あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。
ローマ12:14(新共同訳)
愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。
ローマ12:19
敵が倒れても喜んではならない。彼がつまずいても心を躍らせるな。主がそういうあなたを見て不快とされるなら、彼への怒りを翻されるであろう。
箴言24:17-18(新共同訳)
悲しみの原因となった人がいれば、その人は私を悲しませたのではなく、大げさな表現は控えますが貴方方全てをある程度悲しませたのです
その人には多数の者から受けたあの罰で十分です
むしろ貴方方は、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して力づけるべきです
コリ二2:5~7
怒りに対する御言葉で最近デボーションした箇所のシェアになります。
愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。
ローマ12:19
おはようございます🌞🌈
復讐は神の領域にあるもの
因果応報という言葉が仏教にあります。
自分のやった事はその行いや心がけにより、報いを受けるというものです。
原因があるから結果があると仏教は説きます。
自然法則から見ると府に落ちる真理でもあります。
しかしあえて言いますが
キリスト教徒の僕からの意見は少し因果応報にはネガティブな気持ちが隠せません
この世の全てが己の行いの結果では無い側面が間違いなくあるのです
善人が報われず、羊の顔をした悪人が繁栄する事もしばしばあります。というか世の中はその様な事が蔓延っています
悲しい事にマトモな感覚を持っていたらとても生きてはいけない世の中です
憤りや不安、悲しみを感じない人はいないでしょう。
聖書には神の似姿に人は作られたと書いてあります。
人は神の属性を持った自由意志を持つ生き物なのです。
その自由意志をどう使うかはあなたの選択にかかっているのです
僕達には
祈る自由も祈らない自由も、父子聖霊と共に生きる自由も、自分の考えだけを信じる自由も、書いたらキリが無いくらいの自由が、神から与えられています。
今日シェアさせて頂いた御言葉は、個人的には実践がとても難しい箇所です。
しかし聖書のどこを切っても、書いてある法則でもあります。
この御言葉を心に刻み、祈り求めて願わくば本当に生きておられる神の不思議な御手を感じる事が出来ます様に
イエスキリストは他ならぬあなたの罪の為に死に、復活をなされました。今もこの世界に見えないけれど確かにおられるのです
この事実は実感を伴わなければ、理解するのは不可能だという持論が僕にはありますので無理に信じる必要はありません。
信仰とは自発的なものであり、強制は愛ではありません
サタンは人の思考にやってきます
気を抜くと人はすぐご都合主義、自分にとって心地良い言葉や事ばかりを信じるものです。それは旧約聖書の時代から同じだった事が沢山記されています。
あらゆる悪や邪念、策略にはイエスキリストを信じる者は負けないのです。
鍛錬はとても大事な事ですが、正直努力でも無い部分もあります。キリスト道とはそういう道です。
僕達に出来ることは主を求め祈り続ける事
信じる事です
非論理的に聞こえるかもしれませんが、言葉にするとこうとしか書けないのです。
人の計画やあらゆる全ての優れた考え、富や権力は
主の前には滅びます。
残念ながらそう書かれているのです。
あなたの心は今何に支配されていますか?
願わくば全ての人が、人には測れない主の壮大な計画の中にある事を切に願います。
愛する者たち、自分で復讐してはいけません。神の怒りにゆだねなさい。こう書かれているからです。「復讐はわたしのもの。わたしが報復する。」主はそう言われます。
次のようにも書かれています。「もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませよ。なぜなら、こうしてあなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになるからだ。」
悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。
マタイ5.8-12
今日も父子聖霊の守りと平安と恵みと祝福の中にいましょう✝️