人生のコスパがあるとしたら、それは、悪いに決まっています。

 

空気を吸う量も、飯を食う量も、めんどくさいほどに税金がかかります。

 

生きていくためには、お金を飯に変換しなければいけない。

それは、楽しい作業です。

 

例え、お金に変換できないものでも、楽しかったらよいのです。

 

今、私は、キンキンの無職ですが、最近、無職の方がチャンスをつかみやすいと思いました。

 

いやいや、お金ないんやから、なんにもできへんやろ。そういう方いるかもしれないので、めんどくさいから解説します。

 

例えば、あるゲームを考えてください。

そのゲームにランキングがあるとします。そのランキングは、勝つほど上がっていき負けるほど下がります。

つまり、ずっとゲームし続けられる人が一番強くなってしまうのです。

いわゆる、無職の人が最強になれます。

 

なぜか。社会人の人でも、仕事終わりに息抜きでやるとか、バイトの合間を縫ってやる。という考え方もできますが、

まず、会社に行くことがストレスであり、決まった時間に起きる事がストレスであり、バイトの時間を考慮する事がストレスなはずです。

 

その、合間にやっても、無職は、ノーストレスの状態で戦うのですから、優位性は一方的になるわけです。永遠にこの構造が崩れることはありません。

また、好きな事を好きなだけやれるのも、無職の特権であり、その無意識の修練が、次の時代が来たときにはまるか、はまらないかはわからないですが、希望性が高いです。

 

そういった点から、最強のポジションを得られたと思っています。

 

ただ、飯は食いたいので、そこだけは工夫して、なんとかお金を得る行動はしなければなりませんが、それもゲーム見たいなもので楽しいです。

 

私は、時間と体力があるので、次のチャンスが来たら、真っ先に飛び込むだけの余裕があります。

また、常に、社会にバグがないかをチェックしているので、バグを見つける事ができれば、最前線に立つ事ができます。

 

未来が見えないストレスよりも、今抱えるストレスの方が辛いはずです。

だから、私は今、何も辛くありません。

 

どうやって生きるかなんて、自分で決めるものです。

こういう事は言い飽きるのですが、自分の人生は、親や学校の先生が決めるものではありません。だからこそ、自分でその道を探し続ける事は大変かもしれませんが、週に5日働いて、2日休む方が、絶対にしんどいです。

 

誰もが気づいていながら、行動できていない所を、真っ先に突っ込むスタンバイができているので、よっしゃ来い。って感じです。

 

自分にできない事を数えるよりも、自分にできるかもしれない事を数える方がよっぽど、人生は楽しいものです。

だから、よりよい選択をするのであれば、無職になる事をおすすめします。

 

不安とは、自分の中からでてくるものです。

逆に、希望も自分の中からでてくるものです。