あの…、えっと…、もう「久しぶり」は書かなくていいですよね? あんまり繰り返してばかりで、卑屈を通り越して、矮小だと思うから。(それは、そうなんだけど。此花の器は、めちゃくちゃ小さいと思う)


さて、前回の「抜粋」なんですが、自分で読み返してみると、ヒジョウに乱雑極まりない。書いた当初、載せた当初は、多少のご満悦があったのだけど、…、欠点に気が付いただけマシというのか、消すのも何だかなあって気分です。


此れを書いたのは7月の末なのですが、其れから8月初旬まで、ちょこちょこと書いて…、で、書けなくなって(此れもいつものパターンですね)破棄して、今に至っています。


う~ん、どうしよ。


ホントは、第2弾を載せたいなあと思ってたのが(ずうずうしい傍若無人さだな、私。)以前以上に、文章の空間をはしょってる気もして、だからといって直す気にはなれず、…書きかけの山の一部になって、霧散だが、沈滞だがするんだろうなと予見して。(あ、今朝は卑屈度数が高くて良くないな)


私はやっぱり「読まれたい人」なのかもしれない。そのくせ、ロクに書きもせず、書いても中途でぽしゃってしまう。…どうして続かないのかな、書いてるのがつまらないものだからかな、根性なしもその理由なんだろうけど、他にもっと、大切な理由があるのかな。<全部、疑問符でもいいくらい謎が塊りで落ちて着ちゃった。


…、少し先を見なさいと、神様がおっしゃっているのかも。


何時だって、決めるのは自分で、動くのも自分なんだけどね。解かっているけど、すっきりしない。こんなもやもやで日記を書いちゃ駄目だな。ごめんなさい、此花、凹み中です。


久しぶりに(最近此ればかり口癖になってしまいそうで済みません)「ムーンライトノベルズ」の作家ページにお邪魔して来ました。此処は「此花作品」がどのくらい拝読されているかを知る事が出来る場所で、4月末の最後の執筆以来、4ヶ月が経ちますが、ここちょことカウントが増えていて、此の事実には「ありがとうございます」より「申し訳ありません」のほうが先に立ってしまいます。


いつものいい訳を繰り返しますが、此花自身、書きたいものが見えてきても、其の書き方が解からないといった様子で、其れはどうしても、いままで考えていた「BL商業誌に投稿出来るように頑張ろう」ではなくなって来ているように思うのです。


以下は、先月の中ほどに書いた、某所で生きる「彼」の日常を抜粋したものです。が、文体・風味、共に大きく変わっているのがお解りかと思います。私自身は此れを煮詰めて、自分らしく書いていきたいと願っていますが、たぶんに、世間ズレしている感があるかと思います。「日記」という形で書いていますので、ハジメテ読まれる方には何をどう綴っているのか不明の部分がほとんどになってしまう事をお許しください。(此処を訪れる方はみなさんそうだと思います、彼の世界と重複する方はおひとりもいらっしゃらないでしょう)


それじゃ何故? と聞かれてしまいそうですが、物書きを目指す者としての、自己顕示欲の発露だと…、愚かにも思ってしまったとご承知ください。




『 a honey-bee 』

ソイツは…、俺の髪を撫で、気安く笑って嘯いた。 蜂蜜を想わせる明るい髪を揺らし、過去を想わせる、手慣れた風情で。


「気楽なもんだよな、さすが星三つは違うよなあ?」


クソ皮肉をクチに乗せ、俺は、ジョッキでビールを煽った。コイツには、今朝から数回負けていた。


「ン? あぁ、さっきは済まなかった。そんな拗ねるなよ」


だが、コイツは勝負に拘らない。俺に勝とうが負けようが、どうってコトもないのだろう。 怪訝な俺に、ヤツの手が伸びて来た。漆黒の髪に指が入り、気軽な所作で笑顔を見せる。 其の仕草は他の誰かを連結させ、俺の神経を逆撫でする。 コイツにとって、酒を飲むのは、手合わせよりも簡単な事なのかもしれない。


「茶化すなって、いつも言ってんだろ? 誰彼なく触ってんじゃねえよ」


何故、俺が此処に来たのか、コイツには何も解かっていなかった。伝えるのも馬鹿馬鹿しいと、残りのビールを流し込む。 俺の引越し祝いにと、鎧をくれたヤツだった。要領ひとつ得ない俺に、イチからジュウまで教えてくれたヤツでもあった。


其れが発端だったかは、解からない。誘うほど、惹かれていたのは事実だと思う。だが…、ヤツと俺とは、性癖が同傾向だった。


「…何か言いたかったんじゃなかったのか?」


重ねたグラスも佳境を迎え、そろそろ本題に入る場面がやって来た。どう応えようかと、俺は策を巡らせる。


「さあな、…まあ、ダチが欲しくて来たわけじゃないってコトは確かだな。ついでに言えば、情報が欲しくて来たわけでもない」


酒を飲む、ヤツの手が止まった。 投げられた采は充分な効果を発揮し、二人の間の空気を変える。 勘の良い…、しなやかな首がわずかに傾き、上目遣いにホンネを探って来た。 …想った通り、コイツは、好みのヤリカタをする。


「んー、じゃあ…?」


返事をクチに届けていいものか、甘いと想わせる、噛み付きたくなる首筋が眼に眩しく、俺は夢想を禁じ得ない。差し出されるように近付いた唇は、静かに雄を目覚めさせ、なぞる指が、柔らかく溶け出していく。


「試してみてえな。ココに俺のを喰わせたら、どんな顔して鳴くんだろうな?」 
「さぁ…、鳴くコトになるのは、どっちかねぇ?」


可愛くない台詞に仕置きをしようと、指をしゃぶらせようとした矢先、ヤツは勝気に噛み付いて来た。どうあっても、コイツは趣旨を変える気は無いらしい。其れは、俺も同じだった。俺達は、どっちもヤル側の人間で、ヤラレル側の人間じゃなかった。 てめえこそ妥協しやがれと、睨みつけるが、互いのやり取りに心が躍っていく。


此れ位の骨がないと、俺の相手は勤まらない。…そうだろ?   (日記としての、二日分を一挙掲載)

基本的に、落ち込みやすい気質かもしれない。…と自分を振り返る今日この頃です。いや、ホントに笑える話じゃなく、ジンセイどうしようかと暮れる途方もないくらいで、其れはそのまま、自身の存在価値とは何ぞやと、禅問答に直結する。


ちょっと考えながら書いてみますね。


自分というのが、他の人と違う1個だと知るのはどんな時なんだろう? 此花の場合は、自分しか書けない何かが見付かったり(これは、ぜんぜんだいそれたものじゃなく、どう考えても、そんなの此花サンしか思いつかないでしょう、とそんなくらいのものです)ちょこっとだけ、自画自賛の文章が綴れた時とか、あとは…、何だろう? 


私の仕事は、有に少しだけクチを加えて(へんな書き方ですね、話しをすることでと云う意味です)より良い有を手助けすることで、此花としてしたいことは、無から有を生み出すことで。どのどちらも私にとって、必要で、不可欠で、たぶん、カミサマが手助けしてくださってる事なのだと思う。


そう思えば、今日の凹みは、あしたのネタ(笑)になるんじゃないかと。これだけじゃ、すんなりと元気は湧いてきませんが、何もないよりは糧になるでしょう。私達が体験する全ては、顕在意識は忘れても、潜在意識はちゃんと覚えているらしいから(此れは、マーフィーの法則だとか、ナポレオンヒルの成功哲学だとかで立証済みです。イイコトをずーーーーっと考えていると、潜在意識が、ミラクルのように働いてくれるのだとか)…私も、ささやかに願ってしまう。


「どうか、私が私だと云えるような、片鱗でいい、欠片だともっと嬉しい、そんな作品が書けます様に」

(…ゼイタクな願いかもですね。何もないところからは、塵ひとつ生まれない。何かを考え、悩んで、其の中から文節が生まれて、文体になって、文章、そして、ひと固まりになるのだから)


あ、こうやって書いていくと、わずかばかり元気の素が残っている気がしてきました。(うん、すっごいぞ、私)

昨日、今日、何も書けてないけど、明日、明後日書けないかもしれないけど、其れでも、…私は、書くのを止めないだろうから、そう思えば、日はまた昇る。



久しぶりという言葉じゃ追いつかないほど、ずいぶん長い時間「此花朔夜抄」をほったらかしにしていました。其れでも、ようやく、わずかな指針が見えたようで、創作をしようと感覚だけは動き始めています。(あ、この書き方だと、逃げてるのは相変わらずですね)


他所ブログで、3週間ほど「小説らしきもの」を書いていました。えっと、昨日でストップしたので、それで気持ちがこっちに戻ってきたわけです。一日、1・5Pから、だんだん長くなって、それでも、3Pを越えることはない。いかにも此花らしい長さなんですが。(笑)


その間考えたことは(感じ入ったというべきかな)自分が何を書きたいかがはっきりとしたということ・その方法(文体)・相するために自分に何が足りないのか(ひと言:持久力ですね)…そういったもろもろがわかって、嬉しかったり、まあ反対に辛かったりして。


ムーンライトという小説投稿サイトにも、ずーーーーーっと留守にしてて、たぶん、知人はみなさん「此花さんは死んだんだろう」と思われてると思う。実際、それに近い状態だったので、反論もないです。


他所様サイトで書いた「ALLEN」も途中で、ほったらかし、ムーンの合作はたぶん、書かない。他の2本の連載も、たぶん、書けない。いいかげんを地で行く、テイタラクっぷりで、これには、このサイトを訪れた方にも、ご迷惑をかけたことでしょう。(これについては、謝って流れるものじゃないので、私も言葉を持ちません)


時間があと少し経って、私のなかで、納得がいくようになったら。


現状の「此花朔夜抄」全力作を、読んでいただきたいと思っています。(先に書いた、他所の日記がそれです)いましばらく、明けを待て。此れを自分に言い聞かせて。もし、懲りずに来て下さっている方がいらっしゃいましたら「ありがとうございます」と言わせて下さい。




せっかく始めたブログも、ちいとも更新してなくて、ひたすら惰性で生きてるような此花です。

(しかも、眠いっ)

ここ最近ずっと、5時間未満しか眠ってないので(注:以前は9時半には寝てました!お子ちゃまなみの消灯タイムですね)何をしても薄らぼけ~ってなってる。


ゆうべ私はながなが他人さまとお話(?)をしたのだけど、そのなかで心が寂しくなることがあったので、それについて書きますね。


レンアイ哲学とかいうものは、先日の「愛の定義」同様、これもその人なりの考え方、感じ方があると思うのですが、私が接したその人は、とても気配りの出来る人で、たぶん、きっと、自分がガマンすることで人を優先させてばかりなんじゃないかと。(初対面の方なのに、ずいぶんコアなお話に展開したな。)


その人が、悪くもないのに謝ってばかりいるから、私はかなり不機嫌になって(知人に言わせると、自分の我ばかり通すわがままな駄々っ子だと。当たりすぎてて笑ってしまった。)そのことを指摘したのだけど…


そして、これも恥ずかしいことなのだけど、私はとても病んでいたから、その人に心のうちをぶちまけていて、「捌け口だと思って何でも言えばいい」「話を聞くくらいしか、自分には出来ることがないから…」そこまで言われて、ぶっちぎれた。


…ブログをお読みのお客様は「は? ぶっちぎれたって???」となるかもしれませんが、此花はキホンが短気なので(怒りの沸点はかなり低し)慈悲だかと思われるその言葉には、異論を申し立てるしかなかった。


真っ向勝負で「それは相手をダメにするしかない行為で、そうすることで相手はあなたに負い目を感じる。そして相手は、あなたに会うことそのものを苦痛に感じるようになるだろう…」と。


言い過ぎたのはわかってる。その人は、優しさだけをくれたのに、私はそれを滅茶苦茶にしてしまった。そして、それでも尚、その人は私に笑ってくれて。


切なくて、涙が零れた。


私は不躾なだけ子供で、その人は、何を言ってもふわりと返して、また会おうと、楽しかったと。


何が楽しいのか、判らない。

私は感情を、ぶつけただけなのに。

そして、きっといちばん触れられたくない内面を、抉り出して、鮮血を流させたというのに。


どうして、微笑んでいられる?


そして私は、こんな甘えを自責ともせず、未だ暴走する感情を抑えられない。


鑑定士が聞いて呆れる。私は私にさえ、道標ひとつ啓示出来ない。


今朝も朝から暑くてうだってる此花です。(35度くらいになると天気予報で云ってました)

なので、よけいにブログのテンプレートがウソっぽい気もしますが、尋ねてくださったお客様が、少しでも涼が取れれば幸いです。


昨日久しぶりに、ムーンライト(此花が散文を投稿しているサイトさまです)で知り合った「遊元もえ」氏とMSNをしました。


注:先日、此花初の同人誌が出来ました。そのお祝いをかねたチャットです。(ゲスト出演・小説と座談会が掲載されています。遊元氏が自サイトで宣伝するとのことなので、通知がき次第「Sacramental」にリンクを張りますね)


遊元氏は、いつ会ってもパワフルで前向きで、ムーンへの投稿もさることながら、同人誌にもかなり力を入れていて、圧倒されたままメッセが終わってしまったような。


…。


何故か此花の周りには精力的な方が多くて、何も書いてない(書けてない、どっちでもアタリです)此花にとっては、頭もこころも痛いなと。けど、こういう刺激も無くなったら、私のような怠け者はずるずると目標を失って堕ちていく一方なんだろうな、とこれも判る。


あ、堕ちると云えば。


昨日自虐に走って(?)坂口安吾の「いずこへ」を読みました。(短編だったにもかかわらず、途中から集中力に欠けた読み方になってしまった。ったく、私は、本もまもとに読めないんだなあ。)


どういう内容かというと。ほとんど私小説というふうですが、ぐうたらな作家である主人公が、見栄だか虚勢だかを張ってゲンジツを避けるように生きていて、それに惚れてるオンナがいて…、と昔の人にしてはダイタンな設定のお話です。(たしか安吾くんは純文学の分野に属する作家のはず)


ちょっと抜粋しますね。


「私は本能というものを部屋の中へ入れないことにしていたのだが食物よりも先ず第一に、女のからだが私の孤独の蒲団の中へ遠慮なくもぐりこむようになっていたから、釜や鍋が自由にずるずる住みこむようになっても、もはや如是我説を固執するだけの純潔に対する貞操の念がぐらついていた。」


(注:にょぜがせつ。如是我聞(にょぜがもん)をもじったのではと推測。これは仏教用語で、「私はこのように(お釈迦様から)聞いたの意。経文の冒頭にある文句<国語辞典より)


…と、上手い箇所が引用出来たかどうかですが、ようするに、志だが理想だかはたいそうに持っているけれど、肉欲には勝てず、自分を尊重しているつもりが、いつのまにかオンナのいいなり(これはオンナが賢いのだろうけど)にどっぷりと浸かってると、そういうオトコの性(業かな?)がのらりくらりと書かれている作品です。


まるでタイムリーのように、警告のようにも思えて、しばし呆然とした私がいます。(泣くのをぐっと堪えたりして。<笑)



それでも、地球は廻ってる。


此花のとしての目覚めはまだ先のようだけど、ちょっとふっきれるコトが出来たから、私を我が事のように慰めてくれた知人(注:私は友人という単語使用に抵抗があるので、あえて知人と書いています)に多謝です。






情けなさに滑車がかかる毎日ですが、今日はさらなる上を知ってしまった。どんな出来事にも、上には上があるものだなと。


私がまともに文章を書けなくなってどのくらいの月日が過ぎたんだろうか?(実際は、ひと月半くらいかな、なんだかとても長く感じる)

そしてこの魔病は、侵食を強めることはあっても、一向に弱まる兆しすら見せてくれない。


不思議なもので。


ブログなんて何処も似たようなものだと思っていたけど、以前のブログに比べると、やや文章が硬質になった気がする。

どっちがいいかと聞かれると、返答に悩みそうで、そのどっちもが私なんだと応えるんだろうか?(どうもヒクツが長引いてるな)


ここのブログはテンプレートをクリスマス仕様にしていて、個人的にかなり浪漫に走ったと思う。(ひっそりと願掛けなんぞをしたりして)

今年、後5ヶ月ほどで、それが叶うか、敵わないか判るのが…、今から少しだけ怖い。

泣くほど辛い時でも、きっと何処かに私以上に哀しい誰かがいるだろうから、そう思えばこの痛みも、なんとか耐えられそうな気がして。


暫くというのものが、どのくらいの時間を示すものなのか、作家になろうと決意して14ヶ月と少しが経って、じきひと月半が過ぎるというのに、私は何も書いていない。


書けていないというよりか、書いていないと断言したほうが的確だと思う。


衣食住が、その人の意思でまかなえるものなら、書くという行為もそれに順ずるものなのだろうか?(どうだろう、私にとって“書く”というのは3大欲の次くらいに位置するものか、否か。課題だとまで解かっているけど、その先は未だ混沌となっている。)


とりあえずの目標は、最近の硬質きわまりない文体を、どうにか元まで戻したい。


つくづくと、私は感情型なんだなと、呆れるほど正直に文章は人となりを表して、私の極地を本人よりも雄弁に知らしめる。


…。


困ったな。これじゃあ、日記にもならないよ。



それが例えどんな事でも、ハジメテというのは落ち着かない気がします。

数日前に、こちらのブログを開設して、その後が続かなくて現在に至って…、よくやくと思い腰を上げました。


「Happy Berthday …」


その後に、どんな言葉が続くのか? 私の名前かもしれないし、何かの出来事かもしれない。

そんな気持ちで、これからを綴って行こうかと思います。


来てくださったお客様に少しタイトルについての説明を。(果たして、私の知っている唯一の友人以外いらっしゃるかどうか? …たぶん、誰もいないだろう)


「I with for ….sacramental」


この「I with for …」に相当する意味は「私は…を願う」というもので、次の「sacramental」は「神聖な」という意味と、そしておこがましくも感情に走る私のことにかけての想いも含ませています。(「さくら」と「めんたる」とそんな感じで。音読すると、もっと素敵な響きがあるんだろうな)


ちょっと本題から横道に逸れてしまうかもですが、私のPNの「此花朔夜抄(このはなさくやしょう)」というのは「木花之開耶姫(このはなさくやのひめ)」という桜の花の精から頂いたもので、私に姫はどうかなと思ったので、字数を合わせるために「抄」のひと文字を加えました。


BL(ボーイズラブ:オトコノコ同士のレンアイ)を主とする作品を書き始めて、1年と少しが経って、いまだ何かどう繋がっていくのかという世界だけは拡げて行っている状態です。


毎日更新…というほどまめではないので恐縮ですが、ちょこちょこと心に感じたことを記して行きたいなと願っています。


どうぞ、よろしくお願いします。(これは、ご縁があってこのブログを読んでくださった方と、此花という私自身への挨拶です)



…。


う~ん、ちょっと気取っちゃったかな? ハジメテだもの、このくらいの緊張がないと、なんてね。