2人目は8歳差で出産し、42歳での赤ちゃん子育てしています。
実は2人目妊活してて、一度も妊娠することはなかったです。同じく2人目不妊の友達が「流産して〜」と話を聞く度に、あの妊娠の喜びをまた味わえたんだな‥いいな‥と思っていました。(流産の悲しみを考えず、当時はそう思っていました)
1人目は1年半ほどかかり、今回ダメだったら病院に‥と言っていた矢先に妊娠し、そのまま出産まで無事に終えました。なので2人目もそれなりに時間かかるだろうな‥とは話していました。
幼稚園に入園すると、お友達には兄弟姉妹がいる。でも私にはいない。そう気付いた娘から幾度となく「弟か妹が欲しい!」「なんで赤ちゃんおなかにいないの?」と聞かれては胸が痛みました。
入園、おゆうぎ会など、子供の行事が終わるたびに「あぁ、もうこの感動を味わうことができなくなるのか」そう思いながらひとつひとつ、噛みしめながら成長する姿を目に焼き付けていました。
妊活でしていたのは、基礎体温。毎朝やっていました。何年もやっていると慣れました。夫婦生活は妊活だから‥でなく普段から多く、旦那さんから「もうすぐ排卵日だから‥とか言わなくていい」と言われていました。それでもそのうち旦那さんも何日に生理があったから、もうすぐだね‥なんて言っていました。
話し合い、病院には行かない、と決めました。1人授かれただけでもものすごい事だし、2人目を望むのは贅沢だ、ワガママだ、といつしか思うようになりました。
妊活中、一度も妊娠しない。1人目がキセキだった。娘は7歳に。私も40歳を過ぎた。いつか次の子のために‥と、娘の物を大事にしまっていた。
久しぶりに衣装ケースを開けると、黄ばみが目立つものも。そろそろ区切りつけなきゃな。少しづつ気持ちを整理しなきゃな。とりあえず、おんぶ紐なども処分しようかな。少しづつ、処分していこう。
妊活の終わりを、私は44歳にした。よし、それまでに整理していこう。この時点で私の中で8割、2人目はもうできないんだろな、と思っていた。だって、一度も妊娠しなかったんだから。
1人目妊活中は病みそうだった。1年半だったけど、いや、すでに病んでたのかもしれない。
旦那さんの兄と弟には3人ずつ子供がいた。義実家の集まりが苦痛だった。幸い、お姑さんやら赤ちゃんの催促はなかった。とても優しい義実家に嫁いで本当によかった。
そんな中、中学の時の友達と集まろうっとなった。私を含め4人。1人は独身、2人は子どもあり。事前に聞いていた、その2人は妊娠中で臨月近くておなかも大きい‥と。私は独身の友達に「赤ちゃんできなくて、妊娠中の友達に会うのこわくて会うの迷ってる」と。結局は会った。妬みや嫉妬、ないとは言えないけど会えた嬉しさの方が大きかった!会ってよかった!
それから私達夫婦は妊活関係なく、痩せようや、と話になり、ポケモンgoを始めた。ウォーキングの暇つぶし程度に始めたけど、歩くことでポケモンが進化していく。歩きながらポケモンゲットしたり‥とにかく楽しくなっちゃって、ポケモンのためにさらに歩く‥という感じになった。
半年ほど経つと、体重はあまりかわらないものの、体が引き締まってきた。ポケモンも楽しい!
旦那さんから「もう基礎体温やめたら?それもストレスになってない?」と言われた。少なくとも5年以上続けててストレスではないと思うけどなぁ~と思いつつ、スパッとやめてみた。
もうすぐクリスマス。サンタさんへお手紙を書いてる娘が「ママもお願いしてみたら?サンタさんなんでも叶えてくれるよ!」と無邪気に聞いてきた。「いやいや、大人にはくれんのよ」「なら、私が書く!あと大人だから200円入れておこう!」と 笑。
CRFは、バイクの250ccのことです 笑。「1り」は、1人のことです。
そして翌月、妊娠発覚!クリスマスベビーと呼ばれるやつです。娘は今も、サンタさんにお願いしたから赤ちゃんがきたのだと思っています。でも、5年以上妊娠反応すらなかったのに、偶然なのかな?とも思う。娘が連れてきてくれた、呼んでくれた赤ちゃん。
絨毛膜下血腫に始まり、輸血が必要になる出産だった。胎盤が剥がれずそれで大量出血になったけど、そのおかげで赤ちゃんも流れずにすんだ。
そんな赤ちゃんも、もうすぐ1歳。あの忘れられない出産から1年経つのか。少し前に手足口病にかかり、今はおむつかぶれで大変。育児でストレス受けて、育児で癒やされ楽しい日々を過ごしてます。
前の記事で、旦那さんのバッグについてる赤いシールについて書いたんだけど、娘がそのシールに気づいて「シール、なにそれ。それ、なんで剥がさないの?」と聞きまくってて、旦那さんも詳しく言いたくないもんで「もう‥うるさい‥」と言ってた 笑。
今度娘に教えてあげとこう。
