2025/10/22
自虐
私はずっと母が嫌いだった。
毎日父の悪口を聞かせらるのが本当は嫌だった。勿論父も悪い所があった。でも父は母の悪口を言う事は一切なかった。
私は小学生の頃自分の意固地な性格や泣き虫な性格のせいで嫌われていたし虐められたりもした。でもそれを両親に伝える事は出来なかった。心配させたくない、そんな自分を、恥ずかしい、受け入れて貰える自信がなかったからかな。
でも嫌われてるけどあからさまな酷いいじめではなかったから勇気を出してその頃皆がやっていた誕生日パーティーで自分の家に友達を招待すると言うのをやってみた。
その時にパーティーの恒例のそれぞれから誕生日の人へ向けてのお手紙を読む。と言うのがあって皆読んでくれたんだけど集まってくれた4.5人皆がすぐ泣くのダメだよ的な内容だったの(それ事態は私が悪い)でもその頃の私は誕生日に言われたのが悲しくて惨めだった。皆が帰ってから母への申し訳ない気持ちともしかしたら慰めてくれるかもとの気持ち半々でいた時に母に言われたのは「やっぱり泣いてるんじゃん!本当に恥ずかしいね!!」という言葉だった。多分そう言われるのもわかっていながら期待していた事に絶望した。
まぁそれから色々成長し高校生になっても母の父への悪口は止まらなかったよね。同時に私に寄り添って貰える事は相変わらずなかったw頭痛が辛くて休みたいと言えば怒られた。私の高校の事をあんっな高校なんてって馬鹿にされた。それでも門限は厳しくて18時迄には帰宅しないとダメな為バイトも限られた(これは普通なのかもしれないが)
そして私は高校になっても性格が悪かったからやっぱり嫌われた。直したくてもどう直し良いのか分からずその頃から本音を言ったらだめた。悪い所を見せない様にしないと嫌われる。本当の私を見せたら引かれるってって考えになり何処が壁があるって度は言われたりした。ある日そんな風な私だから友達の話に合わせてある子に対してムカつくと言っている友達に話を合わせていたらその子に言わたんよね。「さっきから一緒話してるけどその子と普通に仲良く話してるよね?それで良く悪く言ってる私と一緒に悪く言えるの?だから嫌われるんじゃない?」って怒られた!まじではっ!とさせられて本当に納得いってそこから私は人がどう思おうが好きな人は好き。一旦余り好きじゃないかもと思っても出会った人の良い所を探そうとする様にしてきた。けどそうすると今度は何処か壁があると言われる事もあったけど、でもそこはもういい加減大人やからえ〜!そんな事思わせてごめん〜!的に返せる様にはなっていたけどある日その頃よく飲みに行っていたバーのマスターから「お前は嫌われたくない病だ」って指摘され凄く納得できた、と同時に何故か安心した。心の仕えが取れたんだと思う。
本当に私は節々で教えてくれたり心配してくれる人が居たのに未だにダメなままでいる。
こんな私だから結婚しても上手く行かず離婚して今大嫌いな母と子供達と一緒に暮らしてる。
子供達には私と同じ様にはなって欲しく無くて私なりの努力はして来たけど子供達は敏感で母(私の母)の被害者意識が強い所に拒否反応を示しだし反抗的な態度を取るようになり今現在お互いに拒否してる状況。 私もずっと仲を取り持とうとお互いの話を聞いてそれぞれに悪い所を伝えたりはしていたけどやはり母は自分が被害者であると言う意識しかなく、私もいい加減もう無理だこの人は変わらんわってなり私も今は母の存在を拒否する様になってしまった。この状況が良く無いのも分かってる。でもどうしてもどうしても母の事を受け入れる事が出来ない。そんな事しか出来ない自分にも嫌気がさしてる。母だけが悪い訳じゃ無いのも分かってる。私含め皆がそれぞれ少しずつ悪くてこうなったんだと思う。でもそれを私や子供達は分かってる。自分にも悪い所がある事を分かってる。ただ母だけは自分は何も悪くない。自分は被害者でしかないと思っている。私はそこが許せない。なぜ反省をしないのか、何故常に自分だけが正しいと言えるのか、本当に理解が出来ない。
だからもう理解しようとするのをあきらめた。
私は最低だと分かってるけど自分の母の事はもう敵でしかない。
もっときちんとした人間になりたかった。私が親じゃなければこの子達はもっと幸せに暮らせていたんだと思う。それでも私を好きで居てくれるこの子達の為にこれからもこの子達には大好きだと言う気持ち、どんな貴方達でも大好きなんだと言う気持ちは伝え続けて行こうと思っている。