人間は、目に見える、形のある物質的な身体に目に見えない霊魂「魂」が宿って、初めて動き出したり生命力が働きますね。
生まれる時は、子宮の中で精子と卵子の出会いからすでに生命と呼べるものになりますが、目にする事がないのであまり実感が湧きませんが、人が亡くなる時は、身体から魂が抜けていく瞬間が分かります。
先まで動いた人が、魂が身体から抜け出した瞬間に何も反応をしないばかりか、身体のすべての組織の動きも停止してしまいます。
ですので、私たちが人の「死」をもって身体と魂の合体によって「生」の存在を意識するんですね。
その「魂」どこから来てどこに行くのでしょうか。
多くの人が疑問に思っている事ですね。
しかし、そこは人間が関知領域を超える話になりますので、それぞれの宗教観で解釈されていきます。
洋画の中で、ションペンの主役の21gという映画があります。
21gは魂の重さだそうです。
興味のある方はご覧になってみてください。
以前私が読んだ本には、マサチューセッツの医師ダンカン・マクドゥーガルが魂の重さを量ろうと、臨終を迎えた患者のベットの重さを量ったら、亡くなる瞬間21g軽くなったと話ですが、それは嘘だとか怪しいなど賛否用論です。
それはさておき、魂がある事は確かな事で、魂を論じるのは精神世界につながる膨大な範囲になるので、少しずつ分かりやすいところから話していこうと思います。
魂があるから人間は喜怒哀楽の感情を持ちます。
誰もが感じる感性ですね。
しかし、その感性をどう持つかはそれぞれの「考え方」「感じ方」に分かれます。
少しずつ難しく複雑になってきますね。
それぞれの考え方や感じ方の根底には、環境の違いや教育の影響、さらには生い立ちなどが影響するからです。
原因はシンプルなのに解釈の仕方が複雑になるので、悩みが生まれます。
たとえば、隣近所に気に入らない人がいるとしましょう。
原因はその人と相性が悪いだけのことです。
相性が悪い人とは関わりも持たなければ済む事なので、なるべく会わないようにすれば良いです。
しかしここから、近所付き合いというのがあるから、良い人に思われたいから、子供同士の付き合いがあるから、嫌われたくないから、喧嘩になるのは困るなどなど様々な理由が生まれて「悩み」「ストレス」になるわけですね。
でも、本当にそうでしょうか?
その悩みやストレスは自分で作り上げた幻のようなものかも知れません。
案外相手は何とも思っていないかもしれないし、実は、あら、そうだったの?と気にも留めなかったかも知れません。
一人であれやこれや悩みの種として抱えてはいませんか?
それではあなたの魂が「健全な状態」ではありませんね。
魂を常に健全な状態に保つためには「行動」が必要です。
方法は、その人に「期待」をしない!事です。
良き隣人であって欲しいと期待をしない事。
自分の事を良い人だと思って欲しいと期待しない事。
仲良くなれると期待しない事。
所詮「他人」ですから、他人に甘い期待をする事がそもそもの間違いです。
そこで良いアドバイスになるのが、「禅」の教えですね。
禅の教えをシンプルに考えると「己を知る事」です。
人間の目は外に向かって見れるようになっているので、私たちはいつも外の環境で問題点を探します。
相手が、あれが、これが、誰が、なにが・・・・。
その目を自分の内側に向かせなさい、すべての原因がそこにある。と教えるのが禅の教えです。
悩みの種の原因を自分の中で探し出して、魂が健全な状態になるように考え方を正せば、気持ちが落ち着き自分のための人生を生きる事が出来ます。
一番大切なのは「あなたの人生」ですから。