こんにちは。Mです。

 皆さんは家族や友人、恋人、上司、部下、あるいは自分自身に「期待」をしているでしょうか。そもそも「期待」はするべきなのでしょうか。そんな話を今日は書いていきたいと思います。

 

 私は今までの人生で多くの期待をしてきました。友人、恋人、自分自身。その反面多くの裏切りも経験してきました。小学校では一番仲が良かった友人に突然「お前のこと今日から無視するから」と言われ、中学校では一番好きだったサッカー部の仲間から急にパスが回らなくなってきてLINEグループで「明日から来るな」と言われ、大学では当時お付き合いしていた女性に10年間仲の良かった地元の友達が嘘をつき振られたり。恋人にお金を盗まれたり、パパ活をしていたり。こんなにも裏切られる原因は自分にあるのではないかと自暴自棄になり、自分という人間に1ミリも可能性を感じなくなったことで消えてしまおうと思ったこともあります。このように私の人生は多くの期待を抱いてきた反面大きな絶望を経験しました。

 

 ここまで読んでいただいた方の中には僕が人間不信になりもう誰も信じられなくなっているだろうと思う方もいるでしょう。もちろんそのような時期もありました。また、期待を裏切られる度にもう人になんて期待をしないと誓ったこともあります。しかし、今の私には幸せなことに友人、恋人がいます。同時に期待もしています。最近、本や映画を見るとよくこんな言葉を目にします。「恋人に期待をしない方が良い」果たしてこれは正解なのでしょうか。前提、物事に正解、不正解をつけるほど退屈でつまらないことないとは承知しております。ですが、人に期待しない人生は面白いのでしょうか。恋人に期待を抱かない恋は愛にたどり着けるのでしょうか。期待をしなければ怒ること、悲しむことはないでしょう。なぜなら、怒るのは期待したからであり、怒ったのは自分の気持ちが届かず悲しい気持ちになるからだと私は思います。しかし、期待をしないと嬉しい、ありがとうと感じる場面は少なくなると思います。私は先程も述べましたが、友人、恋人に期待をしているとここで言っておきたいと思います。これは、友人や恋人にプレッシャーをかけたいわけではありません。この人たちになら裏切られても良いと勝手に腹をくくっているのです。だからこそ勝手に期待をし続けます。少しばかり期待を裏切られてもそれは自分が勝手に決めたことで相手に非はありません。

 

 長くなりましたが、皆さん期待という曖昧なものを人に押し付けるのはやめにして勝手に期待をして、勝手に腹をくくり、少しばかり面白い人生を送ってみてはいかかでしょうか。裏切られたらどうしようと思う方もいるでしょう。大丈夫。私の経験上勝手に消えていった失ったものの中に得るべきものなんてありません。得るべきものは今そこにあなたが求めている場所にあるはずです。大切なのはあなたに勝手に期待をしている人の期待に勝手に答えることではないでしょうか。