※学パロ【教師雲雀×生徒会長骸】
下校時間を告げる校内放送を聞きながら各教室に生徒が残っていないか見回る。残っていれば声をかけ、下校を促した。校庭では運動部員が後片付けを始めているのか、先ほどまでの練習の掛け声ではなくガヤガヤと楽しそうな声が響いている。
三階の、一年教室の見回りを終え、二階に降りる。この階には二年生の教室がずらりと並んでいる。一クラスずつ、教室内を確認しているとA組から女生徒の話声が聞こえてきた。開かれたドアから中を確認すると窓際の席で、二人の生徒が何やら覗き込みながら楽しそうに話し込んでいる。あれは、確か笹川京子と三浦ハルと言ったか。二人ともなかなかに可愛らしく、男子生徒からそれなりに人気の高い生徒だ。
骸はコンコン、とドアを叩き自分の存在を知らせた。二人の女生徒はハッとして音の方を見やる。
「あ、六道先輩!」
骸の姿に気付いた三浦ハルが声を上げる。
「もう下校時間はとっくに過ぎていますよ。暗くならないうちに帰りなさい」
そう優しく声を掛ければ「は、はい!!」と慌てて帰り支度を始めた。
最近では物騒な事件が増えている。変な事件に巻き込まれでもしたらこの学校の名に瑕がつく。まぁ、あの人がいる学校の生徒と知って手を出す人間もそうそういないが。骸は学校どころか並盛の町全体を裏で牛耳る「並盛最強の守護者」と恐れられる男の顔を思い浮かべた。あの人に逆らえる人間など、この町にいるのだろうか?そう考えながら、教室の開いた窓の戸締りをする。
その時、バサリと何かが落ちる音がした。振り返ると一冊の少女漫画コミックスだ。
「あ!!」
二人は、しまったという顔をする。骸はその本を拾い上げ、パラパラとページを捲った。それはとても在り来たりな恋愛漫画。可愛らしい女子生徒とイケメン教師が禁断の恋に落ちる、という内容のようだ。生徒を好きになる、教師に恋をする。泣いて、悩んで、別れる覚悟をして、それでも最後は結ばれてハッピーエンド。何とも陳腐で自己満足的な恋愛模様だ。
「あ、あの…」
笹川京子がおずおずと声をかける。骸は冷めた気持ちでパラ読みしていた漫画本から目を上げた。ああ、そうだ。これは彼女らの私物だった。返そうと思ったところで三浦ハルがキラキラした瞳で興奮気味に話しかけてきた。
「六道先輩も恋愛漫画に興味あるんですか!?」
「は?」
唐突な質問に間抜けな声が出る。そんな骸にお構いなしに彼女はうっとりと語り始めた。
「素敵ですよねぇ。生徒と教師の禁断の愛!スリルとロマンスで胸キュンですぅ!!」
両手を胸の前で組んで、明後日の方を眺めながら幻想を語り始める。笹川京子をちらりと見やれば三浦ハルに同意するようにうんうんと頷いていた。骸は若干引き攣った笑みを浮かべて会話を切り上げるタイミングを計る。会話と言っても二人、主に三浦ハルが一方的に喋っているだけだが。
「なんならこの本お貸ししますよ!」
「え?」
「読み切りだからすぐ読めちゃうよね」
「ハイ!続編が読みたくなるくらい素敵なお話ですよ!?」
二人の勢いに気圧されそうになりながらも骸は自分を取り戻す。
「いえ、結構です。それより、漫画本の持ち込みは禁止されています。雲雀先生に見つかると没収されて返って来ませんよ」
断わるついでに注意を促せば二人は一瞬で顔色を変えた。
「そうでした!!没収はイヤです!」
「雲雀先生、厳しいもんね」
「です!!」
雲雀、とはこの学校の国語科担当にして生活指導と学年主任を担う教師のことだ。端正な顔立ちとすらっとした体躯で女子生徒に人気だ。だが、見た目に反してとても風紀に厳しく校長ですら頭が上がらないという。女生徒からは憧れと畏怖を、男子生徒からは完全に恐怖の対象として見られている存在だ。
「今回は見逃してあげます。雲雀先生にも黙っておきますから、早く帰りなさい」
骸がそういうと、二人はぱっと笑顔になり揃って頭を下げた。
「「ありがとうございます!!」」
声をそろえて礼を言うと、骸から漫画本を受け取りカバンにしまう。そうして帰り支度が整うと「さようなら」と挨拶をして教室を出て行った。二人の帰宅と教室内の戸締りを確認すると電気を消して次の教室へ向かう。二階の見回りが終われば次は一階。夕日がだんだん傾いてきていつの間にか廊下が薄暗くなっていた。骸は、全ての教室の見回りが終わると生徒会室へ向かう。今日の分の仕事は終わっているので、自分も荷物を纏めて戸締り確認をした後に生徒会室を出た。
次に向かう先は、誰も好んで近寄らない応接室。教室棟から見えた特別室棟の一角、応接室があるそこには明かりが灯っていたから、きっとあの人もまだ残っているだろう。
長い廊下を歩いて辿り着いた扉の前。コンコンコン、とノックをすると中から「どうぞ」と低いけれどよく通る声が聞こえた。
「失礼します」
中に声をかけ扉を開く。室内では学年主任の雲雀恭弥が忙しなく書類整理の仕事をしていた。
「お疲れ様です、雲雀先生」
骸は雲雀の仕事の邪魔にならないように扉付近に控える。
「もう少しで終わるから、ちょっと待ってて」
「はい」
返事をすれば、雲雀はちらりと視線を上げる。そしてすぐに書類に目を戻した。
「そんなとこに立ってないで、座ってなよ」
書類から目を離さずに言う。
「はい」
骸は言われたとおりに、応接セットのソファの端に腰を下ろした。無言の時間。カチカチカチ、と時計の秒針が時を刻む音と、パラパラと雲雀が書類を捲る音以外は何も聞こえない空間。だが骸にはちっとも苦ではない。放課後はいつもこうやって雲雀の仕事が終わるのを待っているから、すっかり慣れてしまった。
静かな空間で考えるのはいつも雲雀との関係の事。ただの生徒と教師、ではない。先ほど二年の女生徒たちが読んでいた漫画の主人公のような背徳的で反社会的な関係だ。あの漫画と違うことと言えば、雲雀も自分も男で、誰からも祝福されないということ。誰にも打ち明けることは出来ない、故に悩みごとの相談相手などいようはずもない。
だが、骸が悩む暇もないほどに雲雀恭弥は真っ直ぐな想いで骸を愛した。他を寄せ付けない圧倒的な強さと存在感は骸を、ひいては骸との関係を守るのに十分な力を持っていた。
暗くなっていく窓の外をぼんやりと眺めていると、トントンと紙束を机に叩きつける音がした。雲雀に視線を戻せば、書類をバサリと机に置いてグッと両腕を天井に伸ばして伸びをしていた。
「終わりましたか?お疲れ様です」
骸が声を掛ければ、「うん」と短い返事が返ってくる。
書類の量と現時刻を確認すれば、いつもよりかなり早く終わったようだ。普段なら、八時を過ぎることは普通だし、遅い時は十時過ぎまで仕事をしているときがある。勿論そんなんときは、骸は先に帰ったりもするが今日は一緒に帰ろうと言われていたのだ。
「随分急いでいたようですね。何か用事があったんですか?」
「うん、ちょっとね。予約があって」
予約。その言葉に骸は少し不安になる。それなら自分はいない方が良かったのではないか。そんなことを考えている間に、雲雀はさっさと帰り支度を終わらせていた。
「帰るよ」
雲雀に声を掛けられて慌てて立ち上がる。応接室を出て足早に玄関に向かう雲雀の後を、不思議に思いながら追う。今日はずいぶん時間を気にしているようだ。予約、と言っていたし大切な用事なのだろうか。
生徒用玄関の前で別れる時、雲雀は小さな声で言った。
「裏門の方に車を回すから、そこで待っておいで」
骸の頭を一撫ですると、雲雀は教員用玄関へ向かった。骸は言われたとおりに裏門の人目に付かないところで雲雀を待った。数分して車のエンジン音が近づいて来る。骸の近くに横付けすると運転席の雲雀が腕を伸ばし助手席のドアを開ける。
「乗って」
「失礼します」
骸が乗り込んでシートベルトを付けたのを確認すると、車はゆっくりと走り出した。雲雀の住まうマンションへ向かういつもと同じ道すがら、いつもなら寄らない小洒落たショップの駐車場へと入っていく。この店は、来たことがない。何の店だろうと思っているとエンジンを止めた雲雀がドアを開けながら言う。
「直ぐに戻って来るから、ちょっと待ってて」
骸は素直に頷くと、店内に消えていく黒い背中を見送った。ものの数分で戻ってきた雲雀は、手に持っていた四角い箱を骸の膝に乗せる。
「あの…?」
「家に着くまで持ってて。落としたり、傾けたりしちゃダメだよ」
言いながら、シートベルトを締めてすぐに車を発進させた。十分ほど走らせると見覚えのある高級マンションが見えてくる。地下駐車場に車を止めてエレベーターで上層部へ向かう。一介の教師が住めるほど安くはないマンションの最上階のワンフロア。雲雀はそこを貸し切って一人で住んでいる。人嫌いで、群れることが大嫌いな彼は、他人が自分の領域に入ることを一切許さない。
暗証番号と指紋認証でドアロックを解除してフロア内に入る。骸は雲雀の領域に入ることを許された数少ない人間の一人だ。他にも雲雀の昔馴染みの部下と、謎の赤ん坊が訪問を許されているらしい。
雲雀が主に居住区として使っている部屋の前にたどり着く。ドアを開けて骸を迎え入れると、雲雀はスタスタとリビングへ向かう。骸は「お邪魔します」と小さく呟き彼の後を追った。
リビングのローテーブルの上にずっと持たされていた四角い箱を置き、視線だけで室内を探る。ここには何度か来たことがあるが、相変わらず物が少なく殺風景部屋だ。
骸はそっと、密かに定位置にしているソファの角に座る。ここはリビングと一繋ぎになっているシステムキッチンが良く見えるのだ。つまり、キッチンに立つ雲雀の姿もよく見えるということ。
雲雀は二人分のマグカップを持ってくるとテーブルの上に置く。一つは骸の前にミルクココアを、もう一つは自分の分のブラックコーヒーだろう。
「着替えてくる」と言って別室に向かった彼は、いつも学校で見ているスーツ姿ではなく、滅多にお目にかかれない私服姿で戻ってきた。黒を基調としたシャツとジーンズはシンプルだが、雲雀に良く似合っている。
雲雀は骸の隣に座るとマグカップに口をつける。そして、テーブルに置かれた四角い箱を指さして言った。
「開けないの?」
骸は箱と雲雀を交互に見やり「開けていいんですか?」と尋ねた。
「いいよ。君のために買ったんだから」
自分のため。そういわれてしまえば、骸もワクワクとした気持ちで箱を開ける。形状からして、中身の予想は付いていた。きっと自分の大好物だ。
そっと箱のを開けて中身を取り出すと、案の定ホールのチョコレートケーキが鎮座していた。
光沢のあるチョコソースの上にラズベリーやイチゴ、チョコ細工に金箔まで乗っている。そして一番目立つチョコプレートにはホワイトチョコで書かれた「HAPPY BIRTHDAY MUKURO」の文字。
「今日が誕生日でしょ?」
ソファの背もたれに左腕をおいて、マグカップに口をつけながら言う。
「知ってたんですか」
「当たり前でしょ。僕を誰だと思ってるのさ」
そうだ。彼は骸の通う中学校の国語科担当の教師で、生活指導も担う学年主任。骸の生年月日など調べるまでもなく手元の書類にあるはずなのだ。
雲雀とこんな関係になったのは中学二年の秋。九月の初め頃だ。不運にも不良に絡まれ返り討ちにしていたところを学年主任の雲雀恭弥に見られたのだ。学校では優等生で通っていた骸はマズイと焦ったが、なぜか雲雀は骸の強さを気に入り、このことを学校側には内密にする代わりに自分と付き合えと脅迫してきた。最初こそ驚き、生徒を脅迫する教師に嫌悪を抱いたが、生徒たちに厳しく接する反面時折骸に見せる優しさにいつしか惹かれていた。教師と生徒という一線を超えてしまったのは三年に進級した四月の桜の時期だ。
身体はまだ繋いでいない。でもキスはする。雲雀マンションにこっそり泊まり、一緒の布団で寝ることもある。
以前、自分を抱くつもりなのかと聞いたことがある。その時、雲雀はこういった。
『骸がもっと大人になったら、その時は君のすべてを貰うよ』
大人。その時が今日、また一歩近づいた。雲雀にとって大人と子供の境界線がどこなのかは分からないが、恐らく今はまだその時ではないのだろう。
覚悟はしているつもりだが、なんだか少しだけ怖くなってしまった。そんな骸の心境を知ってか知らずか、雲雀は愛しい教え子の頭を撫でるとそっと胸元に引き寄せた。
「誕生日おめでとう、骸。君が大人になる日を心待ちにしているよ」
ビクリと小さく震えた肩を感じて、口元だけで笑う。この少年は恐らく、ずっと自分を楽しませてくれるだろう。きっと、この先何年も。
持っていたマグカップをテーブルに置き、俯きがちな骸の顎を掬う。心なしか赤く染まった頬は先の言葉への反応か、これから施される戯れへの期待か。
もてる愛情のすべてを込めて、目の前の薄い桜色の口唇に口付けを贈った。
―――早く大人になって、そのすべてを僕に捧げてね。
