「じゃあ、オレそろそろ行くわ」
春休みということもあるのか、旅立つ潤くんを見送りに訪れた早朝の駅舎は人もまばらで。
ベンチに腰掛け電車を待つ俺たちのほかに人影はなかった。
「くれぐれも身体には気を付けるんだよ?」
「あぁ」
「たまには連絡するんだよ?」
「あぁ、わかってるって」
「そうだっ、ちゃんとご飯も食べるんだよ?」
「もうっ、オレ子供じゃないんだからっ。
まぁは本当に心配性だなぁ」
「だってぇ……」
「ちゃんとメシも食うし、連絡もする。
だからまぁは安心して待ってて?」
「うんっ、わかった」
優しい眼差しで雅紀さんのことを見つめていた潤くんの視線がゆっくりと俺に向けられた。
「櫻井さん、まぁのこと、
どうかよろしくお願いします」
俺に散々小面憎い態度を取ってきた潤くんとは思えないほど殊勝にも頭を下げて雅紀さんのことを俺に託す潤くんの様子に、親でも兄弟でもない俺でさえ感慨深いものを感じた。
(もしかしたら別の意味で“兄弟”である可能性も無きにしもあらずなのが辛い所だが……汗)
「あぁ、心配いらないよ。雅紀さんは俺が必ず守るから。潤くんもどうか気を付けて」
「はい」
「潤っ!」
それじゃあって、荷物を手に取り改札に向かおうとした潤くんを雅紀さんが追いかけて抱きしめた。
「まぁっ⁉︎」
「潤っ。
いつでも帰って来ていいんだからねっ!」
「うん」
「元気に頑張るんだよっ!」
「うんっ」
「潤っ。いってらっしゃいっ!」
「うんっ、行ってきますっ」
潤くんは最後に雅紀さんを優しく抱きしめると何かを吹っ切るように清々しい表情で颯爽と改札をあとにした。
潤くんを乗せた電車がゆっくりと動き出し里山の向こうに消えて見えなくなるまで、雅紀さんは目に涙をいっぱい浮かべながらいつまでもいつまでも手を振って見送っていた。
やがて電車が見えなくなると小さな溜息とともに力なく腕を下ろした雅紀さんを、俺は胸にそっと抱き寄せた。
「雅紀さん、帰ろうか。桜が待ってる」
雅紀さんは腕の中でコクリと頷くと、涙でくしゃくしゃになった顔を上げて綺麗に微笑んだ。
雅紀さんの頬につたう涙を口付けるように唇で拭うと、俺たちは朝日が眩しい旅立ちの駅舎をあとにした。
⭐︎⭐︎⭐︎
俺たちの前に、また新しい朝がやってきた。
季節はいつしかキラキラと明るい希望に満ちたあたたかな春を迎えようとしていた。
「桜っ、行くぞっ!」
大好きな散歩に早く行きたくて、可愛らしいボーダーマリンのハーネスに俺がリードを取り付けるのを待ち切れない様子の桜だったが、それでも賢い桜は支度が整うのをおとなしくじっと待っていた。
俺の号令に弾かれるように勢いよく外へと飛び出した桜。そんな彼女を追いかけるように雅紀さんも走り出した。
「原っぱまで誰が一番に着くか競争だっ!」
「よぉ〜っし!負けないぞぉ〜!」
雅紀さんが軽快な足取りで俺と桜を追い抜いてゆく。
「あっ!雅紀さん待ってぇ〜!」
俺と桜も負けじとスピードを上げた。
原っぱに続く線路沿いの野道からは、里山に咲き始めた野桜の淡紅色が静かな焼き物の里を鮮やかに彩るのが見えた。
柔らかな微笑みをたたえる雅紀さんが深呼吸するのを幸せな気持ちで見つめていると、どこからか鶯の啼く声が聴こえた。
その囀りはまるで、希望に満ち溢れた暖かな春を呼び覚ますように、どこまでも澄んだ青空に高らかに木霊した。
完結 ・*:・゜゚・*:.。.☆
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