お坊さんがやってきます。


 毎年、高校野球が始まる前後にやってきます。


 ちゃんと前もって葉書が来ますので、準備します。


 大掃除です、仏間と裏庭の見えるところと、玄関と


 もちろん、仏壇です。


 そこは一家の長であある、ツレが気合を入れて磨きました。


 お菓子や果物や座布団カバーや盆提灯を用意するのは、ワタシです。


 ワタシこの支度、なんとなく好きなんです。

 
 おじいちゃんの血が流れてるからかな?




    
    おかあちゃんは永平寺系曹洞宗のお寺の長女として生まれましたが、


    全く、お経を読んでる姿を見たことがありません。


    「おかあちゃん、女学校上がるまで、肉食べたことなかったんよ

    
     初めて食べた時、もうお寺へは、二度と帰らんとこと思たわ」




 ということで、おかあちゃんは大阪の叔母の家で青春時代を謳歌したようです。


    「ほんまは、新聞記者になりたかったけど、全員に反対されて、しゃあないから


     宝塚受けたけど、あかんかったわ。」


 踊りやお三味線のお稽古もやってたし、顔も当時の女子にしたらバタ臭い顔立ち、


 脚も綺麗に伸びてるし、文句なしと思ってたら体つきは女役でいけるけど、声が


 まるで、男の声。


    「しゃあないから、美津濃スポーツの社長秘書になってん」


 こちらは、叔父のコネだったようです。


 何回目かの恋愛の相手がおとうちゃんだったんですが、


 おとうちゃんの妹と、田中千代洋裁学校で出会ったのがきっかけだったようです。


    「そらもう、男前でなあ、連れて歩くのが自慢やったけど、なんせ真面目で

    
     おもしろさに欠けたけど、あんたが出来てしもたんよ」


 えーーーーあの時代に「出きっちゃった結婚?」


 しかも、お寺の娘があーーーーーーーーー


     「嫌われたわ、姑に、キショク悪い女やったわ、あかん思て、家出したんよ


      おとうちゃんも長男やけど、東京へ行ったんよ」


 もう、もうそれ以上言わんといて、想像以上のおかあちゃんのヤンチャブリ。


 おとうちゃん、おかあちゃんのどこが好きやったんでしょうか?


     「おじいちゃんに怒られたやろう」


     「怒られへんよ、あんたが生まれた時にコレくれたんよ」


 今はワタシの指輪になってますが、7月の誕生石、真っ赤なルビー。


 おじいちゃんは、ある女優が大好きで、その名前を付けてくれました。


 「恋のために、国境を超えて全てを捨ても思い通りに

         生きる強い志を持った子になるように」


 お寺の住職が、恋やなんて…


 おかあちゃんのヤンチャはひょっとしたらおじいちゃん譲りかもしれません。


 名前の由来どおり、恋の数はちょっと多めだけれど、あの、女優のように


 どんな過酷な状況でも、自暴自棄にならずに形振り構わず生き抜いてきた


 そんな強くたくましい志をワタシは持っているのでしょうか?

 



 おとうちゃんはおかあちゃんより7つ年下の敬謙なクリスチャン。


 途中で改宗したとはいえ、若く真面目な青年が、おかあちゃんと?


 おかあちゃんとワタシが食べてる側で、いつもニコニコ笑って


 黙ってビールを飲んでる、ジャガイモのから揚げが大好きな静かな


 おとうちゃんでした。




 「おとうちゃんに、逢うたら、誤っといてな」


 とおかあちゃんの口癖。


 「ママの料理? 料理はだめだけど、他にいいとこあったから」


 とワタシに気を使ってせえいっぱいのおとうちゃんの愛。





 おかあちゃんとおとうちゃんと幼いワタシの貧しい生活。


 本物の恋から、ワタシが生まれて、二人は愛を学んだのかな?


 と思うことにします。


 おかあちゃん、お盆に帰ってきてよ。


 すき焼きやで。