子どもの可能性を
制限してしまっているのは
学校教育かもしれません
もっと子どもたちが自由に羽ばたいてもいいのかも
会社でも、社会でも
ダイバシティが言われだして
もうだいぶ経つのに、
まだ未だに子どもたちの学校教育現場では
あまり多種多様性は認められていない
例えば、
日本の学校では自分のレベルに合わせた
授業をとるということが
少なくとも公立では実施されていない
特に英語の授業なんかは
帰国子女や英語がペラペラの子どもでも
ABCから習っている
そりゃあ、一斉に授業する方が
学校側はラクに感じるかもしれないが、
授業を実際にしている先生方は
苦労されることも多いだろう
自分の力量に合っていない授業を
受ける子供もつまらなかったり負担がかかる
まだまだそんな課題が山積みだと思う
ただ、レベル別にクラスを設定されるとなると、
親同士の不必要な競争心が生まれる
懸念も事実だと思う
それ自体がまだまだ
子どもたちの個性を尊重していない
ことの裏返しだけれど、
親世代がそういう教育を受けていない
のだから仕方ないのかな…
でも少なくとも私は
個性がないことの方が
マイナスだと考えているから、
例え平均よりもできない分野があっても
得意な分野を伸ばせるように
子どもには促していきたいと思う
スーパーマンではないから、
全部全部できなくていいんだよ
自分の得意な分野のスペシャリストになれば
いいんだよって
もちろん、得意不得意がなく
全部平均な子もいると思う
それも素晴らしい個性
個性を認めてあげられる社会になるといいな