今ここに生きる理由がきっとある -16ページ目

今ここに生きる理由がきっとある

ブログの説明を入力します。

景行天皇陵

第12代天皇。ヤマトタケルノミコトのお父様です


景行天皇については→コチラ

ヤマトタケルのミコトについては→コチラ


詳しい説明は阿礼ちゃんがしてくれますw





どどーん

崇神天皇陵からここまで歩いても20分くらい。

崇神天皇陵もここも駐車場はあります。



残念ながら大きすぎて前方後円墳な感じはよく分かりませんでした。



眺めはいいですね。何にも無く。



纏向石塚古墳


電車がピンクで花柄で可愛かった


相方氏が(行きたい+行きたい)×5って言っていた、纏向石塚古墳


どーん

以上!



というか、ホントにこのモリモリした所が古墳なのかもよく分からなかったんですけど


桜井市立埋蔵文化センターに発掘されたグッズ達が展示されているのですが


もちろん


休館日




続く

高杉さんが使っていたといわれる、萩ガラスのワイングラス

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買っちゃいました~


なかなかいいお値段でした( ´艸`)


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高さ8cm!


今まで実物を見る機会がなかったので、こんなに小さいとは思ってなかったです。



そして


徳富蘇峰記念館で開催中の


『吉田松陰とその大いなる系譜』展


行ってきました。だいぶ前にw


行った人みんな、良かった。と、おっしゃっていたので期待して行きましたが、期待通りの面白さでした

(´∀`)


お近くの方はぜひぜひ!



徳富蘇峰は八重の桜で八重さんに猪一郎さんって呼ばれてた方なので、記憶にも残っているかと。


そういえば、世田谷の松陰神社に徳富さんの植樹の碑があったので、なんでだ??と思った時もあったなぁ~



伝記『吉田松陰』を書き、松下村塾門下生との交流も多くて、その中のコレクションの展示になってます。





松陰先生直筆の『三余説』


直筆ですよ!下田で密航に失敗して萩の野山獄に送られた時に書いたもの。


大河でいうと、明日か来週あたりの時期ですね。



徳富さん宛てに山尾庸三・木戸孝正(桂さんの養子)・広沢(だれだ?)から俊輔のロシア行きの送別会のお誘いなんかあって、松下村塾門下生じゃないのに、門下生並みの交流の深さで驚き!


俊輔の書に対しての感想も書いてあったりして、面白かったです。



なにより驚いたのが徳富さんの蔵書の数。


初版本なんだろうな~。ちょっと読ませて!!!って書籍が山のようでした・・・( ̄▽ ̄)=3



梅園の梅はまだ咲いてなかったけど


夏みかんは実ってた~。萩っぽい!!



徳富蘇峰記念館


神奈川県中郡二宮町二宮605



先日、ブロ友さんのブログで知ったのですが、2月8日


日本武道館で日本古武術演武大会が開催されるそうです


スケジュール見ると、心形刀流・北辰一刀流・天然理心流などなど


詳しくはこちら→HP


面白そうなので行って見たいのですが、その日は萩にいるので行けない(´・ω・`)

崇神天皇山辺道勾岡上陵 (行燈山古墳)








まわりが遊歩道になっているので、歩いてみます



この辺、前方後円墳っぽい↓


外周に積み上げられた堤は江戸時代末期、柳本藩が修復したもので、古墳築造当時の姿ではなくなってしまったようです。

柳本藩はあの織田信長の弟、有楽斎さんが祖。



わたしが歩いている道が日本書紀にも記述が残る『山の辺の道』



桜井市と天理市をつないでいる道です。


普通のお散歩みたいになってしまいました


この先、おやつ休憩する場所がなさそうなので、陵墓の前にある和菓子屋さんでおやつ購入




陵墓の形のおまんじゅうと、おだんご


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おだんごは出来たてでホカホカでした



黒塚古墳

あの有名な三角縁神獣鏡が出土したのがこの古墳なのです




古墳自体は小さい



上から見るとこんな感じ


こんな風に埋葬されてたようです





戦国時代には古墳が城郭に利用されていたようです。





黒塚古墳展示館 12月28日~1月4日までお休みでした~





三角縁神獣鏡見たかったのにな



続く