震災後、子どもたちが「津波だ!津波だ!」と、震災《ごっこ》をするのを見た大人が、何かを感じて、どうしたらいいのか。というような内容を相談していた記事を見た。


その専門家によると

《ごっこ》をさせてあげる。

のが対応として良い。ということであった。

子どもは、体験を真似、もしくはもう一度、繰り返しすることにより、自分の気持ちを消化させていくのだそう。

これを聞いて、なるほどな。と思うことがあった。

ちょうど二年前。
ある子どものおじいちゃんが亡くなり、その後にやたらと「死ぬぅー」「死んだら地獄だ!」などと繰り返していた。
はじめは、よくある低学年の言葉の乱用だと思っていたけど、ある時、あまりにも以前にはなかった言葉を多用するので、彼の母に彼の様子を伝えたところ
「初めて、人が亡くなる。ということに立ち会ってきたからかも。」

という答えが返ってきた。

うーむ。さすが母。

もちろん、体験をまた繰り返す。というのは、どの子どもにもあることではない。

実際に自分の家族がその事故によって亡くなったり。という場合は、またケースが違うと思う。

乗り越えるものが、更に多いし、壁も高い。

だけど、例えば、他の事例であっても、おんなじようなこと言えるんじゃないかな。

わざと繰り返したりすること。
あれ?と思うことをすること。

きっと全てに意味がある。

迷路みたいなんだけど、きっとゴールはある。
いつか、ゴールが見えなくなってしまわぬうちに、煙を追い払ってあげたいな。



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もおだめだー!
と思った時が一番伸びる時らしい。

今のあたし。
ってか、いつも(笑)。

汚れた川を清い川にするには、途轍もない時間がかかる。
清い川を汚すのは、一瞬だ。

こんなに毎日、矛盾を抱えて生きるとは思ってなかったなぁ。
辛くない時もあるけど、辛い時もある。

今日の朝は寒い。昨日よりえらく冷え込む。
おんなじだと思える毎日も、日々少しずつ変化がある。
流れがある限り、不変なものはないのかも。
汚れた川だって、止められない限りは流れるもの。
清くするのが困難だとしたら、せめて川の流れをよくしよう。
留めて、濁らすことだけはしないようにしよう。

今日の朝のBGMは
close to you
hikki version

ちょっと曇った空に似合う。
これからあなたに近づけるように。

今日も、見えない壁と、掬えないものを。

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すっごくいい意味で吹っ切れて、なんだか良い感じ。

こんな気持ちなのは、やっぱり彼だから。

いつもありがとう。
たくさんのこと、救ってもらってる。
ありがとう。

あたしと出会ってくれて。

彼のために何かできないかな。


気持ちいい。

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