2011年、年始早々に予約をとり不妊治療の病院へ。
36になる年を迎え、「一応、調べておくかっ!」くらいの軽い気持ちでした。
33で結婚したけど、すぐには子供は欲しくなかったのです。
実際はもっと早く妊活始めておけばよかった・・・・これに尽きるのですが。
一通りの検査を終え、出た結果がAMH値の低さ。年齢からいくと50手前の卵巣だそう。
それでも先生はいきなり体外受精とは言わず、タイミング→人工授精→体外受精を半年かけないでやってみましょう、ということで頑張りました。
が、あれよあれよという間に体外受精へステップアップ。
一度目の採卵で2つ、二度目の採卵で3つ、すべて受精でき、移植へ。
一度目の移植でなんと妊娠できました。
が、すぐに出血。絨毛膜下血腫でした。結局入院するほどひどくなり1か月半病院へ。
安定期に入り、もう大丈夫だろうと思った矢先にまた出血。
そして、感染症を引き起こしてしまい5か月で流産。
こんなに悲しいことがあるのかというくらい、泣きました。
風も冷たく感じるようになった10月終わりの出来事でした。
年明け2012年、すぐに治療を開始したくて、元の病院へ。
「一度妊娠できているから大丈夫」の言葉を信じ、治療再開。
でもまたトラブル。
「子宮の中に何か残っている」とのこと。
すぐに流産でお世話になった病院へ検査しにいくと「子宮に腫瘤があり、血流が激しい」
手術まで入念な検査がありました。
手術で腫瘤をとることになったのですが、ギリギリまで開腹か腹腔鏡か担当医は悩んでおられました。
4月、無事に手術終了。
でも3か月は妊娠してはいけなかったので、夏まで待ちました。
8月、不妊治療再開。
最初に採卵した卵を分割胚で移植→陰性
9月
凍結している卵すべてを胚盤胞へ。1つ移植→陰性
10月
胚盤胞1つ移植→陰性
11月
子宮鏡で子宮を検査→異常なし
12月
胚盤胞1つ移植→陰性
どうも自分が妊娠できる気が全くしない。それより段々遠ざかっているようなそんな感じでした。
気持ちはどんどん落ち込み、かなりまいっていました。
年明け2013年、凍結卵がゼロになったのでまた採卵から。
次は二段階移植でとのこと。
2月採卵 3月移植→陰性
5月
また採卵から。次も二段階移植の予定。
とれた卵は2つ。うち一つは分割胚で凍結、もう一つを胚盤胞へ成長させたものの移植できない卵となりました。でも先生はクールですね。「さっ 次は・・・」と切り替えが早い。
今回は主人の精子の調子もよくなく顕微授精でした。お値段も格段に高い!
共働きでも10万単位をポンポンと払えられるほど裕福でもなんでもない。
一回一回の治療に全力で頑張っているのだ。
なんとなくやりこなされている感じが抜け出せず、病院に対する不信感が募る。
6月
淡々と不妊治療は回数を重ねないと気持ちがもたないと自分に言い聞かせるも、どんどん感情的になり、先生や看護師に素直になれなくなってくる。
こんな気持ちじゃ、うまくいくこともいかなくなるんじゃないかと思い転院を決意。
病院探しをネットでするもののなかなか決心つかず。
とりあえず今月いっぱいはいろんな病院で話を聞こうと決めました。
候補は、神戸の夢クリ、大谷。大阪の越田、オーク、宮崎。
私と相性のいい病院はいったいどこなんだろう?
2013年の誕生日で39歳。
こんなはずじゃなかったと後悔してはの繰り返し。
子供がいない人生も一つ・・・そう思いつつもまだ頑張れるんじゃないかと自問自答。
今年も半年が過ぎ、次こそは!と期待を込め、次の病院で今度こそ妊娠するぞっ