小学生の頃に何気なく始めたテニス(本当に何気なく)
それまで新体操とピアノとthe女の子がするようなものばかりしていたから、なんでテニスに絞ったのかもよく分からない。し、覚えてない。
やり始めて今年で14年目。
14年間続けても嫌になったこと、辞めたいと思ったことはなかったし、
それは怒涛の高校生活でも変わらなく、ただただテニスに時間を捧げた。
それだけ純粋にテニスが好きだったのだと思う。
バスケ部の親友には、しょっちゅう頭がおかしいと言われ続けた。
(彼女は毎日辞めたい辞めたい宣言してたけど県の最優秀選手だったし、夏冬県連覇した黄金世代の3ポイントのエースだったなあ、
きっとあなたの方が頭おかしい。)
テニスへの気持ちが変わろうとしていた。
ここ最近何か幾つもの使命感に囚われている気がした。
続けてきたからこそ続けないといけない。
一昨年、亡くなったあいつの分まで頑張らなければいけない。
キャプテンとして気持ちが離れてはいけない。
本来楽しんでいたものが、いつの間にか「義務」になっていることに気づいた。
きっと何もかも義務になってくると良いことは起こらないな、、、
https://note.com/nichidai11/n/nb241741b5ed5
そんな時、たまたまこの記事を見た。
やめる決断をする人は結局強いと感じた。
積み上げてきたものを手放し、背負っていたものを下ろす時、
そこにつぎ込んだ時間が長くなればなるだけ
下ろすのに時間はかかるし、覚悟の大きさは大きくなる。
それを逃げだという人もいる。
私もそう思っていたのだから。
今までそんな人を見るたびに、頑張れない理由がわからなかった。
でもその状況はその人にしかわからないし、その立場にならないと分からない。
第3者が口を出せる権利はない。
ここまで書いていたら、自分がやめる選択をしたのだと感じると思うが、決してそうではない。
こういう選択もあるんだよと自分の義務になっているものを軽くしようと暗示をかけているんだろうなと思う。
ただここまでテニスを続けてきたのには、純粋に楽しいということに加え、テニスをしていること自体に自分が魅力を感じているからだと思った。
この先、何があるか分からない。
ただどの選択を取っても頑張り続けることに変わりはない。
義務という考えを時間かけて違う言葉に変えていけたらいいなと思う。