寒中お見舞い申し上げます
金子みすゞ
友人に詩集をいただいた。
そこで明治期の夭折作家を少し調べてみた。
樋口一葉 1872(明3)ー1896(明29)24歳没
石川啄木 1886(明19)ー1912(明45)26歳没
宮沢賢治 1896(明29)ー1933(昭8)37歳没
金子みすゞ 1903(明36)ー1930(昭5)26歳没
中原中也 1907(明40)ー1937(昭12)30歳没
金子が20歳の頃、樋口、石川は他界している。
宮沢27歳、中原16歳である。
宮沢、金子、中原に知己があったかどうか知らないが
中原はこまっしゃくれた、いけすかねぇガキであった
ろうから金子の好くところでないだろう。
しかし、金子と中原は同郷である。金子は慈愛の人
である。「素元ツンケンせんで、お菓子食ぶる?」
と言うかどうか知らないがバカの中原を弟のように
可愛がったに違いない。
宮沢と金子はウマがあったのではないか。
宮沢は宗教人である。
沈思黙考の人である、たぶん。
中原のたわごとを「ウン、ウン」と風のように、
小川のせせらぎのように聴きながら、太陽の熱素
と光素、分解と再生のことで頭がいっぱいなので
あった。知らんけど。
それにしてもヘタだなぁ、今回の大河は。
いかに独眼竜政宗は見応えがあったか。
ジェームス三木は偉大だ。
美しい日本の桜
4月3日 20:30~22:00
靖国神社で花見
同 22:10~6;00
九段の飲み屋(店の名前も知らないけど毎年ここ)
4月4日 14;00~16:30
高稲荷公園で花見
同 17:00~19:00
江古田の乃がた
同 19:30~0:00
こばやし
4月5日 23:00~1:00
こばやし
時間ははっきり覚えていないので適当。
結局、日曜の上野公園での花見は欠席した。
そりゃそうだわ、金曜からこっち寝てる以外はほぼ飲み。
身体がもたんちゅ~の。
皆さん、お疲れ様。
疲れてねぇか、飲んでるだけだから。
河兄、準備ご苦労様でした。
靖国神社で花見
同 22:10~6;00
九段の飲み屋(店の名前も知らないけど毎年ここ)
4月4日 14;00~16:30
高稲荷公園で花見
同 17:00~19:00
江古田の乃がた
同 19:30~0:00
こばやし
4月5日 23:00~1:00
こばやし
時間ははっきり覚えていないので適当。
結局、日曜の上野公園での花見は欠席した。
そりゃそうだわ、金曜からこっち寝てる以外はほぼ飲み。
身体がもたんちゅ~の。
皆さん、お疲れ様。
疲れてねぇか、飲んでるだけだから。
河兄、準備ご苦労様でした。
忘れえぬ女
イワン・クラムスコイ「忘れえぬ女(ひと)」
1883年
油彩・キャンヴァス国立トレチャコフ美術館所蔵
邦題では「見知らぬ女(ひと)」とも呼ばれている。
英文題では「Unknown Woman」「Stranger」
昔、イエナという洋書屋にバイトで出入りしていたとき外商部にこの絵が飾ってあった。
サイズは畳の1.5倍くらいだったか、もちろん複製画である。
スラブ系の顔が美しい。
題材は帝政ロシアの貴族の子女か。
1883年といえば帝政も末期である。
馬車から見下す姿は帝政の虚勢をはる、というか威信から醸し出される傲慢さが。
というような評価が当たっているかどうかは知らない。
本物を観るのは30年来の因縁だと思う。
これも5月の連休に出かけるとしよう。
「国立トレチャコフ美術館展忘れえぬロシア」展
会場:Bunkamuraザ・ミュージアム
会期:2009年4月4日(土)~6月7日(日)
油彩・キャンヴァス国立トレチャコフ美術館所蔵
邦題では「見知らぬ女(ひと)」とも呼ばれている。
英文題では「Unknown Woman」「Stranger」
昔、イエナという洋書屋にバイトで出入りしていたとき外商部にこの絵が飾ってあった。
サイズは畳の1.5倍くらいだったか、もちろん複製画である。
スラブ系の顔が美しい。
題材は帝政ロシアの貴族の子女か。
1883年といえば帝政も末期である。
馬車から見下す姿は帝政の虚勢をはる、というか威信から醸し出される傲慢さが。
というような評価が当たっているかどうかは知らない。
本物を観るのは30年来の因縁だと思う。
これも5月の連休に出かけるとしよう。
「国立トレチャコフ美術館展忘れえぬロシア」展
会場:Bunkamuraザ・ミュージアム
会期:2009年4月4日(土)~6月7日(日)
行かなくっちゃ 君に会いに行かなくっちゃ
阿修羅像が来た。だけでなく興福寺の至宝がいっぱい。
子供の頃から慣れ親しんだ精神世界を具象化した仏像。
実は阿修羅像はあまり好きではなかった。
勝手な言い分だが完成度が高すぎる。
最近になっていいものはやはりいいというふうに改めた。
5月の連休ぐらいにご尊顔を拝すとしよう。
あと、どうしても観ておかなくてはならない絵がある。
子供の頃から慣れ親しんだ精神世界を具象化した仏像。
実は阿修羅像はあまり好きではなかった。
勝手な言い分だが完成度が高すぎる。
最近になっていいものはやはりいいというふうに改めた。
5月の連休ぐらいにご尊顔を拝すとしよう。
あと、どうしても観ておかなくてはならない絵がある。
悪魔の言葉
知らず知らずのうちにヘロヘロのベロベロでフラフラになるほど酩酊することがある。歳のせいで酔いの加速度が増しているのかと思ったらそうではない。
茹でカエル現象というのがある。カエルを鍋の水の中に入れて、その鍋の水を徐々に加熱していくと変化が緩やかなためにカエルは気がつかず逃げ出そうともしない。そしてやがてそのまま茹でられて死んでしまう。
これからですよ。
悪魔の言葉が聞こえる。
とても濃い酒(焼酎9に対し烏龍茶1の割合)を作られ、すでに酩酊しているにもかかわらずそれを飲まされる。
茹でカエルと同じで身体の変化に気がつかない。
この愚か者に対して日に約ボトル1本を飲ませる行為を「営業」という。
営業部長、営業課長、営業主任という職制まであるが、とまれ私も営業部の一員ではなかったか。
とはいえ営業部長にいわせれば自分で作っても相当濃いらしい。
一概に否定できないがどうしても飲まされている感はぬぐえない。
ビアスの「悪魔の辞典」だったか「酔っ払いは全世界のあらゆる問題は自分とは無関係であり、常に他人に対して責任を追及するが、解決の提議もする無責任者」という一説を紹介して戒めとしたい。
茹でカエル現象というのがある。カエルを鍋の水の中に入れて、その鍋の水を徐々に加熱していくと変化が緩やかなためにカエルは気がつかず逃げ出そうともしない。そしてやがてそのまま茹でられて死んでしまう。
これからですよ。
悪魔の言葉が聞こえる。
とても濃い酒(焼酎9に対し烏龍茶1の割合)を作られ、すでに酩酊しているにもかかわらずそれを飲まされる。
茹でカエルと同じで身体の変化に気がつかない。
この愚か者に対して日に約ボトル1本を飲ませる行為を「営業」という。
営業部長、営業課長、営業主任という職制まであるが、とまれ私も営業部の一員ではなかったか。
とはいえ営業部長にいわせれば自分で作っても相当濃いらしい。
一概に否定できないがどうしても飲まされている感はぬぐえない。
ビアスの「悪魔の辞典」だったか「酔っ払いは全世界のあらゆる問題は自分とは無関係であり、常に他人に対して責任を追及するが、解決の提議もする無責任者」という一説を紹介して戒めとしたい。
エクソシスト
エクソシストは一人で見た記念すべき洋画第一作。
主役のリーガンを演ずるのはリンダ・ブレアでたしか同じ年頃だったと思う。
テーマ曲はチューブラ・ベルズ。今でもたまに聞く。
うろ覚えであるがリーガンの母親が街を歩く。枯葉が舞う秋の終りか冬の初めに
リーガンの異常に気付き始めたというシチュエーションのなかで流れた曲だったような。
のちにそのシナリオを読む機会があったが(もちろん英文)悪霊にとりつかれたリーガンの言葉はさっぱりわからなかった。映画で観たときはスラングと宗教的な意味合いがあったような。
とても少女が発する言葉とは思えないという気がしたが(実は悪霊がリーガンの
身体に乗り移り自らの言葉として発している)、それでも字幕は精一杯抑制の効
いた翻訳に努めたのだろう。
さて春である。どうも春は脳の言語野を麻痺させるのではなかろうか。
一般論ではない。我が身のことである。
明日はまだ咲き誇りきれない桜のなかで自制しなければならない。
主役のリーガンを演ずるのはリンダ・ブレアでたしか同じ年頃だったと思う。
テーマ曲はチューブラ・ベルズ。今でもたまに聞く。
うろ覚えであるがリーガンの母親が街を歩く。枯葉が舞う秋の終りか冬の初めに
リーガンの異常に気付き始めたというシチュエーションのなかで流れた曲だったような。
のちにそのシナリオを読む機会があったが(もちろん英文)悪霊にとりつかれたリーガンの言葉はさっぱりわからなかった。映画で観たときはスラングと宗教的な意味合いがあったような。
とても少女が発する言葉とは思えないという気がしたが(実は悪霊がリーガンの
身体に乗り移り自らの言葉として発している)、それでも字幕は精一杯抑制の効
いた翻訳に努めたのだろう。
さて春である。どうも春は脳の言語野を麻痺させるのではなかろうか。
一般論ではない。我が身のことである。
明日はまだ咲き誇りきれない桜のなかで自制しなければならない。
「桜子」って名前にする案があった
また暖かくなった。
地下鉄に乗ると長い袴をはいた若い女性を見る。
明治大正期の女学生風。卒業式だろう。
記憶をたどればこのようなスタイルが流行りだしたのは
1985年ぐらいかと思う。「はいからさんが通る」の影響が大きいに違いない。
このころは髪をあげ、矢羽の着物に裾の高めな袴、ブーツが定番だったような。
今は矢羽もブーツも見ない。親子二代でこのスタイルというのもあるだろう。
好きか嫌いかといえば嫌いである。そんなもん宝塚だけにしとけ。
あういう復古調はどうも生理的に嫌いだ。
とはいいつつもどっかのバカ娘が着た日にゃ写真撮ったり泣いたりするんだろうなぁ。
今年は桜が舞い散る頃に入学式か。しかし日本は儀式が多い。この話しはまたいずれ。
地下鉄に乗ると長い袴をはいた若い女性を見る。
明治大正期の女学生風。卒業式だろう。
記憶をたどればこのようなスタイルが流行りだしたのは
1985年ぐらいかと思う。「はいからさんが通る」の影響が大きいに違いない。
このころは髪をあげ、矢羽の着物に裾の高めな袴、ブーツが定番だったような。
今は矢羽もブーツも見ない。親子二代でこのスタイルというのもあるだろう。
好きか嫌いかといえば嫌いである。そんなもん宝塚だけにしとけ。
あういう復古調はどうも生理的に嫌いだ。
とはいいつつもどっかのバカ娘が着た日にゃ写真撮ったり泣いたりするんだろうなぁ。
今年は桜が舞い散る頃に入学式か。しかし日本は儀式が多い。この話しはまたいずれ。
健康診断
に行ったというより診療所にWBCを見に行ったというほうが当てはまっているような。
まぁ、とりあえず終わった。あとは結果次第。
昨日は家飲みで烏龍割り3~4杯。このくらいがちょうどいいかもしれない。
健康あってのものだね。もう歳なんだから。ほどほどにね。
最近よく言われるなぁ。俺を健康にする気か!
まぁ、とりあえず終わった。あとは結果次第。
昨日は家飲みで烏龍割り3~4杯。このくらいがちょうどいいかもしれない。
健康あってのものだね。もう歳なんだから。ほどほどにね。
最近よく言われるなぁ。俺を健康にする気か!
