
お世話になってる町医者の先生とか
もちろん絨毛癌の主治医にも話をし助言を頂きながら
やっと動き始めれたのが11月
セカンドオピニオンの申し込みをしてすぐに予約が取れた

それと並行して住居探し
転院しよう、それと共に病院そばに引っ越そう
決断力には頭が下がります
もちろんお姑さんにも声を掛けました
一緒に行こうと

仲良くやってきたつもりです
お姑さんにはいろんなところで助けてもらい救われてきました
自分の親には言えないことも相談してきました
心から信頼していましたし
良い関係を築けていたと思っていました


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いろんな物件をみました
高齢ということもあり バリアフリーで手すりがあり
生活しやすいおうちを
住んでいた家からまずはうちへ来たんです 2週間程
朝昼晩と3食きっちり作りました
ですが、一度も食べてくれないんです
最初は緊張とか気を使うだろうなとか考えてたんです
朝はパンだと言っていましたのでトーストを焼いてもいらない
気を使わさないようにと、あんぱんなどの菓子パンを買ってきて
お腹空いたら食べてねと置いていました
そのパンを食べたとこだからいらないと。
ご飯食べる?
サエちゃん、気を使わんといて!
息子が買ってくれたパン食べたから大丈夫ニコニコ

そのパン、わたしが買ってきたんやけどなー笑
言いませんよぶー


そんな毎日が続きました
3人分作って残って。
明日の朝食べるから出してな
冷蔵庫に入れて
次に旦那さんと2人で食べてを繰り返してて
1週間経った時、旦那さんが怒ったんです

お腹いっぱいやからええわ
食えって
さっきパン食べたから
ご飯前に食べるなよ
でも…
ええから食えって
せっかく作ってくれてるものを食べろって

旦那さんが怒ってるの初めて見たかも


まあ、慣れない同居で、そりゃあお互い気も使うし
最初は仕方ないよねと我慢してました
それでも3食作ってたし、夜勤でいない時は
お姑さんと2人で過ごしてたし
その時は普通に話すし問題は無かったと思います

ただ、旦那さんがわたしのことを説明すると
サエは今、血小板が低いから鼻血が
ママも低いよ!
指先からサーッて冷たくなる!

被せてくるんです
話にならなくて、旦那さんも黙り込んでいました
とても悲しくて、なんで?
こんなお姑さんじゃなかったのにと悩みました

そんな中で物件を決めました
バリアフリーなどの条件を優先すると
どうしても病院から距離はありましたが仕方ない
そんなふうに住まいは決まりました


続く…




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今回の入院は骨髄移植が目標です
大阪の病院では出来ないと言われ
セカンドオピニオンにて
もちろん過去の治療歴をみると
臓器のダメージの可能性はあります
ですが、現時点では移植が出来ないほどではないです
もしかしてのことも起こり得る可能性もありますが
一般的には骨髄移植を勧めます
とのことでしたので転院し今に至ります


所謂、寛解導入法と言われるものです
途中で死ぬかもしれない
でも、移植せずほっておいたら確実に死ぬ
それならどうする?
もちろん悩んだけれど答えはひとつ!
闘ってやるぞ!
今までやってきたんだ
やってこれたんだもん
なんだかんだで乗り切る自信あるんよなー笑
気持ちって大事 思い込みって大切

いつも窮地に追い込まれたら力発揮するもんな
絶対大丈夫やと思う

わたしもそう思うにやり

主治医が女医さん 担当医が男性2人
閉所恐怖症のことも この部屋大丈夫?
と何度も聞いてくださって本当にありがたいです
これから頑張って闘っていきます!
本日ケモ3日目 吐き気もなくありがたいです
腕のピックは抜いて CVカテーテル入れました
すごいよね人間って
入れる人も、入れてもらう側も、人間ってすごい




やばいもの見せる前に にゃんこからラブラブ














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入院しています
なかなか良い病室です




早速今日からケモ開始!

もしかしたら今回はマジで死ぬかも

主治医が

死なずに乗り切りましょうって仰ってた笑

大丈夫、乗り切るよぶー

旦那さんも頑張ってくれてるからね