1階のテナントにLOEWEが入ってる
円形の出窓がやたらと目立つこちらが
【Casa Lleó i Morera】です。
その昔 Rocamora と呼ばれたこの建物は
1864年に Joaquim Sitjas によって建てられました。
持ち主は Antoni Morera でしたが
姪の Francesca Morera i Ortiz の手に渡り
彼女が Lluís Domenéch i Muntaner に改装を依頼。
1902~1906年に改装。
先に変貌を経た【Casa Amatller】を見て
羨ましかったからだそうです。
1853年に貿易商の家系に生まれた Francisca は
Albert Lleó i Dubosch と結婚して
1873年10月29日に
息子 Albert Lleó i Morera を授かります。
1881年に離婚。
改装が終わる前の1904年に他界。
家は息子の手に渡ります。
息子の苗字が Lleó i Morera なので
この家の名前は “Casa Lleó i Morera” 。
Albert Lleó i Morera (1873-1929)
息子 Albert は
1902年にマドリッドで外科医になり
バルセロナに戻って
同じく Lluís Domenéch i Muntaner が
手掛けたサンパウ病院で医院長を務めます。
その一方で彼はまた
航空エンジンにも興味がありました。
1898年10月29日
ちょうど25歳の誕生日に
Olinta Puiguriguer i Palmarola と結婚。
3人の子どもを授かりますが
第2子は生まれて間も無くして他界。
彼は1929年12月22日に他界。
法律を学びながらも
父と同じく航空エンジンが好きだった
息子 Albert Lleó i Puiguriguer が
財産管理をすることになります。
そして1943年
La Sociedad Mercantil Bilbao という保険会社に
家を売却します。
その後も何度か持ち主は変わりますが
2006年に現在の持ち主
Grupo Núñez i Navarro に買収されます。
建物の入り口を入るとすぐに
素敵なエレベーターがお出迎えしてます。
見学は2階のみです。
広い玄関には
Eusebi Arnau i Mascort の彫刻が
息子 Albert は
1902年にマドリッドで外科医になり
バルセロナに戻って
同じく Lluís Domenéch i Muntaner が
手掛けたサンパウ病院で医院長を務めます。
その一方で彼はまた
航空エンジンにも興味がありました。
1898年10月29日
ちょうど25歳の誕生日に
Olinta Puiguriguer i Palmarola と結婚。
3人の子どもを授かりますが
第2子は生まれて間も無くして他界。
彼は1929年12月22日に他界。
法律を学びながらも
父と同じく航空エンジンが好きだった
息子 Albert Lleó i Puiguriguer が
財産管理をすることになります。
そして1943年
La Sociedad Mercantil Bilbao という保険会社に
家を売却します。
その後も何度か持ち主は変わりますが
2006年に現在の持ち主
Grupo Núñez i Navarro に買収されます。
建物の入り口を入るとすぐに
素敵なエレベーターがお出迎えしてます。
見学は2階のみです。
広い玄関には
Eusebi Arnau i Mascort の彫刻が
全てに扉の上にあります。
これらはカタルーニャの有名な歌
“La Dida del niño-rey” の歌詞の内容を
表してます。
(時計回りに見て行くと歌詞の順番)
この歌は
王様の子どもが生まれてすぐ
亡くなってしまったけど
乳母が神様にお願いしたら
戻って来たという歌。
Albert の第2子も生まれてすぐ
亡くなってしまったので
この歌には思い入れがあるのでしょう。
彫刻家 Eusebi は
モデルニスモには欠かせない人で
この Casa Lleó i Morera の外と内の彫刻
Casa Amatller
Palau de la música catalana
Hospital de Sant Pau
の彫刻も彼が手掛けました。
外観(ちょうどLOEWEのディズプレイ辺り)
には昔 Eusebi が作った
2人の女性の彫刻があったのですが
1943年に地下室と1階の改装の際に撤去。
(昔は地下室は写真スタジオでした)
現在2人の女性の彫刻の頭は
フィゲラスのダリ美術館にあります。
他には Morera = 桑の花 の彫刻や
20世紀の発明品
「電気」「電話」などの彫刻があります。
Eusebi Arnau i Mascort (1863-1933)
家の中は家具が1つも残ってないので
当時の生活感があまりありません。
でもそのお陰でわかることは
改装前からどこにどんな家具を置くか
決められてたということ。
家具が置かれてた場所だけ
壁のモザイク模様が違うからです。
中庭も見学することが出来ました。
中庭に出て建物を背後から見ると
全面ガラス張り。
当時全面ガラス張りの建物は
非常に珍しかったそうです。
Casa Amatller と Casa Batllò と比べると
多分この家が1番改装費が高かったのでは?
と思います。
1時間のガイドツアー15€
(スペイン語・カタルーニャ語・英語)
30分のガイドツアー12€
が行われてます。
www.casalleomorera.com
こちら⇧から事前に予約出来ます。
HPも窓口もカード払いのみです。
現金で払いたい方は
サンジョゼップ市場のすぐ近く
La Virreina (La Ramble 99)で買えます。
Lluís Domenéch i Muntaner といえば
カタルーニャ音楽堂やサンパウ病院が有名ですが
こちらも一見の価値ありです
これらはカタルーニャの有名な歌
“La Dida del niño-rey” の歌詞の内容を
表してます。
(時計回りに見て行くと歌詞の順番)
この歌は
王様の子どもが生まれてすぐ
亡くなってしまったけど
乳母が神様にお願いしたら
戻って来たという歌。
Albert の第2子も生まれてすぐ
亡くなってしまったので
この歌には思い入れがあるのでしょう。
彫刻家 Eusebi は
モデルニスモには欠かせない人で
この Casa Lleó i Morera の外と内の彫刻
Casa Amatller
Palau de la música catalana
Hospital de Sant Pau
の彫刻も彼が手掛けました。
外観(ちょうどLOEWEのディズプレイ辺り)
には昔 Eusebi が作った
2人の女性の彫刻があったのですが
1943年に地下室と1階の改装の際に撤去。
(昔は地下室は写真スタジオでした)
現在2人の女性の彫刻の頭は
フィゲラスのダリ美術館にあります。
他には Morera = 桑の花 の彫刻や
20世紀の発明品
「電気」「電話」などの彫刻があります。
Eusebi Arnau i Mascort (1863-1933)
家の中は家具が1つも残ってないので
当時の生活感があまりありません。
でもそのお陰でわかることは
改装前からどこにどんな家具を置くか
決められてたということ。
家具が置かれてた場所だけ
壁のモザイク模様が違うからです。
中庭も見学することが出来ました。
中庭に出て建物を背後から見ると
全面ガラス張り。
当時全面ガラス張りの建物は
非常に珍しかったそうです。
Casa Amatller と Casa Batllò と比べると
多分この家が1番改装費が高かったのでは?
と思います。
1時間のガイドツアー15€
(スペイン語・カタルーニャ語・英語)
30分のガイドツアー12€
が行われてます。
www.casalleomorera.com
こちら⇧から事前に予約出来ます。
HPも窓口もカード払いのみです。
現金で払いたい方は
サンジョゼップ市場のすぐ近く
La Virreina (La Ramble 99)で買えます。
Lluís Domenéch i Muntaner といえば
カタルーニャ音楽堂やサンパウ病院が有名ですが
こちらも一見の価値ありです













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