たわいもない話シリーズ -3ページ目

たわいもない話シリーズ

とあるバンドさんを知りたくて
久しぶりに最入会
昔と随分勝手わからんけど
ぼちぼち書いてこと思う(´-`)oO{

記憶の整理と記録
たまに、夜中思考なつまらん話(笑)

猫ネタ、ライブネタ、ご飯ネタ、バンドさん話

暑さがまだ残るけど

今日は私の愚痴を書きます

私には要介護認定されていない
痴呆の母がいます。
ダメな時と全然普通の時とあり
24時間いつでも行けるように、徒歩30秒の所に住んでる
私には妹もいます。妹には小5と小1の息子と20歳離れた 旦那

妹の旦那はマイペースというか
自分に関係ないモノは 姉の私に何があっても関わりません。ま、その方が気は楽ですが

母が認知症になったのは
私が東京遠征で1週間いる時帰る当日に 妹からのLINE電話

お母さんが倒れてる!どうしようどうしようと。泣くことしか出来ない妹、とりあえず 指示して、近所に幼なじみのお風呂屋さんの姉ちゃんに 事情を伝え 急いで帰りました。

ICUに行き 母を見ると 顔面アザだらけ
体にもアザ 

先生曰く、糖尿病が悪化して2日ほど
倒れたままいたんだと

命は非常に危険でした

「糖尿病」と聞いても 普通に元気だったし
本人ももちろん 誰もが初耳

とりあえず 母さんに会わせてもらい
「サチやで、もうな仲直りしょうや!母さんを恨んでたんは辞めるし 母さんも仲良くしてや」
と言うて 意識のない母が手をギュッと握り返してくれました。妹が話すと眠ってしまいましたがね

その日から 病院へ毎日毎日通い、回復も早く命は守られました
あんなにシツケに厳しかった 母が アグラを組みながら 食事し 人参不味いと投げ
口からごはんをぺっぺと吐くのです

行くたびに「遅いなにしてたんや!」と机の物をガシャン!と落とす投げる

一過性の物だとその時は診断されました。

退院後に快適に暮らせる様に
母の部屋に行くと「廃屋」の様になっていました
ゴミだらけ ペットの粗相だらけ

病院から帰って毎日掃除やゴミの処理
布団もベッドに買い替え

妹は仕事があるので。。

退院の日 妹の車に乗って 母が 家に来て
「こうやって生きて帰れて皆さんのお陰です」
あんな強気な母が玄関先で土下座して
涙を初めて見せた。

妹はそのまま帰り

快気祝いを近くのお店でやりました
凄い喜んでくれた

家を綺麗にしてあるからねと言うと
もう帰らんから!!なんか怒った感じ。

ま、退院したばかりだしと
家に案内。

うちは家族多いし部屋も狭い

TVをいつも見てるのを見ていたら、TVの前に座布団引いて寝る→TVうるさくてほ寝れん
今19時てすよ

まぁまぁね退院したばかりだし

コレが悪夢の始まり

朝から娘たちと共同で 減塩に、気を使い
ごはんを作るも 1口食べて「こんなん食べたらまた病気になる!」ご飯とオカズ1口だけ。

昼も夜も同じ

私たちは仕事柄、夜も遅い ご飯を4時に!?って
今まで母さんしてなかった

電話がなると ちょっと猫に餌やって来る
さっき上げたよ?
いや、ちゃんと見てくる

はい、嘘です  妹とお出かけするんです。

幼い時から私は母の愛なんて感じたことが無かった 栄養失調になり 失語症で身体中アザだらけ世間体が悪いからと学校に行けなかった。
学校の先生が不審に思って 私は卒業1週間前まで施設にいた。
何故か凄いおデブな妹は溺愛されていた

だから、今でも母にきつい事を平気で言う。

家での生活はだらしないから
帰りたいと漏らしていたらしく、私たちも限界が来ていた。
母さん?自分ちでゆっくりしたいなら
ごはん食べに来るだけでも良いし、糖尿病食を
毎日配達もあるんよって言った日から
ブスッとして帰り もう来なくなった

しばらくして様子がおかしいと妹から
LINE電話(大の大人がワンコールとかLINE電話て)
母さんを違う病院に連れて行った

アルツハイマーの初期と診断された
そこから24時間お構い無しの電話攻撃力の始まり
やっぱり初めはお金をあんたぬすんだやろ?
泥棒に入られた、詐欺にあったと大騒ぎ
仕事も抜けさせて貰って飛んで行ったよ

1日に何回も呼ばれる事もある
お前なんか育てたのが間違い
旦那に、死なれたのはおまえね前世が余程悪さしたんや?
お前は施設入れたとき、死んでたら良かったんや

こうゆう感じに毎日言われると
私の方も穏やかに出来ない日もある💦💦

こうゆう感じになり始め今年で4年目

そんな時に 弁護士から 財産の放棄の手紙が来たの びっくりしたし 凄くショックだった

私が放棄して、持ってる貸家、マンション、土地類全て妹に譲渡すると言う趣旨がズラズラと書いていた。

私は母さんのその為に
頑張った訳じゃない
そんな物は妹で良いねん

なんか凄くね 悲しい