久々の浮上。
こんなに毎回間隔が空くのに
辞めないというところを見ると
やっぱり自分の気持ちを整理
というか吐き出せる場所が
不可欠なのだろう。
まあそれはともかく、
相も変わらず
オートモードで
日々をこなしている。
以前に触れたか記憶も薄いが
私は家族のトラブルをカタチを
変えつつも慢性的に抱えている。
父・母・兄・私の構成なのだが
一人ひとりが何かしら抱えており
なぜか毎回わたしが解決役を担い、
その問題の害を全て被っている。
その度に感情が大きく揺れ、
振り回され、叩きつけられる。
バラバラになった心は元に戻らない。
家族が好きだった。
特に母親のことが大好きだった。
でももうあの頃のような
無邪気な思いで
「大好き」とは
言えなくなっている。
それが大人になるということなのだろうか。
わたしには精神的に頼れる存在がいない。
それも大人になるということなのだろうか。
何度も恨んだが、許した。
恨むことがしんどかったから。
家族に憎悪を持つのは
心に鉛をつけるのと同じだと思った。
許すと楽になれると思っていた。
確かにちょっと楽になれたし
自分が成長できたように感じた。
でも実際のところ
許すこと=忘れるという
ことではないことに気づいた。
些細なことで
フラッシュバックを起こして
あの時の混沌とした感情を
呼び起こしてしまうということ。
今朝の夢では
母に怒鳴りながら
自分の思いをぶつけていた。
分かってもらえないと
分かりながらも
ぶつけ続けていた。
そして知らない民家で
○を吊る場所を探していた。
現実世界では母ではなく
父と揉めているのだが
その件で母と連絡を取ると
こんな夢を見てしまったわけだ。
清算したつもりだったのに
母とのトラブルで
心が激しく乱れたこと過去が
すぐに浮かび上がってきてしまい
朝から気が滅入った。
許したってあの時のわたしは
まだ消化不良を起こしてるんだと。
憂鬱感が背中に重たく
のしかかり、活力を吸い取る。
世の中の人が元気で
羨ましくなるのだが
そう言った意味では
わたしは折り合いの
付いていない問題を
抱えすぎてしまい、
燃費が悪くなって
しまったのだろう。
「嫌なことがあっても
寝たら忘れるんだよね〜」
こう言える人が
羨ましかったのだが
今は嫉妬心に変わり
腹が立ってしまう。
わたしは寝たら忘れるどころか
夢に出てきてしまうので
絶対に忘れることができない。
もう少し上手く
やれたらなと思うのだが
如何せん感受性が豊かなので
喜怒哀楽全てを吸収してしまう。
ここ6、7年で
家族が重たくなってしまい
何度も家族を抜けられたらなと
思ったことだろうか。
まだ母親が理解を示して
くれるようになったことが
救いではあるので完全に
切るフェーズには至っていない。
でも母親は未熟なので
単純な思考と動機づけで行動し
意図せずわたしを傷つけてしまうのだ。
母親が就活する時は
バブルで短大卒でも
大手企業に就職でき
”女はクリスマスケーキ”時代に
25歳で初めてのお見合いで
結婚し、念願の寿退社。
男女一人ずつサクッと出産し
専業主婦になり、公務員の夫と
健康児二人を育て上げた。
人生がこんなに上手くいった人は
やはり圧倒的に思考力が足りない。
自分の母親をこんな表現をしてしまい
本当に親不孝者だと思うが
しっかりと迷惑を被っているので
これくらい言わせてもらっても
割に合わないくらいだ。
父親も以下同文。
いや、父親の方が
もっとイージーモードだ。
ここに御坊ちゃま要素が
加わるのでもっとタチが悪い。
トントン拍子に
進んだ者同志の結婚で
捻れはなく真っ当に
育ててもらえたが
自分が大人になると
親の程度が知れた。
もちろん感謝はある。
だから問題解決に奔走した。
でもその度に
親の人間力が伺えて
自分が責任を背負い、家族を
引っ張らざるを得なかった。
悪人ではないからこそ
家族を切ってしまうと
悲しませることにもなるので
良心と責任感で家族を続けている。
人生が上手くいっていると
思考力を働かせる機会が少ないが
多少問題に対する解像度が低くても
大体の輪郭さえ掴めれば
問題をスキップできるのだ。
でも歳を重ねていく中で
問題が重くなり始めた時には
思考力のギガ不足が起こり、
もちろんOSも追いついておらず、
何をするにしても
バグを起こすようになる。
使いたくない
言葉ではあるが
それが老害と
言われるものだと思う。
人に害だなんて
言いたくないという
道徳心・倫理観を
持ち合わせてはいるが
身内に問題を燃えたぎらせ
延焼に延焼を重ねる者が
居るので感情という概念で
認知するようになった。
家族の問題は醜く根深い。
自分で家族を作りたいという
夢があったが年々薄れていき、
人生の方向性すら見失いつつある。
仕事はこなすだけ。
ストレスで過食し
体重は増加する一方で
ストレスのループに
ドン浸かり。
学生時代の友達は
みんなさよならし、
親友の一人も失い、
友達はほぼいなくなった。
”人間関係が切れていって
しまうのは新しい人間関係を
作るため”とかいうけれど
わたしはただ”切れた”だけ。
揉めたわけではなく
自分の心を守るために
そうするしかなかったし、
後悔もしていないのだが
こんなにも切れていってしまい
家族とすらこんな状態になって
しまうのならわたしが
いけないと思わざるを得ない。
自分の選択ではあるのだが
それらの判断が正しかったとは
言い切れず、自信をなくしている。
このブログを書く前は
ヨーロッパ周遊ツアーのサイトを
見て、現実逃避をしていた。
仕事がどんどん負担が大きくなり
休みも少なくてこんな感じで
プライベートも詰んでいるので、
この一年働いたら辞めようと思う。
1年間頑張ってお金貯めて
来年はヨーロッパを旅して
一旦リセットしてみたい。
本当に旅行でリセットが
できるのかは不明瞭だが、
どうせなら今の気苦労を
言い訳に無茶してもいいだろう。
やっぱ独身は自由でいいな。
嫌なら仕事辞めれるし
やりたいことに全振りできる。
誰かに何かを言われても
「じゃあ私の人生やってみろよ」
って言い返せば何も言ってこない。
なんだかオチもなく
どうしようもない感情を
長々と書き連ねてみたら
最後独身最高ってなってて草。