脳卒中に縁があるオンナ

脳卒中に縁があるオンナ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!

隣町の病院にストレッチャーで運ばれ何かを腕に刺される。。。

うえーん。。。

実はあまりよく覚えてないのですが、医者が

「あっ!!!!!〇〇だ!!!!!」

と叫んで親が叫んでるのが聞こえた。

〇〇というのは、英語かドイツ語かよくわからなかったけど、くも膜下出血のことです。

念のためにMRIとって、しかもそれをみつけてくれた先生に感謝です。

だけど、この病院で手術できないといわれ、隣県の脳に強い病院にまたまた搬送されるのです。

そこでまた、名前やら年齢やら聞かれてうざかったので、頭痛い頭痛い言っときました。

 

そこの病院で言われたのが今日は帰れませんということ。

そんなーーーー。

検査室にもストレッチャーで移動です。

CTとったのは覚えているんですけど、たぶんまたMRIもやったんじゃないんでしょうか?

そして、翌朝手術という。。。

ドラマであるみたいなストレッチャーでいきながら、それを両親がついてきて。

がんばってね。

そんな感じ。

 

手術室について、医療関係者がずらり。

「大丈夫だよーー」

口々にいってくれて、そこまでで私の記憶は終わり。

 

起きたら絶対安静で、体は拘束されておりました。

時だけが過ぎ去るのをただただ待っているのです。

 

動けない。

尿意がすごい。

でも導入するやつをあそこにつけられている。。。。

でも尿意がすごい。

もう動けないのに、ずっとずっとおしっこしたーーーーいって思ってました。

発狂したくなるくらいに。

たぶん叫んでましたウシシ

 

動けないまま思うのです。

ポテトチップ食べたいと。。。

それもコンソメパンチが食べたいと。。

 

絶食だから何も食べれないし飲めないし動けない。

しかも自分の心拍を聞きながらです。

一日は本当に長いです。

なぜか親の姿は見えないし。

後できくとどこのいるのかも知らされてなかったそうです。

このころからこの病院の高圧的なところがでていたようです。

ここにどれくらいいたのかもはやわからいのですが、ようやく個室にといってもナースステーションの前の個室に移動できました。

それまではたぶん、ICUにいたんですね。