六道輪廻サバイバル

六道輪廻サバイバル

小説投稿用。腐向け注意。

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※学パロ【教師雲雀×生徒会長骸】



 下校時間を告げる校内放送を聞きながら各教室に生徒が残っていないか見回る。残っていれば声をかけ、下校を促した。校庭では運動部員が後片付けを始めているのか、先ほどまでの練習の掛け声ではなくガヤガヤと楽しそうな声が響いている。

 三階の、一年教室の見回りを終え、二階に降りる。この階には二年生の教室がずらりと並んでいる。一クラスずつ、教室内を確認しているとA組から女生徒の話声が聞こえてきた。開かれたドアから中を確認すると窓際の席で、二人の生徒が何やら覗き込みながら楽しそうに話し込んでいる。あれは、確か笹川京子と三浦ハルと言ったか。二人ともなかなかに可愛らしく、男子生徒からそれなりに人気の高い生徒だ。

 骸はコンコン、とドアを叩き自分の存在を知らせた。二人の女生徒はハッとして音の方を見やる。


 「あ、六道先輩


 骸の姿に気付いた三浦ハルが声を上げる。


 「もう下校時間はとっくに過ぎていますよ。暗くならないうちに帰りなさい」


 そう優しく声を掛ければ「は、はい!!」と慌てて帰り支度を始めた。

 最近では物騒な事件が増えている。変な事件に巻き込まれでもしたらこの学校の名に瑕がつく。まぁ、あの人がいる学校の生徒と知って手を出す人間もそうそういないが。骸は学校どころか並盛の町全体を裏で牛耳る「並盛最強の守護者」と恐れられる男の顔を思い浮かべた。あの人に逆らえる人間など、この町にいるのだろうかそう考えながら、教室の開いた窓の戸締りをする。

 その時、バサリと何かが落ちる音がした。振り返ると一冊の少女漫画コミックスだ。


 「あ!!


 二人は、しまったという顔をする。骸はその本を拾い上げ、パラパラとページを捲った。それはとても在り来たりな恋愛漫画。可愛らしい女子生徒とイケメン教師が禁断の恋に落ちる、という内容のようだ。生徒を好きになる、教師に恋をする。泣いて、悩んで、別れる覚悟をして、それでも最後は結ばれてハッピーエンド。何とも陳腐で自己満足的な恋愛模様だ。


 「あ、あの…」


 笹川京子がおずおずと声をかける。骸は冷めた気持ちでパラ読みしていた漫画本から目を上げた。ああ、そうだ。これは彼女らの私物だった。返そうと思ったところで三浦ハルがキラキラした瞳で興奮気味に話しかけてきた。


 「六道先輩も恋愛漫画に興味あるんですか!?


 「は


 唐突な質問に間抜けな声が出る。そんな骸にお構いなしに彼女はうっとりと語り始めた。


 「素敵ですよねぇ。生徒と教師の禁断の愛スリルとロマンスで胸キュンですぅ!!


 両手を胸の前で組んで、明後日の方を眺めながら幻想を語り始める。笹川京子をちらりと見やれば三浦ハルに同意するようにうんうんと頷いていた。骸は若干引き攣った笑みを浮かべて会話を切り上げるタイミングを計る。会話と言っても二人、主に三浦ハルが一方的に喋っているだけだが。


 「なんならこの本お貸ししますよ


 「え


 「読み切りだからすぐ読めちゃうよね」


 「ハイ続編が読みたくなるくらい素敵なお話ですよ!?


 二人の勢いに気圧されそうになりながらも骸は自分を取り戻す。


 「いえ、結構です。それより、漫画本の持ち込みは禁止されています。雲雀先生に見つかると没収されて返って来ませんよ」


 断わるついでに注意を促せば二人は一瞬で顔色を変えた。



 「そうでした!!没収はイヤです


 「雲雀先生、厳しいもんね」


 「です!!


 雲雀、とはこの学校の国語科担当にして生活指導と学年主任を担う教師のことだ。端正な顔立ちとすらっとした体躯で女子生徒に人気だ。だが、見た目に反してとても風紀に厳しく校長ですら頭が上がらないという。女生徒からは憧れと畏怖を、男子生徒からは完全に恐怖の対象として見られている存在だ。


 「今回は見逃してあげます。雲雀先生にも黙っておきますから、早く帰りなさい」


 骸がそういうと、二人はぱっと笑顔になり揃って頭を下げた。


 「「ありがとうございます!!」」


 声をそろえて礼を言うと、骸から漫画本を受け取りカバンにしまう。そうして帰り支度が整うと「さようなら」と挨拶をして教室を出て行った。二人の帰宅と教室内の戸締りを確認すると電気を消して次の教室へ向かう。二階の見回りが終われば次は一階。夕日がだんだん傾いてきていつの間にか廊下が薄暗くなっていた。骸は、全ての教室の見回りが終わると生徒会室へ向かう。今日の分の仕事は終わっているので、自分も荷物を纏めて戸締り確認をした後に生徒会室を出た。

 次に向かう先は、誰も好んで近寄らない応接室。教室棟から見えた特別室棟の一角、応接室があるそこには明かりが灯っていたから、きっとあの人もまだ残っているだろう。


 長い廊下を歩いて辿り着いた扉の前。コンコンコン、とノックをすると中から「どうぞ」と低いけれどよく通る声が聞こえた。


 「失礼します」


 中に声をかけ扉を開く。室内では学年主任の雲雀恭弥が忙しなく書類整理の仕事をしていた。


 「お疲れ様です、雲雀先生」


 骸は雲雀の仕事の邪魔にならないように扉付近に控える。


 「もう少しで終わるから、ちょっと待ってて」


 「はい」


 返事をすれば、雲雀はちらりと視線を上げる。そしてすぐに書類に目を戻した。


 「そんなとこに立ってないで、座ってなよ」


 書類から目を離さずに言う。


 「はい」


 骸は言われたとおりに、応接セットのソファの端に腰を下ろした。無言の時間。カチカチカチ、と時計の秒針が時を刻む音と、パラパラと雲雀が書類を捲る音以外は何も聞こえない空間。だが骸にはちっとも苦ではない。放課後はいつもこうやって雲雀の仕事が終わるのを待っているから、すっかり慣れてしまった。


 静かな空間で考えるのはいつも雲雀との関係の事。ただの生徒と教師、ではない。先ほど二年の女生徒たちが読んでいた漫画の主人公のような背徳的で反社会的な関係だ。あの漫画と違うことと言えば、雲雀も自分も男で、誰からも祝福されないということ。誰にも打ち明けることは出来ない、故に悩みごとの相談相手などいようはずもない。

 だが、骸が悩む暇もないほどに雲雀恭弥は真っ直ぐな想いで骸を愛した。他を寄せ付けない圧倒的な強さと存在感は骸を、ひいては骸との関係を守るのに十分な力を持っていた。


 暗くなっていく窓の外をぼんやりと眺めていると、トントンと紙束を机に叩きつける音がした。雲雀に視線を戻せば、書類をバサリと机に置いてグッと両腕を天井に伸ばして伸びをしていた。


 「終わりましたかお疲れ様です」


 骸が声を掛ければ、「うん」と短い返事が返ってくる。

 書類の量と現時刻を確認すれば、いつもよりかなり早く終わったようだ。普段なら、八時を過ぎることは普通だし、遅い時は十時過ぎまで仕事をしているときがある。勿論そんなんときは、骸は先に帰ったりもするが今日は一緒に帰ろうと言われていたのだ。


 「随分急いでいたようですね。何か用事があったんですか


 「うん、ちょっとね。予約があって」


 予約。その言葉に骸は少し不安になる。それなら自分はいない方が良かったのではないか。そんなことを考えている間に、雲雀はさっさと帰り支度を終わらせていた。


 「帰るよ」


 雲雀に声を掛けられて慌てて立ち上がる。応接室を出て足早に玄関に向かう雲雀の後を、不思議に思いながら追う。今日はずいぶん時間を気にしているようだ。予約、と言っていたし大切な用事なのだろうか。

 生徒用玄関の前で別れる時、雲雀は小さな声で言った。


 「裏門の方に車を回すから、そこで待っておいで」


 骸の頭を一撫ですると、雲雀は教員用玄関へ向かった。骸は言われたとおりに裏門の人目に付かないところで雲雀を待った。数分して車のエンジン音が近づいて来る。骸の近くに横付けすると運転席の雲雀が腕を伸ばし助手席のドアを開ける。


 「乗って」


 「失礼します」


 骸が乗り込んでシートベルトを付けたのを確認すると、車はゆっくりと走り出した。雲雀の住まうマンションへ向かういつもと同じ道すがら、いつもなら寄らない小洒落たショップの駐車場へと入っていく。この店は、来たことがない。何の店だろうと思っているとエンジンを止めた雲雀がドアを開けながら言う。


 「直ぐに戻って来るから、ちょっと待ってて」


 骸は素直に頷くと、店内に消えていく黒い背中を見送った。ものの数分で戻ってきた雲雀は、手に持っていた四角い箱を骸の膝に乗せる。


 「あの…


 「家に着くまで持ってて。落としたり、傾けたりしちゃダメだよ」


 言いながら、シートベルトを締めてすぐに車を発進させた。十分ほど走らせると見覚えのある高級マンションが見えてくる。地下駐車場に車を止めてエレベーターで上層部へ向かう。一介の教師が住めるほど安くはないマンションの最上階のワンフロア。雲雀はそこを貸し切って一人で住んでいる。人嫌いで、群れることが大嫌いな彼は、他人が自分の領域に入ることを一切許さない。


 暗証番号と指紋認証でドアロックを解除してフロア内に入る。骸は雲雀の領域に入ることを許された数少ない人間の一人だ。他にも雲雀の昔馴染みの部下と、謎の赤ん坊が訪問を許されているらしい。

 雲雀が主に居住区として使っている部屋の前にたどり着く。ドアを開けて骸を迎え入れると、雲雀はスタスタとリビングへ向かう。骸は「お邪魔します」と小さく呟き彼の後を追った。

 リビングのローテーブルの上にずっと持たされていた四角い箱を置き、視線だけで室内を探る。ここには何度か来たことがあるが、相変わらず物が少なく殺風景部屋だ。


 骸はそっと、密かに定位置にしているソファの角に座る。ここはリビングと一繋ぎになっているシステムキッチンが良く見えるのだ。つまり、キッチンに立つ雲雀の姿もよく見えるということ。

 雲雀は二人分のマグカップを持ってくるとテーブルの上に置く。一つは骸の前にミルクココアを、もう一つは自分の分のブラックコーヒーだろう。

 「着替えてくる」と言って別室に向かった彼は、いつも学校で見ているスーツ姿ではなく、滅多にお目にかかれない私服姿で戻ってきた。黒を基調としたシャツとジーンズはシンプルだが、雲雀に良く似合っている。

 雲雀は骸の隣に座るとマグカップに口をつける。そして、テーブルに置かれた四角い箱を指さして言った。


 「開けないの


 骸は箱と雲雀を交互に見やり「開けていいんですか」と尋ねた。


 「いいよ。君のために買ったんだから」


 自分のため。そういわれてしまえば、骸もワクワクとした気持ちで箱を開ける。形状からして、中身の予想は付いていた。きっと自分の大好物だ。

 そっと箱のを開けて中身を取り出すと、案の定ホールのチョコレートケーキが鎮座していた。

 光沢のあるチョコソースの上にラズベリーやイチゴ、チョコ細工に金箔まで乗っている。そして一番目立つチョコプレートにはホワイトチョコで書かれた「HAPPY BIRTHDAY MUKURO」の文字。


 「今日が誕生日でしょ


 ソファの背もたれに左腕をおいて、マグカップに口をつけながら言う。


 「知ってたんですか」


 「当たり前でしょ。僕を誰だと思ってるのさ」


 そうだ。彼は骸の通う中学校の国語科担当の教師で、生活指導も担う学年主任。骸の生年月日など調べるまでもなく手元の書類にあるはずなのだ。


 雲雀とこんな関係になったのは中学二年の秋。九月の初め頃だ。不運にも不良に絡まれ返り討ちにしていたところを学年主任の雲雀恭弥に見られたのだ。学校では優等生で通っていた骸はマズイと焦ったが、なぜか雲雀は骸の強さを気に入り、このことを学校側には内密にする代わりに自分と付き合えと脅迫してきた。最初こそ驚き、生徒を脅迫する教師に嫌悪を抱いたが、生徒たちに厳しく接する反面時折骸に見せる優しさにいつしか惹かれていた。教師と生徒という一線を超えてしまったのは三年に進級した四月の桜の時期だ。

 身体はまだ繋いでいない。でもキスはする。雲雀マンションにこっそり泊まり、一緒の布団で寝ることもある。

 以前、自分を抱くつもりなのかと聞いたことがある。その時、雲雀はこういった。


 『骸がもっと大人になったら、その時は君のすべてを貰うよ』


 大人。その時が今日、また一歩近づいた。雲雀にとって大人と子供の境界線がどこなのかは分からないが、恐らく今はまだその時ではないのだろう。

 覚悟はしているつもりだが、なんだか少しだけ怖くなってしまった。そんな骸の心境を知ってか知らずか、雲雀は愛しい教え子の頭を撫でるとそっと胸元に引き寄せた。


 「誕生日おめでとう、骸。君が大人になる日を心待ちにしているよ」


 ビクリと小さく震えた肩を感じて、口元だけで笑う。この少年は恐らく、ずっと自分を楽しませてくれるだろう。きっと、この先何年も。


 持っていたマグカップをテーブルに置き、俯きがちな骸の顎を掬う。心なしか赤く染まった頬は先の言葉への反応か、これから施される戯れへの期待か。

 もてる愛情のすべてを込めて、目の前の薄い桜色の口唇に口付けを贈った。




 早く大人になって、そのすべてを僕に捧げてね。

【三日月と】

 

「主よ、何を見ておるのだ

「月が…先程まで出ていたのですが。雲に隠れてしまいましたね」

「今宵は三日月だったか」

「ええ」

「ならば俺を見ていればよい」

「俺は主だけの三日月だ。届かぬ空の月を眺めるより、触れられる俺だけを見ていれば良かろう

 

 

【三日月、小狐丸、フランと】

 

「今日はスーパームーンですね」

「すーぱーむーん、とな

「月が地球の一番近くまで来るんです。だから普段より大きな満月が見れますよ」

「ははは。月ならばこの三日月を見ていればよい。退屈はさせぬぞ

「しれっとししょーを口説いてますよ、このじじぃ」

「こやつの面倒など見る必要はありませんよ、ぬしさま」

 

 

【雲雀vs小狐丸】

 

「お主、ぬしさまに何をしておる

「あなたには関係ないよ。これは僕と骸の問題だ」

「ぬしさまに怪我を負わすなど言語道断この小狐が噛み殺してくれるわ、小童が!!

「それはこっちの台詞だよ。僕の獲物に手を出す躾のなっていない ペット は、例え神や仏であろうとも咬み殺す

 

 

【薬研と】

 

「大将は意外と不器用なんだなぁ」

「僕は器用ですよ」

「ま、こういうことは俺っちに任せな。細かい仕事は得意なんね」

「頼りになりますね。どっかの駄犬と違って」

「ははは。まぁ、そう言いなさんな。あのお人も大将の役に立ちたいのさ」

「クフフ、まるで大人のようですね。惚れそうです」

「ん惚れてもいいんだぜ大将なら大歓迎だ」

「……マセガキ」

「あっはっは見た目がガキなだけで年齢的には俺の方がずっと年上だからな」

 

 

【鶴丸と】

 

「なぁ、主。もし君が死ぬときは俺も一緒に埋めちゃぁくれないか

「はい

「主は俺にたくさんの驚きをくれた。それこそ俺なんかが想像もできないような驚きをな」

「……」

「刀であった時分では分からなかった楽しいこと、面白いこと、悲しいこと。笑ったり、泣いたり、怒ったり。人の姿じゃなきゃできないたくさんの驚きを、主は教えてくれた。

 だから、主がいなくなった世界なんて考えられないし、考えたくもなくてな。

 きっとそんな世界は退屈過ぎて死んでいく。心がな。心が死んでしまったら人としても死んだも同然だろう

 だからな、主が逝く時は俺も連れてってくれないか俺を主と同じ墓に埋めてくれ。もう誰も掘り起こしたりしないように…」

「……生憎ですが、僕は墓に入れるような綺麗な死に方はしません。こんな裏世界に生きていますからね。まっとうに死ねるとも思っていません」

「それでも、最期の時まで主といたいんだ。いっそのこと、折ってくれても構わないさ。そうすれば俺を手に入れるために墓を暴こうとする不届き者も現れないだろう」

「……」

「俺は刀だから、折れない限りずっと在り続ける。千年もの間、持ち主を変え、場所を変え転々としてきたが例えどんな人物であっても主との別れはツラいもんだ」

「僕は、例え死んだとしてもあなたを連れて逝く気はありません」

「………そうか」

「死んだところで、どうせまた廻るだけ」

「姿形は変われども魂源は変わらない。この六道眼がある限り僕は何度だって、舞い戻ってきますよ」

「主

「主人を変えたくなければ、僕が死んだ後も現世に留まり待ち続けなさい」

「待ち続ければ、また主が俺の前に現れるってぇのかい

「ええ」

「ははっ。そいつぁ驚きだぜ死人が蘇るとでも一体どんな手品を見せてくれるんだ

「死んだ人間が蘇るなんてありませんよ。ただ廻るだけだ。あなたが望むなら何度でも生まれ変わって、またあなたの主になりましょう」

「生まれ変わりだと本気で言ってるのか

「ええ、本気です」

「だが、生まれ変わったところで前世の記憶を、俺のことを忘れてるかもしれないだろ

「忘れませんよ。この眼がある限りはね」

「本当か…

「クフフ、疑り深いですね。なら、僕があなたの刃生で一番の驚きを与えましょう、鶴丸国永」

「ああ…主がいると本当に退屈せずに済みそうだ」

 
 
 ふうわり、と暖かい風が頬を撫でる。空を仰げば、眩しい陽の光に手を翳して目を細めた。
 視界を埋め尽くすのは薄青に澄んだ空と、美しく咲き誇る桜の木々。
 風に散る薄紅の花びらが何とも幻想的で美しい。

 「骸、その荷物持ってきて」

 舞い散る桜に見惚れていると、室内の荷物を整理していた雲雀が顔を出した。骸は手にしていた紙袋を抱え直すと縁側に立つ雲雀に差し出す。

 「立派な樹ですね」

 「…?あぁ、桜?」

 少し首を傾げた後、骸が見ていた先に視線をやり彼が何を指して言ったのか理解する。荷物を受け取りながら一際大きな桜の木を見上げれば、風に煽られてザッと花びら舞い上がった。

 「うちで一番大きな桜だよ。僕の曾祖父が生まれる前からあるらしい」

 樹齢百年を超える立派な桜は毎年美しい花を咲かせ庭を華やかに彩る。
 幼いころから強いものにしか興味を示さなかった雲雀だが、四季折々の顔を見せる自然の美しさは好きだった。その中でも桜は一等好きな部類である、はずだった。この男に会うまでは。
 桜クラ病なんてとんちきな病を利用されて骸との闘いに敗因を喫したことが原因で、一時期桜を疎ましく思っていたが、それももう随分と昔のことだ。

 「折角だし、ここでお茶にしませんか?」

 懐かしい記憶に沈んでいると、縁側に腰を下ろした骸が傍らに立つ雲雀を見上げる。雲雀は飽きれたように溜息を吐いたが、特に文句を言うでもなく骸から受け取った紙袋をガサガサと漁った。中から新聞紙に包まれた物を一つ取り出し骸に渡す。

 「お茶にしたいなら手伝いなよ」

 「……?」

 新聞紙包みを眺めて首を傾げる骸に、雲雀は続ける。

 「買った食器の、陶器製の物は一度煮沸させるんだよ。30分以上煮沸させた後、自然に冷まさなきゃいけない」

 「ああ、聞いたことがあります。器の強度を高めるんでしたっけ?」

 「そう。少し片付けてお茶の準備をしてる間に30分は経つだろうし、お茶が終わる頃には冷めてるだろうからね」

 「僕、日本茶より紅茶派ですけど、恭弥が煎れた日本茶は好きですよ」

 新聞紙から湯呑を取り出して、クフフと笑う。淡い水色で描かれた桜柄の湯飲み。何となく惹かれて買ったものだ。
 靴を脱いで縁側に上がると、雲雀について台所に行きお茶の準備をする。

 「骸はさっきの部屋を片付けてて。あのままじゃ落ち着いてお茶も飲めやしない」

 雲雀が住まう屋敷で骸が使うことになった一室は、新しく買った家具や雑貨が散乱していて足の踏み場もない。元々、一所に留まることを好まない骸の荷物は、然程多くもないのだが、雲雀の屋敷に住むことになった時、必要最低限の一式を揃えることにした。それは、骸が雲雀の許に必ず帰って来るという確かな証とするため。

 「分かりました。ではこちらはお願いします」

 「うん」

 雲雀の言葉にこくりと頷き、骸は台所を後にする。どこか浮足立ったように足取りは軽く、思わず鼻歌でも歌ってしまいそうだ。
 室内の荷物を、衣類や小物など大雑把に分けてそれらを収納する家具の近くに置く。広々とした和室は骸の趣味ではないが、日本の伝統は好きだ。
 開け放たれた障子の向こうに広がる見事な庭の景観に、感嘆を吐く。
 暖かな春風が桜を散らし、長く伸びた骸の濃紺の髪を揺らした。これから始まる、雲雀との新しい生活に期待7割り、不安3割り。
 きっと衝突が多いだろうことはこの10年間で嫌というほど学んできている。それでも一緒に、と彼が望んでくれたから骸はその手を取ったのだ。

 キシキシと廊下の床板がきしむ微かな音に交じって、カチャカチャと茶器の擦れる音が聞こえてくる。
 雲雀が手ずから煎れてくれるであろう日本茶に、頬が緩むのを抑えられない。きっと自分にだけ与えられた特権なのだ。
 この美しい庭で、これまた美しく咲き誇る桜を見ながら飲むお茶はきっととても美味しいのだろう。

 雲雀が住まうこの屋敷で、骸は毎年桜と暮らす。



4月1日 骸ワンライ お題【新生活/桜】
 どうしてこうも毎回毎回問題事が舞い込んでくるのか。雲雀は自分の右側に目を向ける。肩下でぴこぴこと動くのは藍色の房。見覚えのある頭。見上げてくる双色はすぐに、ふいと反らされる。
 問題の出所はたいてい沢田綱吉とその取り巻きたちだが、今回も例に漏れず彼らが発端だった。校内に紛れ込んだ牛柄の服を着た子供。赤ん坊にちょっかいをかけて返り討ちにあったと、沢田綱吉が言っていた。

 泣き喚き、いつものようにもじゃもじゃの頭からあれこれ出したランボは、返り討ちにあった際に故障してしまった十年バズーカを発射。不規則に軌道を変える弾は、リボーンに呼び出され居合わせていた骸に不運にも被弾してしまった。
 モクモクと立ち込める煙の向こうに現れたのは十年後の六道骸、ではなく十歳前後の子供姿になった彼だった。
 午後の授業が始まる数分前にバタバタと騒がしく応接室にやってきた綱吉は経緯を簡単に説明すると、子供に戻った骸を雲雀に預けて教室に戻ってしまった。反論する余地も与えず慌ただしく去っていった綱吉と、取り残された幼い骸、苛立ちに不機嫌になる雲雀。自分には関係ないと、一人応接室に戻ろうと踵を返すが入室する前にチラリと骸を見やれば、雲雀に見向きもせずに綱吉が走り去った廊下の先を見ていた。

 「ねぇ。そんなとこに部外者が立ってると迷惑なんだけど」

 冷たく声をかければ漸く雲雀を仰ぎ見る骸。そして大人しく雲雀の後に続いて応接室に入っていった。

 静かな室内には時計の音と雲雀が書類にペンを走らせる音、紙をめくる音だけが聞こえる。ともすれば、雲雀以外には誰もいないのではないかと錯覚するほど静かな空間。
 だが、応接ソファに座る彼の隣には確かに六道骸が存在している。時折、黄色い小鳥が彼の周囲を旋回しては雲雀の頭に着地するを繰り返した。元は黒曜にいた小鳥だから、骸の存在が気になるのだろう。

 それにしても、子供の頃の骸はこんなにも大人しいのか。横目でチラリと確認すれば、あらぬ方向をただぼんやりと眺める姿が目に入る。雲雀の傍から離れることはせず、だが目を合わせることもない。今の彼とは似つかない性格だ。それとも、これも他人を騙すための演技なのだろうか。
 始終無口な骸に違和感を覚え始めた頃、ヒバードが彼の肩に飛び移りその名を囀った。

 「ムクロ、ムクロ」

 骸は驚いたようにヒバードを見やる。

 「しゃべった…」

 ポツリと小さく呟かれた声。それを聞いて雲雀も同じ感想を抱く。

 —喋った。

 無口だった小さな骸。どうやら話すことはできるようだ。壮絶な過去を持つ彼。人は大きな精神的ショックを受けると言葉を話せなくなることがあるという。この幼子も、もしかしたらそうなのかもしれない、と思っていたがそうではないようだ。

 「ムクロ、チイサイ、ナッタ」

 「僕は小さくは…」

 「ムクロ、チイサイ!」

 「……」

 「ムクロ、チッ!?」

 チイサイ、チイサイと囀るヒバードの嘴をパシッと細い指先で摘まむ。いきなり口を塞がれたヒバードは驚いて小さな翼を羽ばたかせ、その手から逃れた。フラフラと室内を飛び回り雲雀の左肩に落ち着いた小鳥は骸から隠れるように体を丸める。

 「いじめないでね」

 一部始終を見ていた雲雀は骸の頭にポンと手を起き諌めた。ビクリと肩を揺らした骸は体を固くして雲雀を見上げる。その瞳に映る感情は複雑な色をしているように思えた。驚いているのか、喜んでいるのか、はたまた怯えか。
 判断しかねて様子を窺うも、直ぐにまた視線はそれてしまう。反応の薄い骸を眺めていても時間が無駄にすぎるだけ。そう思い、書類整理を続けようと机上に手を伸ばせば、クンと袖を引っ張られる感覚。目を向ければ雲雀のシャツを遠慮がちに掴む小さな手。小動物といるような感覚を覚えるが、これでは仕事が進まない。今日中に終わらせなきゃいけないものもいくつかあるのに。
 だが、この手を払ってしまうのは惜しい気がした。少し悩んで骸の手を取る。

 「掴むならこっちにして」

 そう言って羽織っている学ランの袖を握らせた。骸は大人しく従い、その間に雲雀は書類整理を再開する。再び紙を捲る音とペンを走らせる音だけが空間を支配するが、今度はしっかりと感じる骸の気配。何が楽しいのか、学ランの袖を軽く握ったり引っ張ったり、袖口のボタンをじっと見つめたり。時折ヒバードを構ったりもしている。

 そんな静かな時間も過ぎ、いつの間にか授業終了を告げるチャイムが校舎内に響く。もうそんな時間か、と顔を上げて凝りを解すように首を回した。骸は、やはり退屈だったのかうとうとと舟を漕いでいたが、雲雀が動くとハッとして姿勢を正す。別に眠いなら寝ていても構わないのに。そう思っても口には出さないから骸にも伝わらない。

 バタバタと廊下を走る音がして、慌ただしくノック音がしたかと思えば、返事をする前にドアが開く。

 「ヒバリさん!骸は戻りましたか!?」

 「五月蝿い。戻ってない」

 血相変えて入ってきた綱吉に、冷たく言い放つ。綱吉は骸を確認すると大きな溜め息を吐いてしゃがみ込んだ。

 「はぁ~~…そっか…。多分、もう直ぐジャンニーニが十年バズーカを直して戻ってくると思うんですが…」

 問題はその間、骸をどうするかだ。いつまでも雲雀に預けておくわけにはいかないが、沢田家に連れ帰っていいものかどうか。黒曜に引き渡そうにも、こんな姿の骸を見せたら何を言われるか分からない。
 暫くうんうん悩んだ末に、漸く結論を絞り込んだ。

 「骸、取り敢えず俺んちに行こうか」

 自分の家にいればリボーンもいるし、予想外の事態が起こっても早急に対処できるだろう。予想外の事態の原因がほぼリボーンにあるのだが。
 一緒に行こう、と手をさしのべたのだが骸の小さな手は綱吉の手を握り返すことはなく、それどころか雲雀の学ランを握り締めて放そうとしない。

 「ねぇ、迎えが来たなら行きなよ」

 促されても骸は離れず、雲雀は面倒臭そうに溜め息を吐いた。先程まで殆ど会話もなく、友好的な態度でもなかったのに何故か懐かれてしまったらしい。

 「えっと……」

 これにはさすがの綱吉も驚いたようで、困った顔で雲雀と骸を交互に見ている。
 何がどうなって骸が雲雀に懐いたのか、綱吉には皆目見当も付かない。相変わらず骸は何も話さないし、視線も合わない。ただ、学ランをしかと掴んだ小さな手だけが彼の意志を示していた。
 どうすべきか狼狽える綱吉の後ろから小さな影が顔を出す。

 「骸を手懐けるとは。ヒバリはブリーダーに向いてるかもしんねぇな」

 「リボーン!そんなこと言ってる場合かよ!」

 全ての元凶とも言える黒衣の赤ん坊は、綱吉に何を言われても飄々とした態度を崩さない。

 「とは言え、骸はツナじゃなくヒバリを選んだんだ。本人の意思を尊重してやるべきだろう」

 それはもっともだ。もっともだからこそ、何かを企んでいるようにしか思えない。

 「そう言うわけだ。ジャンニーニが十年バズーカを直して戻ってくるまでの間、骸を預かっててくれ、ヒバリ」

 「リボーン!?」

 「何で僕が…」

 「行くぞ、ツナ」

 「え?あだだだだっ!?引っ張るなよ!!」

 反論しようとした雲雀の言葉はみなまで聞かず、綱吉を引き摺って応接室を出て行ってしまった。残された雲雀は骸を見る。骸も雲雀を見上げたが、やはりすぐに目を反らされてしまった。それでも学ランは相変わらず離さないまま。
 雲雀は溜め息を吐いて腕を組む。面倒事を押し付けられイライラするも、こんな子供の骸に八つ当たりする気にはなれない。元に戻ったら気が済むまで戦闘に付き合って貰おう。そう考えて、あとは骸の好きにさせた。ただいるだけで害はないなら、放っておいても問題ないだろう。

  何とはなしに目を向けた窓の外では、夜に急かされるようにして太陽が沈んでいく。冬も程近いこの季節は日暮れも早い。
 だんだんと地平線に沈んでいく太陽を見ていると、ふいに右側に重みを感じた。驚いて振り向けば、何時の間にか眠ってしまったらしい骸が雲雀に寄りかかっている。無防備なその姿はどこにでもいる子供と同じで何とも言えない気持ちになった。

 —この子供は、本当にあの六道骸なのだろうか。

 そんな疑念を抱いたが、心地良さげな寝息につられて、ふあっとあくびが一つ。隣の気配に意識を向けながら、そっと瞼を閉じた。次に目を開けたとき、この温もりはここに在るのだろうか。そんな、らしくもないことを思いながら。




 「ヒバリさんと骸、大丈夫かな?」

 応接室に置いてきた二人を思い浮かべて、綱吉は憂鬱な気分になる。いくら雲雀とはいえ、子供の骸にまで手を出すとは思わないが…。心配にはなる。

 「骸が戻った時、あの二人の関係がどう変わってるか、見物だな」

 綱吉の心配をよそにリボーンは心底楽しそうな笑みを浮かべた。それを見た綱吉は顔をひきつらせる。あのリボーンが、何も企んでいないわけがなかった。

 —どうか何事もなく今日が終わりますように!

 山裾に消え行く真っ赤な太陽に、明日の我が身の無事を願わずにはいられなかった。
 空に輝く星々の中に細く鋭い光を放つ三日月が浮かぶ。あと幾日もすればその鋭ささえ闇に沈む新月がやってくる。骸は新月の夜が好きだ。暗い闇は己の内に似ている。内包する黒い淀みを覆い隠し、骸自身すらをも周囲と同化させる。

 —朔月夜が待ち遠しい。

 空の月を眺めながら足取り軽く歩を進める。
 窓から覗き見た三日月が余りにも美しかったので、ふらりと部屋を後にして黒曜ランドの周囲をブラブラと散歩していた。雑草が生い茂る裏門まで周り、何があるわけでもない暗闇の向こうに目を向ける。
 シン、と静まり返った深夜。昼間でも交通量の少ない黒曜ランド周辺は夜になると虫の声や風などの自然の音しか聞こえなくなる。
 ふと見上げた三日月に目を奪われているとふいに後ろから声をかけられた。

 「今宵は美しい月だな」

 驚いて、バッと振り向いた先には一人の男が立っていた。人の気配などなかった。こんなに近付かれても気付かなかったなんて。

 「誰です?」

 警戒心も露わに問い掛ければ、闇の中から暢気な笑い声と草を踏む音が聞こえた。

 「ははは。これは驚かせてすまない。少々、道に迷ったようでな」

 決して明るくはない月光に照らされて映し出されたのは、何とも不思議な雰囲気漂う美青年だった。年の頃は二十代半ばだろうか。白い貌(かんばせ)に柔和な笑みを乗せゆったりと近付いてくる。
 夜の僅かな光源のもとに浮かび上がった男の風貌は現代社会には似付かわしくない。暗くてはっきりとは識別できないが青みがかった狩衣を着ている。背丈は骸よりほんの少し高い。柔らかな笑みを浮かべた目許は蒼く、チラリと三日月のような虹彩が見えた。

 「俺は三日月宗近。天下五剣の一つだ」

 —……は?テンカゴケンって何だ?

 混乱する骸をよそに、男は悠々と言葉を続ける。

 「十一世紀末に生まれた。まぁようするに、ただのじじいさ」

 —…十一世紀って、今が何世紀だと思ってるんだ。

 骸は男の発言が全く理解できない。何で十世紀も前の人間がここにいるのだ?十年バズーカのような物の仕業だろうか?十世紀バズーカ?そんなものあってたまるか。そもそも十世紀前の誰と入れ替わると言うのだ。ならば幽霊か?そう言えば気配もなく背後にいた。
 脳をフル回転させた結果、

 「意味が分かりませんね」

 バッサリと切り捨てた。
 そして怪しさマックスの男を警戒を更に強めて睨み付ける。鋭く言い放つも男は、はははと暢気に笑うだけ。

 「取り敢えず、ここがどこか教えて貰えるか?俺は夜目が利かなくてな、自分のいる場所すらサッパリだ」

 辺りをきょろきょろと眺めながら尋ねて来るものだから脱力する。目が合えばにっこりと微笑まれますます力が抜けそうだ。一体どこから迷い込んだのか、のんびりとした男からは道に迷って焦った様子など一切伺えない。

 「ここは黒曜町の黒曜ヘルシーランドです。あなた、一体どこから来たんですか?」

 着ている衣装もおかしいが、言ってることはもっとおかしい。そして、視界の端にチラリと入り込む、男の腰に差された太刀に嫌な予感がしてならない。
 「はて?どこから来たのだったか?気付いたらここにいたから、分からん」

 のほほん、という表現がぴったりな笑顔で告げられて骸は頭を抱えたくなった。本人が言うとおり本当に老人であるなら、これは確実にアルツハイマーを発症しているだろう。生まれた年代が明らかにおかしいが。
 取り敢えず、黒曜ランドの表門まで連れて行ったほうがいいだろうか。通りに出れば持ち主…いや、帰るべき場所を思い出すかもしれない。なるべく関わりたくはない。

 「分かりました、では外の通りまで送りますので付いて来てください」

 複合娯楽施設だった黒曜ランドは敷地が広い。しかも荒れ果てているため初めて来た人間であれば確かに道にも迷うだろう。おまけに今は夜中だ。
 荒れ果てた施設に、夜中に迷い込む青年にしか見えない老人の方がよほど怪しいが。
 所々割れたタイルの隙間から雑草が伸びている遊歩道を、後ろの気配を探りながらあるく。ちゃんと付いてきているようだと前に意識を向けるとガッ、ズザザ、と後ろから嫌な音がした。このまま知らぬ振りをして立ち去りたいと思いながらも振り返れば、男が俯せで倒れている。

 「何してるんですか」

 転んだのだろう。分かってはいても訊ねずにはいられない。

 「ははは。躓いてしまった」

 むくりと起き上がり着物の汚れを払い落とす。何に躓いたのだろう?先を歩いていた骸には遊歩道に躓く要素などなかったのに。男の足元を見てみても何も落ちていない。よくよく目を凝らせばうっすらとした月明かりの中浮かび上がるのは、歩道に敷き詰められたらタイルとタイルの間のちょっとした段差。

 —まさか、この段差に躓いたのか?

 「こう暗いと、足下も見えなくていかんな」

 のんきに笑いながら述べる男に、骸の顔は引きつる。夜目が利かないと言っていたが、鳥目にも程があるだろう。それとも老眼も発症しているのか?こんなに若く見えるのに。
 その後もあっちにフラフラ、そっちにフラフラ。歩道から外れては藪の中を突き進もうとしたり、黒曜ランドの外壁や近くの木々にぶつかったり。正門側に辿り着くのにかなりの時間がかかってしまった。しかも男はあちこちボロボロだ。それでも笑顔を絶やさないものだから不気味で仕方がない。

 黒曜ランドの正面玄関に辿り着くと、骸は足を止めた。

 「ここを真っ直ぐ行けば直ぐに表門に着きます。門の外の通りを右に曲がれば並盛町方面。左に行けば黒曜町の商店街です。ではお気をつけて」

 簡単に道の説明をして自分はサッサと玄関を潜ろうとしたら、中から急に人影が飛び出してきて骸ともろにぶつかった。その勢いのまま倒れるかと思ったが、体に巻き付いた何かによってその場に留まり転倒は免れる。巻き付く何かは骸をぎゅうぎゅうと締め上げ離れない。それどころか、頭上から情けない声が降ってきた。

 「ぬしさま!置いていくなどヒドいです!小狐も一緒に連れて行ってください!!」

 そう言って骸に縋りつくのは数日前に拾った太刀、の付喪神。名を小狐丸と言うらしい。すっかり懐かれ、デカい図体で子犬のようにまとわりついてくる。

 「散歩は一人でゆっくりしたい主義なんです」

 溜め息を吐きながら小狐丸を引き剥がすと、しょんぼりとした赤い瞳とかち合った。普段は上を向いている獣の耳のような髪型も、若干下を向いているように見える。
 そう言えば確認したことはなかったが、あれは耳なのだろうか?思い立ったら自然と手が伸びていた。だが、その手が小狐丸に触れる前に後ろから声がかけられた。

 「小狐丸?」

 思わず声のした方へ振り返る。小狐丸も名を呼ばれて前を向いた。
 ああ、まだいたのか。もういなくなったのだと思ってすっかり忘れていた。
 振り向いた先の男は何故だか嬉しそうに微笑んでいる。

 「おぬし、三日月?三日月宗近か?」

 「ああ、やはり小狐丸であったか。久しいな、元気にしていたか?」

 どうやら知り合いらしい二人は骸を挟んで挨拶を交わす。

 「ああ、変わりない。それより何故三日月がこんなところにおるのじゃ?しかもボロボロではないか」

 「それなんだがな、気付いたらここにいた。そこの少年にここまで案内して貰ったのだが、暗くて足下が見えなくてな。うまく歩けなんだ」

 あはは、とあっけらかんと笑う三日月に小狐丸すら溜め息を吐く。

 「相変わらずじゃな。おぬしは昔から変わらん」

 骸を忘れたかのように会話を始める二人に、早く部屋に戻りたいと思う。だが、小狐丸の腕が骸の体をとらえて離れない。
 そもそも、小狐丸と知り合いであるならこの男、人間でない可能性が高い。十一世紀末に生まれたとほざいていたのだから、人外であるなど容易く想像できるが。お仲間であるならこの男共々立ち去ってはくれまいか。

 小狐丸に関しては既に雲雀と一悶着起こしている。得体の知れない男との同棲は認めないとトンファー持ち出し、例の如く襲いかかって来るものだから小狐丸も黙ってはいない。
元々好戦的で戦闘狂である雲雀と、一見穏やかそうだが野性的で刀剣故に敵には容赦ない小狐丸。骸を無視して戦闘を始める始末だ。あの時は、骸が小狐丸に刀を納めるようキツく命じて事なきを得たが、雲雀の機嫌をすこぶる損ねてしまった。
 正直、あれの二の舞はごめんだ。できるなら速やかに黒曜ランドを辞していただきたい。


 そんな骸の心中など空知らぬ二人は、漫才コンビのようにボケとツッコミを繰り返す。そろそろ眠くなってきて、ふあ、と欠伸をしたところで相変わらず笑みを絶やさない男と眼があった。

 「して、小狐や。その少年はお前の?」

 「私の現在の主じゃ」

 何故か自慢気に言う小狐丸に、主になった覚えはないと言いたい気分だ。

 「なるほど。ではそなたが俺の新しい主になるのだな」

 「はい?」

 どうしてそうなる?その思考に辿り着いた経緯を説明願いたい。

 「意味が分かりません」

 本日二度目のこのセリフ。意味など分かりたくもない。これ以上の厄介事はごめんだというのに。

 「ふむ、ではどこから説明すれば意味が分かる?」

 理解するまで説明する気か。
 骸は軽い目眩を覚えた。小狐丸に抱きつかれているため倒れることはないが、内心ではいっそこのまま倒れでもして翌朝目が覚めたら全て夢でした、なんてオチで終わって欲しい。

 「あなたは何者なんですか」
 「先にも申したが、俺は三日月宗近。十一世紀末に三条小鍛治宗近によって作られた。ちなみにそこの小狐丸とは、いわば兄弟刀だ」

 「三条小鍛治宗近?兄弟刀?」

 「うむ。作られたのは俺の方が先だから、俺が兄になるな」
 似ていない兄弟だなとか、刀にも兄弟関係があるんだなとか、いろいろと思うところはあったが何より、やはりこの男も人間ではないのか、と自分の運のなさを嘆いた。

 「小狐丸共々、宜しく頼む」

 にっこりと、それはそれは美しい笑みを浮かべる男の瞳に鋭く光る三日月が見えた。
 明日、目が覚めたら全て夢で終わってくれないだろうか。
 骸の願いも虚しく二振りの太刀は翌朝になっても消えることはなかった。



 —どうでもいいんですが、小狐丸の主だからって、僕が三日月宗近まで所有する意味があったんでしょうか?


 「あっはっはっ。よきかな、よきかな」

 骸の疑問すら無意味とするような暢気な笑い声が、聞こえる日々が始まった。
 そして、あの子供たちもこの少年を心から信頼し、また心酔している。

 「強い絆で結ばれているのですね」

 ポツリと零した小狐丸に、骸は一瞥をくれただけで再び壇上へ向かう。

 「彼らはただの駒です。勘違いしないで頂きたい」

 後ろを付いて来る男に振り向きもせず言う。

 「駒…?」

 果たして、本当にそうなのだろうか。たった数時間、朝見た少年たちとは数十分しか一緒にいなかったがそんな冷めた関係には見えなかった。
 これはやはり、少年の照れ隠しなのではないだろうか。どうやら本来の気持ちとは裏腹なことを言ってしまう天の邪鬼のようだ。
 そう思うと何だか微笑ましくて、ついつい後ろからガバッと抱き付いてしまった。

 「ぅわっ!?」

 突然の衝撃に骸は対処しきれず小狐丸諸共ソファに倒れ込む。名前に反して大柄な男の体躯など構えていても受け止めることなどできないが。
 小狐丸はただじゃれついてるつもりだが、骸にしてみたらたまったものではない。受け身も取れずに倒れたため腕や肩を強かに打ち付けて地味に痛いし、しかも重い。

 「どきなさい!何なんですか、急に!」

 男の下でもがけばあっさり離れる体。骸の顔の両脇に腕を突っ張って見下ろす小狐丸の顔には無邪気にも見える笑顔が浮かんでいた。

 「小狐はぬしさまをお守りしとうございます。ずっとお側に置いてくだされ」

 小狐丸は半身を起こすと、骸を抱き起こしソファに座り直す。脚の上に横向きに抱えられて居心地の悪さに身じろぐが、放して貰えそうにはない。すっかり懐かれてしまったようで、だがどんな対応をすればいいのか分からず骸は微妙な表情を浮かべた。

 「下ろしなさい」

 命じれば素直に下ろされるが、それは小狐丸の脚の間。結局、後ろから抱き締められる形になる。何だか落ち着かない。今まで、こんな風に抱き締められたことはないから。
 残念ながら雲雀では体格差がありすぎて適わないのだ。せめて自分と同じくらいの身長だったなら…、そこまで考えて虚しくなって止めた。別に、雲雀にそんなことは求めていないし、彼とは同等でいたい。隣に並んでいる方が落ち着くのだ。
 思考を彼方へ飛ばしていれば、小狐丸がこめかみの辺りに頬を寄せてきた。窓から差し込む日の光で白銀に輝く長い髪が、ふわふわと頬に触れてくすぐったい。

 「ぬしさまは良い香りがしますね」

 「嗅がないでください」

 クンクンと犬のように鼻を鳴らし匂いを嗅ぐ男の顔を手のひらで抑えつける。そうすれば直ぐに離れるのだが、腰をガッチリホールドした腕は決して離れない。

 「ぬしさまは照れ屋ですか?」

 「違います」

 キッパリと否定するもニコニコとした笑みは絶えることはない。
 衣服越しに背中に触れる胸板も、腹部に回された腕も温かい。刀剣だから、体温はないのだと思っていた。なのにまるで生きた人間のような温もりを持つ小狐丸に不思議と安らぎを覚えるのは何故だろうか。
 ぼんやり、思考の海に沈んでいる間にも小犬のように甘えてくる小狐丸。それを見てようやくピンと来た。
 これは、あれだ…。アニマルセラピー的なものだ。
 甘えてはいるものの友人や恋人なんて雰囲気は全くない。本来なら主従関係に値するのだろうのだろうが、主従は主従でもまるで飼い主とペットのような感覚だ。しかも昔から一緒にいる駄犬より賢く従順。

 「…やはり同じ犬なら知能が高い方がいいですね」

 「犬?犬を飼っておいでなのですか?」

 無意識に口に出ていたようで、それを耳にした小狐丸はきょとんと尋ねてきた。

 「いえ、犬は飼ってません。犬並の知能を持った部下です」

 部下、とは今朝見た少年たちだろうか。

 「有能な部下なんですね」

 犬は賢い。飼い主に従順で、優秀な犬であれば人間の助けになる。犬並、と聞いて賢く優秀な部下を想像したが、骸は動物並な知能の低さを揶揄しただけだ。

 「あれは有能と言うには駄犬ですけどね」

 真後ろにいるため表情は窺えないが、声に呆れが含まれている。どうやら賢くはないらしい。

 「あなたのように優秀で聞き分けの良い忠犬なら良かったんですがね」

 「ぬしさま…」

 振り仰いで笑う骸に小狐丸は目を丸くしたが、一言だけこう添えた。

 「私は狐です」

 「……」

 今度は骸が目を丸くする。そして、プッと吹き出しクフフと笑い始める。
 ああ、そうだった。彼は小狐丸。犬のような人懐っこさだが、まごうことなく狐だ。

 「クフフフッ。すみません、そうでしたね」

 狐は犬科の動物だから、彼はこんなに懐っこいのだろうか。だが、そう言えば先の戦闘時に野生だと言っていたような?上下関係が厳しい野生だからこそ主には従順なのか。
 考えれば考えるほど、面白い存在だ。彼と一緒にいれば暫くは退屈せずに済むだろう。
 傍らに置かれた太刀に目を向ける。ソファに座るときに腰から抜いたのだろう。手にとってマジマジと眺めた。

 「あなたは一体、何者なんでしょうね…?」

 ポツリと呟いた骸に、小狐丸は静かに答える。

 「私は『小狐丸』。この太刀に憑いた付喪神です」

 「付喪神……?」

 「はい」

 驚いて振り向いた骸の目に映るのは、赤い眼を細めてにこやかな笑みを浮かべた白銀の髪の男。


 —僕はどうやら、とんでもない物を拾ってしまったようだ…。


 それは人間でも狐でも刀でもなく、想像すらもしていなかった『神様』でした。
小狐丸は言葉巧みに主を誉める。と言っても彼にとっては思ったことを口にしているだけで、云わば本心だ。主の美しさを讃えるのに嘘偽りは必要ない。

 「まさに天香国色。かような住まいにおいても汚らしい印象を受けません。泥中之蓮とはぬしさまのためにある言葉かと…」

 「もういいです…!」

 小狐丸の千言万語に、さすがの骸も音を上げた。褒められることも持ち上げられることも好きな方だが、度が過ぎれば恥ずかしさが勝る。部下であり特に結び付きの強い犬、千種、クロームもかなり妄信的だがこれほどまでに褒め称えることはない。というか口に出すことがない。時折、恋人である雲雀がこちらが恥ずかしくなるようなことを素で言ったりはするが、基本的に全面的に賞賛されることにはあまり慣れていないのだ。
 どこぞのマフィアのボス候補の周囲にいる面々は、骸を肯定的に見ていないため誉めることはない。その生い立ち故、周囲から蔑まれることはあっても持て囃されることはなかった。
 骸は大きな溜め息を吐くと、手のひらで顔を覆う。頬が熱く感じるのは気のせいだと思いたい。

 「ぬしさまは愛らしいですね」

 「は?」

 小狐丸の発言に素っ頓狂な声がでた。
 大人びた雰囲気と立ち居振る舞いだが、こういったことで照れたり、時折見せる表情はやはり年相応な子供なのだと感じる。骸は微妙な顔をしているが、そんな表情すら可愛らしいと思える。

 「近くに行っても宜しいですか?」

 「…別に、構いませんが……」

 「そう身構えずとも取って食ったりはしませんよ」

 トン、と骸のいる壇上まで一足跳びで上がる。小狐丸がその場に膝を付こうとしたのと、骸がソファの左側にズレたのはほぼ同時。
 あ、と見下ろした双色。おや、と見上げた赤色。双方、同時に目があって、つい、と二色がそれてしまう。

 「座っても?」

 骸の行動に気付いた小狐丸はニッコリ笑んで確認した。視線を合わせぬまま「…どうぞ」と呟く少年の隣に、礼を言って腰掛ける。傷みが目立つソファだが、たくさん置かれたクッションのせいか座り心地は悪くなかった。隣を見やれば、未だ視線を反らしたままの少年の横顔。
 骸が横にずれたのは云わば無意識だ。雲雀がいつも彼の右側に座るから。
 小狐丸がいると、何故だか調子が狂う。

 —声が、どうしても彼を思い出させる……。

 どことなく雲雀や風と似た声質を持つ小狐丸に誉めちぎられると恥ずかしさが込み上げてくる。そんな骸にお構いなしに小狐丸は楽しそうに話しかけてくる。
 好きな物は何か、嫌いな物は何か。普段は何をしているのか。他愛のない質問ばかりに骸は端的に答えるだけ。それでも小狐丸は嬉しそうに聞いている。

 「あなたは好きな物はあるんですか?」

 質問に答えてばかりなのも詰まらないと思い、骸も問い返してみれば彼は笑顔で答えを返した。

 「私はあぶらげが好きです」
 「あぶらげ…」

 骸はしばしポカンとし、やがてクツクツと笑い始める。予想外と言うべきか、予想通りと言うべきか。油揚げが好きとは、やはり狐か。

 「ぬしさま?」

 俯き、口元を抑えて笑い続ける骸に小狐丸は戸惑いがちに声をかけた。

 「私、そんなに可笑しいこと言いましたか?」

 「クフフフッ…いえね、狐は油揚げが好きと言うのは本当なんだと思いまして、ふふっ」

 未だ笑いの収まることのない骸に、小狐丸は首を傾げるばかり。しかし、笑い続ける少年の姿に何だか自分までも可笑しくなってしまって、いつの間にか二人で笑い合い、冗談も混じりながらすっかり話が弾んでいた。
 小狐丸の話は興味深い。骸が生まれる遥か昔の日本の制度や戦、戦法、兵法、武器などについても教えてくれた。それは骸の知識となり新たな戦略を練るのに十分役立つ情報だ。

 「そう言えば三つ叉の槍をお持ちでしたが、ぬしさまは槍術の心得があるですか?」

 「えぇ、そうですね」

 マフィア界という過酷な世界を生き抜く為だけに身に付けた術だ。腕には多少の自信はあるが、別段誇れるようなものではないと思っている。

 「いずれぬしさまとも手合わせをしてみたいです」

 「クフフフ、そうですね。顔見知りに刀を扱う男がいるのですが、あなたとの勝負で剣士と戦うコツを得れば彼を完膚無きまでに打ち負かせそうです」

 暢気な笑顔を浮かべる雨の守護者を思い出し、骸は不敵な笑みを作る。

 「ほう、剣士の知り合いが?ぬしさまはその男に勝ちたいのですか?」

 「勝ちたい、というのは違いますね。そもそも僕は彼より強いですから」

 そう、山本武には負ける気はしない。自分と唯一張り合えるのは雲雀だけだと思っているし、それを他の誰かに譲る気はない。但し、沢田綱吉はあえてカウントしないでおく。あれに負けるのは不本意だ。

 つらつらと小狐丸の質問に答えたり、逆に質問を返したりしていると、ふっと視界に影がさした。小狐丸もそれに気付いたようで天井を仰ぎ見ると、真っ黒で大きな異形の鳥がいつの間にかそこにいた。烏…、いや鴉骸喰に似通った化け鳥。

 「何じゃあれは!?」

 小狐丸は立ち上がり瞬時に柄に手をかける。だが、骸は冷静にその鳥を見つめ、存在を見極める。
 あれは、フランの仕業だ。実態を持った幻覚。
 大方、暇を持て余したバカ弟子がヴェルデの装置を使って遊んでいるのだろう。全くいつまでたっても手が掛かる。しかも出来も悪い。
 しかし、そんな事は知らない小狐丸は骸を守ろうと刀を抜く。

 「久し振りの獲物よのう。さぁ、異形の鳥よ。この小狐と踊りましょう!」

 先の穏やかな雰囲気とは打って変わって荒々しい空気を醸し出す。あまりの豹変ぶりに骸は呆気にとられて小狐丸を見上げた。口調も表情も纏う雰囲気も、まるで別人のよう。
 嬉々として異形の鳥に立ち向かう姿は、獲物を狙う野生の狐そのものだ。壇上から跳躍して獲物の足に一太刀浴びせる。そのまま扉近くへと走っていき、獲物を骸から遠ざけた。

 「噛まれると痛いですよ!野生ゆえ!!」

 己に向かって突っ込んでくる獲物に、刀を構えて不敵に笑う。繰り出される攻撃を易々とかわして、鮮やかな手並みで太刀を一閃させ獲物の首を切り落とした。異形の鳥は断末魔を上げる間もなく地に沈む。切断された首からはドロリとした赤黒い血が流れ出し床を汚していく。鉄錆の臭いが部屋に充満し骸は顔をしかめた。実態を持たせた幻覚とはいえ、骸の弟子であるフランが作り出したもの。そこそこのリアリティはある。ヴェルデの装置を使ったなら2~3日は消えないだろう。バカ弟子にはしっかり処分をさせないと。
 しかし、と骸は小狐丸を見る。あの化け物をあっという間に倒してしまった彼の強さは、一戦を見ただけでも十分に分かった。彼は、強い。スクアーロと五分くらいだろうか?洗練された美しい太刀捌きに思わず魅入ってしまった程である。
 キン、と鋭い音がして小狐丸の太刀が鞘に収められた。骸は壇上から飛び降り、彼に近付く。

 「勝ちました」

 小狐丸は骸に向き直り褒めてくれ、と言わんばかりに満面の笑みで報告してくる。小狐と言うよりはまるで小犬のようだ。

 「クフフ…お見事ですね」

 「お褒めに預かり光栄です」

 にっこりと笑顔を見せ、次には厳しい顔つきで足下の化け物に眼をくれる。

 「しかしこれは一体…この世界にはこの様な異形の生き物がいるのですか?」

 「いいえ。これはおチビの仕業ですね」

 「おチビ?」

 さて、何と説明したものか。そもそも小狐丸がどこから来たのか、異世界の住人なのか、この世界の過去の存在なのか、骸には皆目見当もつかない。
 幻術使い、と言って通じるのだろうか?刀に…。
 骸は暫く考えて、結局こう答えた。

 「おチビ…フランは僕の弟子です。この化け物はフランが作り出した、そうですね…遊び道具とでも思ってください」

 「これが遊び道具…?しかも作り出すとは?」

 「そういった能力を持っているのですよ、あの子は。もちろん僕も」

 「能力、ですか…?」

 「あまり深く考えこまず、一種の才能とでも思っていればいいです」

 説明が面倒臭くなり投げやりに返せば、深く追求されたくない話題だと感じ取った小狐丸はそれ以上は何も聞かなかった。
 その後、小狐丸やフラン、ヴェルデに手伝わせて化け物の死骸は外に出した。部屋を掃除している間も始終、警戒しつつも文句はしっかり言うフランと、興味深そうに観察していたヴェルデに小狐丸は居心地悪そうにしていたが仕方ない。
 一応、彼のことは掻い摘まんで説明したがフランは納得していない様子だ。

 「あんな人かも刀かも狐かも分からないような存在を置いとくなんて、師匠も物好きですねー」

 「君の話しが本当ならば実に興味深いな。是非とも彼の存在を研究したいものだ」

 骸自身も彼の存在が何なのか明確にさせたい気持ちがあるため、ヴェルデの研究とやらは気になったが、果たしてこの変人科学者に預けて無事に戻ってくるのだろうか?

 —……止めておこう

 少し考えてそう結論付けた。せっかく名のある銘刀ならば余計な改造をされてはかなわない。

 「僕の目を盗んで彼に変な改造を施さないでくださいよ?」

 「ふん、随分と気に召したようだな」

 「そう言うわけではありません」

 「ししょー、まさかやっぱり浮気ですかー?」

 フランがニヤニヤしながら問い掛けてくる。骸は顔をしかめて溜め息を吐いた。

 「やっぱりって何ですか。違うと言っているでしょう。さぁ、もう用は済みました。下の階に行ってヴェルデ博士で遊んでいなさい」

 「なっ!?私で、とはどういうことだ!」

 「えー?もう飽きましたー。ししょー遊んでくださーい」

 今までずっとヴェルデと一緒にいたからかすっかり飽きて、実態を持たせた幻覚で骸にちょっかいをかけてきたのだろう。ヴェルデもヴェルデで、長時間子供の相手をするには向かない。
ましてや、子供は飽きやすい。フランが退屈しないような玩具を用意するしかない。骸は溜め息を吐いてヴェルデに向き直る。骸が手をかざせば小さな体は瞬く間に霧に包まれてしまった。数秒程度で霧は晴れたが、そこにはヴェルデと全く同じ姿の赤ん坊がもう一人。一方は本物、もう一方は勿論骸が作り出した幻覚だ。

 「フラン、簡単な修行ですがどちらが本物のヴェルデ博士かを当てなさい」

 「えー?」

 フランは不満げに口を尖らせる。簡単、とは言っても骸の有幻覚を見破るのは今の彼にはかなり困難だ。

 「六道骸、今すぐ私の幻覚を消したまえ」

 「全くこんなお遊びに付き合わされるなぞ、いい迷惑だ」

 「本物を見分けられたら今日のおやつはいつもの二倍にしますよ」

 「二倍!?ホントですかー?」

 二人のヴェルデを全く無視して骸はフランを煽る。うまく言いくるめてフランを部屋から追い出し、かつ修行にもなる。暫くは時間も潰せるだろう。おやつ二倍に釣られたフランは嬉々として二人のヴェルデを連れて部屋を出て行った。

 「あの童子がぬしさまの弟子なのですね。しかし、まだ年若いのにたいしたものです」

 小狐丸は感心したように頷いている。確かにボンゴレメンバーの中でも弟子を持っているのは骸だけだ。骸を超える術者は世界中を探してもそうそういないだろう。何せ最強の赤ん坊(アルコバレーノ)のマーモンを下し、10年後の未来でとは言え復讐者をも騙すフランの師匠なのだから。

 「クフフ。出来の悪い不肖の弟子ですけどね」

 そうは言っても今後の成長が楽しみな弟子ではある。知らず、骸の口元には笑みが浮かんでいた。小狐丸はその様子を見て眼を細める。少々口が悪い時もあるが、この少年にとってあの子供は存外大切な存在であるようだ。朝の少年少女たちとの遣り取りや雰囲気を思い出しても、ただの子供の集まりというわけではなく、まるで家族のような強い繋がりがある。そして、そんな子供たちをまとめ上げ統率しているのが、この六道骸と言う少年なのだろう。
 これは、どうしたことだろうか…?

 背後の男を見上げて骸は思い悩む。男は目が合うとニッコリと笑みを見せ、ぎゅうっときつく抱き締めてきた。

 真っ白で少しクセのある長髪、吊り上がった眼元は赤い瞳に彩られ、笑んだ唇の隙間からは鋭い犬歯が覗いている。
 年齢の割に長身の骸をすっぽりと抱き込んでしまえるほど大柄な身体は堅い筋肉で覆われて、その身を包む黄色を基調とした衣は今ではすっかり見る機会がなくなってしまっている着物と言うものだ。
 かなり着崩しているように見えるが、袴や草履、身頃の形的に昔の剣士が着るものなのだろう。雲雀に聞けば詳しく分かるかもしれない。

 「ぬしさまは良い香りがしますね」

 何より骸を悩ませるのはこの声、口調。

 「嗅がないでください」

 クンクンと犬のように鼻を鳴らし匂いを嗅ぐ男の顔を手のひらで抑えつける。そうすれば直ぐに離れるのだが、腰をガッチリホールドした腕は決して離れない。

 「ぬしさまは照れ屋ですか?」

 「違います」

 キッパリと否定するもニコニコと絶えない笑みに、一人の男の顔が脳裏に浮かぶ。

 —似ていますね…、彼に

 少しクセのある柔らかな黒髪、吊り上がった鋭い眼、物腰柔らかな笑顔、穏やかな口調、赤いカンフー服。

 —嵐のアルコバレーノ、風…

 風を思い出せば、必然的に嫌でももう一人を思い出す。風と瓜二つの顔を持ち、だが彼よりも凶暴性を湛えた眼光と凶悪な笑みを浮かべる少年。

 —雲雀恭弥……

 骸の唯一と言っても過言ではない好敵手で、最愛とも言える恋人。彼にこんなところを見られたらきっと即時戦闘だろう。自分もこの男も彼に咬み殺されるに違いない。
 雲雀はああみえて、独占欲が強いのだ。

 さらりと、髪を撫でられる感覚に思考の海に沈んでいた意識が浮上する。

 「何ですか?」

 「ぬしさまはとても綺麗な髪をしておられる。私も毛並みには自信がありますがね」

 そう言った男の長い髪を見る。日の光を浴びて白銀に輝く髪(男曰わく、毛並み)は傷みもなく艶やかで、思わず手を伸ばしていた。
 スルリと指の隙間をすり抜けていく白い髪。毛量が多いためかフワフワとして暖かい。


 男の髪を弄びながら、こうなってしまった経緯を思い出す。
 視界の端に映る一本の刀。恐らくこれが、全ての元凶なのだろう。

 寂れた黒曜ランドの敷地の片隅。まるで捨て置かれたようにそこに在った。何故こんな所にこんな物が?そう思い拾い上げたそれはずっしりと重い。薄汚れた鞘から少しだけ抜き出した刀身は、鈍くも美しい輝きを放っていた。
 その美しさに魅入られたのだろうか。骸はその太刀を持ち帰り、汚れた鞘と柄を磨き上げた。いつもの気紛れ。骸本人ですらそう思って。
 汚れが落ちた鞘と鍔は金色(こんじき)にキラリと輝き、柄は白に黄金色(こがねいろ)の金具で細工を施されている。もう一度刀身を抜いてみれば、刃こぼれもなく美しいまま。刀には余り詳しくはないが、無銘とは到底思えない代物。名のある業物ではないだろうか。そこまで考えて、まさかとその期待を打ち消した。
 山本武なら何か知っているだろうか。近いうちに尋ねてみよう。そう考えて、骸は刀身を鞘に収め、その日は就寝したのだった。


 静かなはずの朝は騒がしい怒鳴り声で打ち破られる。遠くで聞こえていると思っていた声は、案外骸のすぐ近くでしていた。

 「何なんら、テメェ!どっから入って来やがった!?」

 「師匠もすみに置けませんねー。ヒヨコさん以外にも男連れ込むなんてー」

 「骸様の、新しい恋人…?」

 「クローム……」

 「んなわけねーらろ!あのアヒル野郎らって認めてねーかんら!!」

 喧しい。人が寝ている側で一体何を騒いでいるのか。

 「煩いですよ、犬」

 もそり、とお世辞にも寝心地がいいとは言えないベッドから起き上がる。骸の目覚めに騒いでいたメンバーが口を黙らせて主を見た。

 「おはようございます、骸様」

 真っ先に声をかけたのは、朝昼問わずテンションが低い千種だ。律義にも骸に向き直り、その足許に跪いている。それに合わせ、他の面々も骸に朝の挨拶をした。

 「おはようございます。それで犬は一体何を騒いでいるのです?」

 不快な目覚めの元凶に不機嫌な視線を送れば、ハッとしたように指を差す。

 「あの男は何なんれすか!?骸さん!」

 犬の指先を辿れば、見知らぬ男が一人、笑みを浮かべてこちらを見ていた。さしもの骸も驚いた顔をしたがそれも一瞬のこと。直ぐに冷静を取り戻しいつもの掴めぬ笑みを象る。

 「おやおや、どちら様でしょう?」

 「お初にお目にかかります。私は『小狐丸』と申します」

 恭しく頭(こうべ)を垂れる男は変わった風体をしていた。日本の歴史の教科書や資料でしか見たことないような衣装だ。何よりも目を引くのは腰に差した刀。
 武士の亡霊だろうか。それにしては余りにも存在感がありすぎる。
 骸も周りのメンバーも警戒を解かないままに男、小狐丸を見詰めていた。フランは骸に隠れるようにしがみつき、クロームとMMは2人を守るように前に立つ。さらに彼女らを庇う形で千種と犬が前線に出て各々が武器を構えた。
 小狐丸は困ったように眉尻を下げ、その様子を窺っている。

 「そう警戒しないでください。私はぬしさまに挨拶を、と思っただけです」

 そう言う彼からは確かに敵意も悪意も感じない。殺気もなく、むしろ友好的にすら感じるほどだ。だが得体の知れない人物であることには変わりはない。常に周囲に敵がいる状況で慣れてしまっている彼らは、敬愛する主を守るため決して気を抜くことはない。

 「ぬしさま?挨拶って何よ?」

 MMが訝しげに尋ねれば、小狐丸は一歩、骸たちに近付く。

 「昨日(さくじつ)は小狐めをお助けくださり、ありがとうございました」

 骸を真っ直ぐに見つめ、小狐丸は言う。一方の骸は、はて?と首を傾げた。昨日は狐と遭遇しただろうか。確かに黒曜ランドは荒れ果て周囲には緑が生い茂っている。時折、狐や狸などの野生動物が餌を求めて近くの山から下りてくるが、昨日は何の動物にも出会ってはいない。

 「誰かと勘違いしているのでは?」

 「いいえ、勘違いでも間違いでもありません。私がここにいることが何よりの証拠ですよ」

 意味が分からない。
 眉をしかめた骸の視界にチラリと写り込んだのは、先ほども目にした刀の鞘。朝日を弾き輝くそれに、何となく見覚えがあった。そう言えば、昨晩拾ったあの刀はどこに置いたか…?
 そこまで思考を巡らせ、ふと一つの可能性に思い当たる。まさか、とは思うが、否とも言い難い。
 骸は少しの思案の後、千種たちを学校へ行かせ、フランを自室から遠ざけた。
 犬やMMは、骸と小狐丸を二人きりには出来ないと登校を渋り、千種とクロームも口答えはしないものの何か言いたげ視線を送っていた。だが、主の命には逆らえず渋々学校へ向かったのだ。幼いフランへ骸の護衛を念押しして。もちろんフランは不安と不満を綯い交ぜにしたような顔をしていたが。
 骸はヴェルデに連絡を取り、フランを任せた。文句を言いながらも彼はフランのいい遊び相手になるだろう。

 そうして一通り指示を終えた骸は、改めて小狐丸に向き直る。

 「取り敢えず、あなたがここにいる経緯をお聞きしたいのですが?」

 何があっても対処できるように三叉の槍を出現させておく。相手の動向に意識を向けながら、注意深く質問を投げかけた。

 「先ほども申しましたが、私はあなたに助けて頂きました。お礼も兼ねて、ぬしさまにお仕えしたく参上つかまつりました」

 「僕はあなたを助けた覚えはありませんが?」

 そう告げれば、小狐丸は腰に差した刀に手をかける。骸は三叉槍を構え相手の出方を窺ったが、小狐丸は鞘から刀身を抜くことはなく刀その物を腰から外し掲げて見せた。

 「この太刀に見覚えがありましょう?」

 それは、確かに骸が拾い持ち帰った刀だ。

 「この太刀は、名を『小狐丸』と申します」

 「小狐丸…?」

 骸は訝しげに男を見やる。先ほど立てた可能性が、いよいよ現実のものとなってきている気がする。

 「そして私も小狐丸です」

 刀と同じ名を持つ男。彼の纏う全体的な色調も刀と似通っている。

 「私はこの太刀であり、この太刀もまた、私なのです」

 理解しがたい現象が目の前で起こっている。
 そう思った。骸とて非現実的な世界で生きている自覚はあるし、一般人からしたら幻術だって理解しがたい現象だろう。
 しかし、これは…。刀が人間の形を模すなど有り得るのだろうか?
 具現化?実体化?それとも擬人化と言うのか?幻術の類であれば自分に見破れない筈がない。
 何とも不可思議な話だ。小狐丸の名に相応しく、まさしくキツネにバカされてる気分である。

 それにしても、助けて貰った礼など、まるで日本の童話のようだ。『鶴の恩返し』か、いや狐ならば『ごんぎつね』が相応か。骸本人は助けたつもりなど毛頭ないが、慕われるのは嫌いではない。小狐丸自らが仕えたいと言うのであれば、適当に側におき気ままに使ってやるのも一興か。手持ちの駒が増えたと思えば大した問題ではないだろう。

 「クフフ…使える手駒が増えるのは悪くありませんね。僕に仕えるのであればせいぜい役に立って貰いますよ」

 不敵に嗤う骸に、小狐丸もまたにっこりと笑みを返す。

 「ぬしさまのため、精進いたします」

 いまいち心理の読めない相手に、骸は内心舌打ちをした。無機物相手に心理戦も何もないが、口八丁手八丁で敵を惑わし思い通りに動かすことを得意としているからか、考えが読めないこの小狐丸という男は何となく落ち着かない。

 「ぬしさまは警戒心が強いのですね」

 骸のざわつく内面とは裏腹に、小狐丸の落ち着いた声が耳に届く。

 「あなたを信用しきってはいませんので」

 信用できる人間など数えほどもいないが———。


 ふむ、と小狐丸は考える。せっかく仕えるのであれば全幅の信頼を寄せて貰いたい。信頼あっての信用である、と考える彼は主の警戒心を解くためにコミュニケーションと取ることにした。

 「せっかくですからお話でもしませんか?私はぬしさまのことをたくさん知りたいです」

 にこやかに話し掛ければ、僅かに骸が眉をしかめた。暫く逡巡したのち小さく息を吐き、着替えるから部屋から出ているよう命じられ、通路で入室許可を待った。
 小狐丸は改めて周囲を見回す。骸の部屋にいても思ったが、人が住むにはだいぶ荒れ果てているようだ。ましてや彼らは子供ではないのか。孤児なのだろうか。幼子もいるのに生活はどうしているのか。そんなことをつらつら考えていると、扉が開き着替え終えた骸が顔を出した。

 「入りなさい」

 促されて、再度彼の自室に入る。骸は壇上にポツリと置かれた古びたソファに体を沈めた。小狐丸はステージ下から一定の距離を保ったまま主を見上げる。

 「ぬしさまは、変わった着物をお召しですね」

 小狐丸は骸の頭から爪先までを物珍しげに眺めるが、骸からしてみれば変わった着物を着ているのは小狐丸の方だ。自分は至って普通の洋服を着ているだけである。

 「この世界のこの時代ではこれが普通なんですよ。あなたのような服装の方が珍しい」

 「そうなのですか?」

 小狐丸は自分の着物を見回すが、結局は己にとってはこれが『普通』だ。難しく考えることは止めにした。それよりも気になるのは、やはり骸のこと。主なれば気に入って貰いたい、好かれたいと思うのは当然のことだ。改めて骸を見やりその容貌に目を細める。

 「ぬしさまは美しい色合いをしていらっしゃる」

 「美しい色合い?」

 「はい」

 唐突な、思いもよらぬ発言に骸もつい問い返してしまった。

 「夜空のような濃藍の髪も、深海のような紺碧の左目も、柘榴のような右目も、鮮やかで美しい。まるでこの世の極彩色を凝縮した宝石のようです」
—君となら結婚してもいい。


 そう言われて、骸はすっかり困り果ててしまった。珍しく眉尻を下げ引きつった笑みを浮かべ目の前の男を見やる。
 本気か、冗談か。考えるも、冗談の類いを嫌う男だということはよく解っている。ならば本気か。だが…

 「僕は……、僕も、男ですよ?」

 「それが?」

 だから何だ?と言いたげな瞳とかち合う。彼は日本の法律を理解しているのだろうか?いくら並盛の秩序と言えども法律までねじ曲げることはできないだろう。
 ころん、と手の中の小箱が鳴る。

 ああ、困った。

 「君が男だろうと女だろうと、例え化け物であっても、そんなことは僕には関係ない」

 真っ直ぐに己を見詰める黒曜の瞳に迷いは見受けられない。
 雲雀は骸の手から小箱を取り上げると、そっと蓋を開ける。中には台座から外れたシンプルなシルバーリングが一つ、キラリと輝きを放った。リングの内側には小さなパールが埋め込まれている。
 小箱からリングを取り出した雲雀は、骸の左手からグローブを抜き取り、白くほっそりとした薬指の付け根をそっと撫でた。
 ピクリと小さく反応し、反射的に退こうとした手を咎めるようにグッと掴み、その薬指にリングを嵌める。

 「僕は他の誰でもない、君を選んだんだよ。六道骸」

 強い眼差しが骸を見据える。一点の迷いもない瞳。曇ることもなく、汚れもない、澄んだ眼は骸の逃げ道を一つずつ奪っていく。

 ああ…、困った。

 こんなにも嬉しいなんて。

 伏し目がちに視線を落とし、掴まれたままの左手を見る。自分に負けないくらい色白な彼の手は、力強く温かい。骸を愛し慈しみ、時に傷付け突き放し、けれども掴んで捕まえて、決して骸を離さない。
 握られた手にきゅっと小さく力を込めればそれだけで骸の想いが伝わったのだろう。口角を僅かに上げて笑みを象る唇が視界の端に映った。

 「僕は…、僕も」

 その続きは真っ直ぐな彼の瞳を見て紡ぎたい。顔を上げれば、ずっとこちらの様子を窺っていた雲雀の目とぶつかる。
 眉を寄せた困ったような、泣きそうな、相変わらず不器用な笑みを美麗な貌に乗せ。それでも目許を嬉しそうに和らげた骸は、とても綺麗に微笑んだ。


—僕も、君となら結婚してもいい。



第12回雲骸ワンライ お題【ジューンブライド】