慌ただしく大晦日を迎えました
今年一年私には、激動の一年でした
弟を亡くしたこと
弟は、もう戻ってこない
二度と会えない現実は、まだ受け止められません
そして仕事の方も、忙しかった
駆け足で進んできました
来年は、仮園舎に引っ越し、いまの保育園は、取り壊し建て替えに二年間かかります。その準備室に入り、様ざまな業務が待ち受けています。
震災も忘れません。被災地の皆さんは、未曾有の震災となり、今でも大変な日々を送っていらっしゃる。
私の保育園でも、3.11の日は、沢山の子どもたちがいるなかで、子どもたちを守るために、職員と一丸となり頑張りました
沢山いろいろなことがあった年でした
来年の今は、どうなっているのでしょう?
不安は沢山ですが、一つひとつ乗り越えていかなくては、弱音はいている訳にはいかないです
私の周りの皆さんに支えられていること感謝の気持ちを忘れずに過ごしていくこと
大切にしていきます。
このアメブロで&LOVEのラブラーさんとお知り合いになれたこと。ありがとうございます

来年もよろしくお願いいたします
そして常にMASAMIさん
SATOMIさんがいつもHappyを届けて下さり、ありがとうございました
私には、大変な時にも&LOVEのお洋服のことを考えると嫌なことも忘れられました
中村中ちゃんの歌で
どんなに励まされたことか。あたるちゃん、お母さんありがとう
「仕事納め by 中村 中」
私は今,2011年の仕事納めである「よのなかばかなのよ」の生放送をするべく,海浜幕張BAY FMへ向かう車の中にいる。
2011年は3月に大きな惨事があり,例年よりも少々元気のない毎日を送っていたので,4月からはじまった「よのなかばかなのよ」の事を,
こんなタイトルにして良かったのかしらと悩む事もありました。
BAY FMに向かう途中にはレインボーブリッジが架かっていて,4月から秋頃までは真っ暗だった。(節電でね)
レインボーブリッジの電気が消えた事で,お台場の灯りが映り込んだ海や,芝浦のビル街がこんなに綺麗だった事を知って,妙に感動したのを覚えている。
見方を変えたら,不幸な事も幸せに思えるなんて,私はなんて単純なんだろうと思うと,悩んでいる事自体馬鹿馬鹿しくなった。
くよくよしていないで,自分が抱えている問題から取りかかればいいや。
そう考えたら,「よのなかばかなのよ」は,そんなに悪いタイトルじゃないなって思えた。
いつ頃からでしょうか。
今日もレインボーブリッジは煌々と光を放っていました。
「この辺り,明るくなりましたねー」とマネージャーと話していると,
もう暗い事に慣れてしまっていた自分に気がつきます。
私はバブルを知らない世代なんだけど,
その世代の人たちって,与えられた範囲で生きる事に慣れているような気がします。
物が無ければ無いなりに,それなりに楽しく生きてゆける気がします。
むしろ,
そうでなくては詰まらないし,息苦しい。
2011年は,そういう事を私に学ばせてくれました。
音楽って,目に見えないけど,
でもだから,人々にとって,自分のちょうど良い形に見えるんだと思う。
自分と重なったり,自分の大事な人と重なったり,
時にはズレたりして,離れたくなる時もあるけど,
でも,やっぱり必要な時にはそっと側にいてほしい。
それが音楽なのかな。
答えなんか見つからないし,見つけたくないけど,
少しだけ,音楽がどんな顔をしているのか,
どんな輪郭なのかわかった気がしました。
たぶんね。
のっぺらぼうだよ。
聞く人の心境によって,その顔が変わる。
私はこの先も,そののっぺらぼうに,凹凸を付けるのを極力避けながら歌ってゆくつもり。
今年は,
どんな顔に見えた?
来年は,
どんな顔に見えるんだろう。
私は,
それを確認してもらいたくて,
これからも歌い続けます。
今年は,
本当にありがとう。
2011年は,
大きなよろこびがなかったとしても,
かなしみがなかったとしても,
私にとって確かな一年でした。
中村 中
私は今,2011年の仕事納めである「よのなかばかなのよ」の生放送をするべく,海浜幕張BAY FMへ向かう車の中にいる。
2011年は3月に大きな惨事があり,例年よりも少々元気のない毎日を送っていたので,4月からはじまった「よのなかばかなのよ」の事を,
こんなタイトルにして良かったのかしらと悩む事もありました。
BAY FMに向かう途中にはレインボーブリッジが架かっていて,4月から秋頃までは真っ暗だった。(節電でね)
レインボーブリッジの電気が消えた事で,お台場の灯りが映り込んだ海や,芝浦のビル街がこんなに綺麗だった事を知って,妙に感動したのを覚えている。
見方を変えたら,不幸な事も幸せに思えるなんて,私はなんて単純なんだろうと思うと,悩んでいる事自体馬鹿馬鹿しくなった。
くよくよしていないで,自分が抱えている問題から取りかかればいいや。
そう考えたら,「よのなかばかなのよ」は,そんなに悪いタイトルじゃないなって思えた。
いつ頃からでしょうか。
今日もレインボーブリッジは煌々と光を放っていました。
「この辺り,明るくなりましたねー」とマネージャーと話していると,
もう暗い事に慣れてしまっていた自分に気がつきます。
私はバブルを知らない世代なんだけど,
その世代の人たちって,与えられた範囲で生きる事に慣れているような気がします。
物が無ければ無いなりに,それなりに楽しく生きてゆける気がします。
むしろ,
そうでなくては詰まらないし,息苦しい。
2011年は,そういう事を私に学ばせてくれました。
音楽って,目に見えないけど,
でもだから,人々にとって,自分のちょうど良い形に見えるんだと思う。
自分と重なったり,自分の大事な人と重なったり,
時にはズレたりして,離れたくなる時もあるけど,
でも,やっぱり必要な時にはそっと側にいてほしい。
それが音楽なのかな。
答えなんか見つからないし,見つけたくないけど,
少しだけ,音楽がどんな顔をしているのか,
どんな輪郭なのかわかった気がしました。
たぶんね。
のっぺらぼうだよ。
聞く人の心境によって,その顔が変わる。
私はこの先も,そののっぺらぼうに,凹凸を付けるのを極力避けながら歌ってゆくつもり。
今年は,
どんな顔に見えた?
来年は,
どんな顔に見えるんだろう。
私は,
それを確認してもらいたくて,
これからも歌い続けます。
今年は,
本当にありがとう。
2011年は,
大きなよろこびがなかったとしても,
かなしみがなかったとしても,
私にとって確かな一年でした。
中村 中











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