✨💖✨
きみの小さな手を包んだ時
ぼくはわかったんだ
ぼくが描いた
描ききった軌道に
きみの魂がかすかに震えたのが
だからぼくは
きみに描いてほしいんだ
きみの軌道を
最後の最後まで
描ききってほしいんだ
きみがあの時
感じた
わかった
知ってしまった
ちっぽけで偉大な
ささやかで
でも
美しくて強いきらめきを
きみのその
ハートの奥深くから
静かに
丁寧に
大切に掬い上げるように
きみのすべてをかけて
あらわしてほしいんだ
それをぼくは
そらからずっと祈ってる
✨
ぼくはある時気がついたんだ
ぼくがあの時
きみを通して
触れてしまったきらめきが
ぼくの幹を太くし
強くし
その葉を豊かに繁らせ
花に彩りを与えていたことを
いつの間にか
そのきらめきを
探しながら
見つめながら
歩いて来たことを
そのきらめきが
ぼくを歩かせていたことを
そしてこれからも
最後の最後まで
そうするだろうということを
ただ
そうあるだろうということを
すっかり忘れてたけどさ
思い出したんだ
それがあの時
ぼくの手を包んでくれた
きみの温もりへの
ぼくのこたえ
地上からそらに届ける
ぼくのこたえ
✨
ぼくが
ぼくを生きること
ぼくの軌道を描くこと
アイから出てきたぼく達の
アイを知ってるぼく達の
ただひとつの
聖なる約束
ただひとつの
イノチの証
✨💖✨
こんにちわ sariです😊
子供ながらにね😆
しつこく 😆
お久しぶりでございますです😆
今日は
ずーーーーーーーっと
書こうと思いながらウダウダしてた😅
えみちゃんのことを書こうと思います✨
私sariは「同年代のいとこ」というのがいなくて
(sariだけ何故だかポツンと離れて、後からポコっと出てきたのさ。ポコっ👶)
同年代のいとこ達と過ごした記憶というものがほとんどないのですね。
(それどころか、誰がいとこかあんまり知らなかったりもする😅)
えみちゃんも例にもれず
実際会った記憶は(私側の記憶としては)
一度だけなのです。
ただ、他のいとこと違うのは
私の母親と、とても仲がよかった💕
ということ。
年の離れた姉妹みたいに。
ゆえに、母からたくさんえみちゃんのことを聞いてました。
美人さんで、頭がよくて
何よりすごく優しくて✨
そして……
学生の時から
お互い大好きで、長くずーっとお付き合いしていた人がいたこと
でも、いざ結婚の話が出た時
些細なこと(←sariが思うには)で周囲の反対を受け、できなかったこと
二人で頑張ったのだけど
どうすることもできず
男性が、えみちゃんのもとを黙って去ったこと
違う方と結婚することになったこと
そして数年経って、偶然大好きだった人と再会したこと
さらに数年後、いろんなことをクリアして
その人と再婚したこと
で、私の母は
最初から(周囲が反対してる時から)
ずっとそれを願ってたということ💞……
(うっすらとした記憶なのだけど、母が一度だけ私に「母さんはね、えみちゃんがずーっとその人のことが好きだったこと知ってるの✨」と、嬉しそうにこっそり教えてくれたことがあるのだよ💖←かーさん、うっかり言ったのか?😆)
小さい私が
えみちゃんのことを話す母から感じてたのは
(いろんな人の思惑や事情、世間体や常識があるからか、声高には決して言わなかったけれども)
「何があろうと、誰が何と言おうと、あの子(えみちゃん)は決して間違えない✨」
みたいな
えみちゃんの「何か」に対する
不思議な、そして絶対的な信頼みたいなものでした。
そんなえみちゃんに会ったのは
私が小学二年生の時🎒
「えみちゃんのお見舞いに行くから一緒に行こう」と
とある火曜日
学校を早退して
母親と叔母と私、三人でえみちゃんに会いに行ったのです。
私としては
フツーの日に学校を早退できること😆✌
噂のえみちゃん(笑)に初めて会えること
三人でドライブ🚗できることが嬉しくて
もう、ウキウキ🎶だったのですね
病院に着いて
薄暗い売店でお菓子をいっぱい買ってもらって
(叔母はいっつもsariにいろんなものを買ってくれたのさ💃大好き💕😆笑)
立派に建て替えられた今では考えられないくらいの天井の低い、幅の狭い廊下を歩いて
たどり着いた先にいたえみちゃんは
とても美人さんで、とても優しそうだったけれど……
とてもとても痩せていました。
えみちゃんは
母と叔母とひとしきり話をした後
びっくりし過ぎて母の後ろに隠れてじっとしてる私に気がつき
母もそれに気づいたらしく
私を前にグイっと押し出して
私は初めて
噂のえみちゃん(笑)に会いました。
えみちゃんは満面の笑みで✨
「わぁ~sariちゃん💕」と
頭をなでなで、なでなでして
「来てくれてありがとう✨
逢いたかった~💕」
と、両手で私の手をぎゅっと包んでくれました。
でも私は
会ってみたかった
母さんと仲良しの
憧れのえみちゃんが
髪の毛もあまりなく
とてもとても痩せていることにびっくりし過ぎて
「えみちゃんこんにちわ😄」も
「早く元気になってね🍀」も
気のきいたことのひとつも言えず
満面の笑顔でグイグイ迫ってくる(笑)えみちゃんに
ニコーっとお愛想の笑顔を返すことも出来ず
手をぎゅっとされたまま
ただ、じぃーっと固まっていました😅
それが
私がえみちゃんに会った最初で最後です。
それから
多分一年もしない内に
今の私よりもずっとずっと若くて
大好きな人と再婚しておそらく数年しか経たない内に
えみちゃんは亡くなりました。
その一日のこと
早退するのが嬉しくて
「バイバーイ🙋」と思いながら振り返って見た学校と
買ってもらうものを物色しながら😆ウロウロした病院の売店と
狭い廊下の消毒薬みたいな臭いと
満面の笑顔のえみちゃんと
固まるsari😅
この頃の記憶ってあまりないのだけど
その日のことだけは
何故だか覚えているのですね✨
そして
それ以来、たまに親族の集まる席で
えみちゃんの話題
「えみちゃんはあんな無理をしなければもっと長生きできただろうに」
「普通に生きてれば、もっと楽に幸せになることができたはず」
「残念だ」
みたいな会話を
大人達が繰り広げているのを聞くたびに
それはちょっと違うんじゃないか……😒
と
反論できる理由が見つからないまま
何とも言えない違和感と苦々しさを感じていたのです。
そして更に月日は経ちまして
sariちゃんも、いつの間にかすっかりあの時のえみちゃんを越えた(笑)
ほんの数年前
久しぶりに行った親族の集まる席に
えみちゃんの娘さんが
赤ちゃんと小さな女の子👧を連れて出席しておりました……✨
赤ちゃんを抱っこしてるえみちゃんの娘さんが
ニコニコピカピカ✨してるのはもちろんなのだけど😊
小さな女の子👧が
それはもう可愛くて💕
キラキラしておりまして✨
そんなキラキラを
そこいらじゅうに振り撒きながら
あの、生意気な知ったようなことを平然と口にしてた(コラっ!sariっ!😁)
おじさまおばさま達の間を走り回り(笑)
✨👧✨👧✨👧✨
おじさまおばさま達は
もう
メロメロ😍だったのですよねー😆
その時sariちゃんは
はっきり説明のつく根拠もないのだけど
ただ
「ほら、やっぱりえみちゃんは何にも間違ってなかったし、幸せだった👍」
と、女の子👧にメロメロになったおじさまおばさま方を横目で見ながら
ひとりニンマリしておりました😚
これが
sariちゃんとえみちゃんに起こったことのすべてです😊
sariちゃんは
こう見えて(笑)わりかし気弱でいろんなことにすぐ揺さぶられる😅
中途半端に人がいいから(笑)
さらに揺さぶられる😅
ある程度枠も大切にするし、相手の考え方ややり方を尊重したいと思ってたら……
うっかり!!(笑)
さらにさらに揺さぶられる😅
そんな
日々ユサユサ揺れるsariちゃんでも
やはり
最後の最後はどの人も
その人が、その魂が意図した、願った、約束してきた軌道を描いていくことに向き合わされるのだろうなと感じます。
今世逃げたとしても
周りに合わせて、いろいろなかったことにしたとしても
三次元的な証拠、他人が認めてくれる証拠をかき集めて幸せな人生だった振りをしてみても
魂はちゃんとお見通しだし
いつか必ず正面きって向き合わされる……
そう思います。
じゃあ
「魂が原初に意図した軌道を描く」
って何なんだ?(・_・?)
ということなのですが……
それはただただ
自分の「素直」を見つめていくこと
それを自分のすべてを使って顕し続けていくこと
ただ「そうある」ことだなと思います。
それは、言い換えると
自分の中から溢れる愛を
(それは人に対してだけでなく、物にも、例えばお仕事にも、状況にも、ありとあらゆるすべてに対しての「愛しい気持ち💖」を)
歪めず、奢らず、みくびらず
まっすぐ丁寧に大切に扱っていくこと
体現していくことかなと思います。
そしてそれって
よく勘違いされるのだけど
ただ自分の欲やエゴを押し通す、周りを蹴散らしてそれを貫く……
みたいなのとはもちろん違って
かといって
ただ「善く生きようとする」
ことともほんのり違って
(悪く生きよう!とするわけでもないのだけども😆)
幸せを追求する、あれやこれや「願いが叶いますように!」「ほら、こんなに叶いました!幸せ💯✌」というのとも
何となく違って
(幸せを拒否するわけでも、勿論ないのだけども😆)
自分の「素直」を顕していく中
周囲で沸き起こるかもしれない
反発も、やっかみも、嘲笑も
まるごと引き受け
さらには
称賛にさえも左右されないで
ただただ
自分の「素直」は何だろう?
何だったっけ?
何だと思う?
それを見つめながら
静かにたんたんと歩いて行く感じだなと思います。🚶
「まるごと引き受け」「左右されない」
といっても
無視するわけでもなくて
それによって溢れてくる自分の中の
喜びや悲しみ、痛み、怒り
違和感、安らぎ、温もり、etc.を
無視するでも🙈
飲まれる🌊、振り回される🌀でもなく
すべてを汲み取りつつ
さらにその先の自分の「素直」を見つめるためのセンサーにしながら進んでいくのですよね
🚶🚶🚶
「ああ、そうなんやなぁ。sariちゃんは今そう感じてるんやなぁ。よし、分かった!ほな次どないする?何を選んでもええで👌」って感じのセンサーにするの😊(←sari心の声、もしくは脳内会話。何故だかエセ関西弁😆)
すると不思議なことに
「引き受ける」「左右されない」
というより
気にならなくなります!(←悪い子か?😆)
そしてなぜだか
この世的な状況はたいして変わってなかったとしても
すべてが
自分を静かに包む
柔らかい凪の中にいるような感じになっていくのですよね✨
そうなると
さらに不思議なことに
別にそれを目指していた訳ではないんだけども
うっかり😆
そこそこ善く生きれてるし、じんわり幸せが拡がってくる感じになるのですよね🍀✨🍀
それはなぜだろう???
と思ってたのだけど……(・_・?)
その人その人それぞれの
「わたしのホントの素直💖」は
「ただひとつ」と触れるところ
「ただひとつの領域」にあるから
なのですよね✨
だから
「自分のホントの『素直』を見つめて👀そこに向かって行く🚶」
この方向だけを間違わなければ
もう不要になったエゴが、いつの間にか自分の中から取っ払われ(行きつ戻りつはするけれども)
すべてと調和する流れの中に自然と入っていくことになるような……✨
そんな気がします。
魂は
いつも
「最終的に自分はどっちが満足か」
「どっちが自分にとってのホントの愛の選択か」
「どっちへ進むことが『素直=アイ💖』の体現か」
知っているのですよね✨
目先の欲や横着(←ドキッ!😆)には見向きもしないの(笑)
そして更には
「私」が「わたしの魂の軌道」を描かない限り
「ただひとつ」
「すべて」で「いちなる」カミサマは顕れないのです。💫
なぜならそれは
すべての人が
その「魂の軌道」を描ききった時
はじめてその全貌を顕すからです✨
その時はじめて完成するの。
多分はじめから
うっすらあることはあるんだけど
秘されてるの🎁
カミサマを隠してたのは
他でもない
自分の「素直=アイ💖」を隠してた
そこに向かって進もうとしない自分なのですよね。
そして「素直=アイ💖」は
繋がるし、伝播するし、波及します✨
時空すら越えて
必要なところに届いて行く🚀
そして伝播したものは
ちゃんと
時を間違えることなく
その花を開くし
それを受け取った者が必要な時に必要なパワーとなる✨
そんな気がします。
なぜなら
えみちゃんも
えみちゃんのかわいいお孫ちゃんも👧
えみちゃんになでなでされてじぃーっと固まっていた小さい私も😆
高いところで
もしくは裏で何が起こっているか
何にも知らないまま
そんなこと期待することもなく
ただ
「その時その場にいた」
それだけなのですよね。
でもちゃんと必要なことは起こった✨
(それが一体何なのかはうまく説明できないけど)
だからこそ
sariちゃんも、お隣さんも、そのまたお隣さんも
ただただ
自分の「素直=アイ💖」は何だっけ?
それだけを
大切に丁寧に見つめながら
自分の魂の軌道を描いていけばいい🎨
そうすれば
sariちゃんが小さいノーミソであーだこーだ策略を練らなくとも(笑)
ちゃんと縁ある者同士
伝播し合って、共振し合って
そして拡がり
最後の最後
それは完成する💫
というか……
ヴェールの向こうからその姿を顕す
✨💞✨ジャーーーーン!!
ならば行くしかなかろう🚶
どうか、君も行ってくれ💝
お互いの無事と健闘を祈る👍🍻🎊
そんなことを(笑)
sariちゃんは
じわじわ感じておりまーーーす💖
勝手にね😆
以上!
長くなりました!
ごめんなさいですm(__)m(笑)
皆様いかがお過ごしですか?
赤ちゃん葉っぱ👶や青年葉っぱ👦が
たくさん「こんにちわ!」する季節がやって来ました🍀
からの
シャキーン( ・`ω・´)
❤️私もあなたも
ただただ自分の核に向かって
ズンズン進んで行けますように🍀
行けるよ😊❤
(スクイアゲテ ソコニ イキヲ フキコメバ
ボクノ スナオガ アラワレル✨
アイノ イノチガ💖 アラワレル🌱😊)






