その日私は名古屋の病院に向かう 新幹線の中に居た。


突然新幹線がかなり揺れ、緊急停止する。

京都駅付近だった。



名古屋に着くまで何があったか分からなかった。

名古屋駅には人がもう、ごった返していた。



◇◇



当時アメーバには「アメーバピグ」というのがあって

パソコンで自分のアバターを作り、

友達の家やエリアを行き来したり

釣りやカジノ、チャットができて遊べたの。









まだまだ写真はあるけど、多すぎて… 笑



年齢、性別を超えて、

沢山の方に仲良くしてもらったよ。



だけど、東日本大震災後、

イン率がガクッと減ったんだろうね、

程なくしてパソコン版ピグはなくなってしまった。


スマホ版は今もあるよ、

着せ替えやメッセージのやり取りはできる。(無料)




東日本大震災後、連絡取れた友人は

家が流されてPCどころじゃない…と言っていたし、

連絡取れなくなってしまった人がほとんど。


生きているのか、亡くなってしまったのかも分からない。


ただ、生活がまったく変わってしまったのは確かで。



話せても、元気付けるなんて

とてもじゃないけどできなかったと思う。


小さな子供ちゃんが居る方も居た。


私は、あの瞬間まで普通に生活してた皆んなを知ってる。

なのにどうすることもできなくて……



その人たちを待つために、

ずっと同じアカウントで書いてたけど

BANされちゃったし。

ほんと役立たずだよな、


あれからの日を生きて、

今 穏やかに暮らしてることを心から願う。



◇◇



そして今日は、

親友だった彼女の誕生日だ。


生きているのか、亡くなってしまったのかも

分からない。


沢山病気を抱えてて、福島住みの彼女が

東京の病院で、お母さんらしき人に

車椅子を押されてた、という目撃情報が最後。



東京の病院に通ってた彼女の、

「東京に住民票がほしい」という願いのために

奔走した。

当時はガラケーだったから、彼女との電話代だけで

10万とかだった。


なんとか東京に住む友人に協力してもらって

住む家も環境も整えることが出来たんだけど、

顔合わせ当日、彼女は現れなかった




彼女のために、家も車椅子も提供してくれた友人には

申し訳ない気持ちでいっぱい。

「うーちゃんの親友なら」って

直接拘りのない彼女のために協力してくれたから。


直前に怖気づいて逃げてしまった彼女を

責める気持ちもある。



けれど、

「憂、死にたくない!生きたい!」

という彼女の泣き叫ぶ声が

今でも耳に残ってるんだよ



当時の彼女の病状から、

奇跡的に回復でもしてない限り

生きているとは考え難い。




東日本大震災のこの日、

被災者の方々のご冥福をお祈りすると共に、

私と同じように家庭環境が悪かった彼女に

言いたいことがある。





誕生日おめでとう、のん。

生まれ変わって今度こそ幸せになれ。