本当に久しぶりです!

放置してましたはい☆


ブログとしか言いようがありません

いつか蘇る王

―Stürmisch Nacht―











 ひどく気だるいのだけれど、何か大変なことをポカした気がして、起きずには居られなかった。
 目を開こうとして、しかし眩しくて瞳を細める。

「う、ん……」
「気付きましたか、凛」

 綺麗な声がして、誘われるようにそちらを向く。
 そこには、声に負けない、綺麗な少女が立っていた。

「――え?…あ、セイバー?」
「はい。無事目が覚めて何よりです」

 至極真面目な顔で言う剣の騎士。
 ――そう、今更ながら、自分があの土壇場で最高のカードを引いたのだというコトを実感して、顔に笑みが

浮かぶのを止められない。

「――セイバー、なのよね」
「?そう名乗りましたが?」

 不思議そうに首を傾げるセイバー。
 その様は人間そのもの、使い魔という言葉には全く相応しくない。まあ、過去の英雄なのだから当たり前な

のだろうが。

「ん、ごめん。単なる確認。……あ、ちゃんと家に帰ってこれたんだ」

 あたりを見渡し、呟く。
 見慣れたリビングのソファに、今迄寝かせられていたらしい。
 時計は深夜一時を示している――が、実際は十二時だろう。

「私、ちゃんとセイバーに指示出せたのね」
「はい。玄関のロックを外して、教会に電話をかけたところで力尽きましたが」
「ちゃんと電話もかけたの、私?」
「ええ。『綺礼、今すぐ学校行って。人倒れてる。じゃ』と告げてすぐ切ってしまいましたが」
「……」

 我ながらなんという…はしょり過ぎだ。が、まあ綺礼なら気にしないかとも思う。
 職務には忠実な男だから。

「そっか。…ま、無茶な召喚だったけど、結果的には、なんとかあの場は完全に切り抜けたってことね」
「はい。ライダーには逃げられましたが、既にあちらの切り札は見ました。私の宝具ならば遅れを取ることは無い。凛は非凡な魔術師です。ゆっくり休めば、私も完全に実力を出し切れるでしょう」

 胸を張って、最良と呼ばれるサーヴァントは断言した。
 ならばそれが真実。
 次会ったときが、間桐慎二とライダーの最期だ。

「…っと、そう言えば、まだ真名を聞いてなかったわね。あなたみたいに綺麗な英雄は、ちょっと思いつかないけど、実力からしてかなり高名な存在なんでしょ。マスターとして尋ねるわ。サーヴァント・セイバー、その真名を述べなさい」
「アルトリア・ペンドラゴン。ここではアーサー王の方が通りが良いでしょうか」
「へぇ、アーサー王ね。なるほど、確かに剣の騎士に相応しい英雄――」

 一寸待て。
『彼女がアーサー王』、その言葉には並々ならぬ問題が在るまいか。こう、喩えるなら鶏肉をポークと呼び、豚肉をチキンと呼ぶような、なんか有り得ない差異が。

「凛、どうしたのです?まだ具合が悪いのですか?無理せず寝ていた方が――」
「――嘘でしょーーーー!!!!????」

 絶叫が、家を揺らした。工房としての結界が無ければ近所迷惑も甚だしかったことであろう。

「ほ、ほんとに!?あなたがあの騎士王、かつて王であり、いつか王になるとまで言わせたブリテンの王、アーサー王なの!?アルトリウスじゃなくて、アルトリアなの!!??」
「ええ、まあ驚かれるのは無理も無いとは承知していました。けど、そこまで言われると少々心外と言いますか、なんと言うべきか…」

 騎士王の少女は、目を閉じ、腰に手を当てて言った。少々、口元がとんがっている気がする。

「あ、ひょっとして、拗ねた?」
「そんなわけがありません!しかし、確かに少し憤っていないと言えば嘘になります」
「ごめんごめん、本当に意外だったんだってば。まさかあの騎士王が、こんな綺麗な女の子だなんて思いもしなかったから」

 勘弁ね、と言って手を振る凛だが、セイバーはそれこそ心外だと言わんばかりに首を横に振る。

「私は騎士であり、王だ。性別や容姿など全く意味は無い」
「あるわよ。私が褒めるもの」
「なっ」

 凛の発言に、言葉に詰まるセイバー。
 マスターである少女は続けて言った。

「既にサーヴァントで、しかも王だって言うんだから、着飾ったりする暇が無いっていうのは納得するけど。でも折角のその容姿を気にもしないのはどうかと思うわ」
「しかし、私はサーヴァントだ。そんなことを気にする必要などない」
「まあ、必要は無いわね。サーヴァントって、どうせ霊体になれば普通の人には見えないんでしょ?私も着せ替え人形が欲しくてサーヴァントを喚んだわけじゃないし」

 案外にもあっさりとした反応を示す凛。
 しかし、それはそれでセイバーには困るのだった。

「あ、それなのですが、実は、私はまだ正規の英霊に至ってはいないのです」
「…へ?」
「それは私が聖杯を求める理由と密接に関係がありますが、結論として、私は未だ英霊ではなく、霊体化をすることも出来ない」
「ち、ちょっと待って。それって、変でしょ?」
「はい」

 真っ直ぐな瞳で言うセイバーに、嘘は無いだろう。
 英霊ではない。
 しかしここに居る以上、世界が認めたには違いない。
 なら、その異常を知るには、その目的を知るしかない。

「――セイバー。貴女は聖杯に何を願うの?」
「……」
「私達は、聖杯を手に入れるための協力関係よ。相手の目的は、知っておくに越したことは無い」
「……」
「――」

 しばしの無言。時計の音が空間を刻み、空気の流れが時間を削る。
 僅かな刹那を経て、セイバーはゆっくり口を開いた。

「私は――自分の国の、未来の為に、聖杯が欲しいのです。そしてそれを得る為、世界と取引をした。私は死ぬ前に聖杯を得たい、と。だから、私はこうして聖杯を得る機会がある度に現れる。肉体は――おそらく、未だ死の直前でしょう」

 だから霊体にはなれないのだ、と。
 凛の疑問への正しい解答を、言葉にした。

「――とんだイレギュラーもあったものね。まだ死んでない、アーサー王、か…。ま、その弊害って、霊体になれないだけなんでしょう?」
「はい」
「なら問題ないわね。幸い、貴女は何着ても似合いそうだし。私の持ってる古い服を貸してあげるから、普段はそれを着て誤魔化して。そうね、誰かに聞かれたら、外国の知り合いってことにしとけばいいわ。どうせ、普段私は誰とも会わないし」

 さっきまでの真剣な面持ちはどこへやら、笑顔でにこにこと告げる凛。
 しかし、内容はあまり笑えるものでもない。

「えっと、凛、感謝します」
「気にしない気にしない。せっかくだから、この機会にいろいろおしゃれさせてあげるわよ」
「あ、いや。そんな必要は――」
「いいから!そうすると私が楽しい。私が楽しいと聖杯戦争に勝ち易くなる。どう?悪いコト無いじゃない」
「……」

 理論が飛躍し過ぎだったが、勢いに呑まれてセイバーは言い返せなかった。
 そんなサーヴァントを尻目に、勢い込んで着替えを取りに行こうとした凛だが、立ち上がった瞬間にふらりとよろけ、壁に手をついた。

「っとと…まだ、本調子じゃない、か…」

 包帯を巻かれた腕を見て、呟く。
 幸い、自分の陣地である遠坂邸で休んだおかげで治りは早いが、まだ結合が甘い。強い衝撃を受けると、また骨が折れるかも知れない。まあ何より問題は、魔力がまだまだ不十分だと言うことだが。

「って…あ、そう言えば、服…」

 自分の着ている制服に気付く。
 血がべっとりと付着し、ガラスの破片などでズタズタに引き裂かれたコレでは、服としての役割があまり果たせていない。冬には寒いだろう。

「やれやれ。間桐君には、たっぷりお礼しなくちゃいけないわね…」

 学校の結界の件もある。
 明日にはケリをつける気で行くとしよう。

「ま、とりあえず私もシャワー浴びて着替えるわ。ついでにセイバーの着替えも持って来るから、待機しといて」
「はい、分かりました、凛」

 言って、部屋を去っていく凛。
 その背中に、一つ気になっていたことを問いかけた。

「凛」
「ん、なに、セイバー?」
「貴女は、聖杯に何を願うのでしょうか」

 自分はその質問をはぐらかせておいて、この質問は間違っているとは思う。
 しかし、相手がどのようなマスターか知るには、これが最も分かり易い物差しでもあるのだ。
 ――前回のマスターは、ひどく危いマスターだった。彼は、聖杯をして『藁』と言い切った。理想に溺れた自分が、最期に掴もうとしている藁だと。その、磨耗し、鋭く尖った男は、やはりあまりに鋭利な在り方で戦争に勝ち抜いていった。
 果たして、今回は――

「願い事なんて無いわよ」
「――え?」
「私の欲することで、聖杯に頼まなきゃいけないことなんて一つも無いわ。全部自分で追いかけて、自分で掴んで、自分で失敗する。この戦争に勝つのは、そういう過程の一つに過ぎないもの」

 ま、強いて言えばお金が欲しいかなー、うちの魔術は金かかるからね、と凛は付け足して去って行った。

「……」

 ――どうやら、とても強いマスターだな、と思う。
 人間味の強い、魔術師としては甘い部分と思われるモノを多々持つが、本質的に彼女は強い。
 魔術師になり切れていない、しかし一般人では有り得ない。そんな風にしていて、もしもこのまま破綻をせず未来まで居られたら、きっと彼女は自分なんかよりよっぽど英雄の条件を備えている。

 ――だって、私は王に相応しくなど無かったのだから――

 セイバーはその言葉を、黙って呟いた。







 新都の路地裏に屯していた若者達数人から、ライダーは魔力を吸収した。
 全員、殺してはいないが一週間はベッドの中だろう。かなり危険な量を奪ったのだ。だがそれも止むを得ない、マスターである慎二の命令なのだから。

「どうだライダー、もう魔力は溜まったか?」
「宝具使用は一度が限度ですが、戦闘に支障はありません」

 実のところ、最初に魔術師から貰った風の一撃を癒していた、というのも理由の一つなのだ。あの時は、表面上こそ平静を保ったが、受け止めた身体には相当の負荷が残っていた。
 アレは、そこいらの二流が放てる威力ではない。シングルアクションでランクAに相当する魔術を放つなど、たとえ宝石を利用したとしても超一流の証だ。
 果たしてあの少女と、それが使役する非凡なるセイバーを正面から考えなしに打倒出来ると、この少年は本気で信じているのだろうか。

「フン、ならもういい。さっさと行くぞ、相手は手負いなんだからな」

 腕を組み、尊大に言い放つ慎二。
 自分の負けを微塵も疑っていない。それが信頼に寄るものならば、是が非でも応えようという気にもなるが――
 これはただの過信。根拠の無い、自分が勝利するというユメに支配された哀れな愚者に過ぎない。

(それでも。桜に誓った――彼をマスターとして認める、と。なら、それに応える必要はある…)

 間桐桜。
 ライダーの本当のマスター。たった一日でそれは交代になったが、それだけでも分かったことがある。
 彼女が、固い殻で自分を覆いながら、その実、誰かにそれを破って欲しくて仕方が無いということ。その先に見据えているのは、好きな人と一緒にいたいという、たった一つの当たり前すぎる夢であるということ。そして、そんな当たり前のことを叶えられない、少なくとも自分はそうなってしまったと思い込んでいて、それは他人による理不尽な変革だったということ。
 全てが癇に触って、全てが哀れで、全てが悲しかった。
 あまりに自分に似た境遇の彼女を救いたいと思った、そこに嘘は無い。

 だから、せめて、彼女が願うことだけでも、自分が叶えてやりたいのだ。
 それが、彼女自身を苦しめる男を救うことだとしても。

「行くぞライダー」
「――」

 無言で、指示に従い、夜の空を舞う。
 目指すは、先の魔術師の寝床――

「うん…?待てよライダー…あれは、なんだ?」

 眉を顰め、そんなことを言う慎二。
 既に冬木大橋は越え、深山町に差し掛かったときだ。
 彼の言葉に耳を貸し、民家の屋根の上で立ち止まる。そして彼の意図の方向へ視界を向ければ――

 よろよろと歩く、一人の少年がいた。
 見た感じ、何の変哲もない。胸を押さえ、力ない足取りではあるが――

「…先ほど、殺したはずの部外者ですね。名前は確か――」
「衛宮」

 慎二が呟く。
 どこか呆然と、どこか歓喜に彩られて。

「お前、確かに殺したよな?」
「心臓に杭を打ちました。確実に死亡したでしょう。…あのあと、何者かが救ったとすれば話は別ですが」
「……遠坂、か?だよな。いくら魔術だって、脳の完全再生は出来ない。死後十分もすれば、脳は回復不能だ。なら、あの場で即座に、誰かが治療を施した…ははっ、こいつは良い…こいつは傑作だ!!」

 狂ったように笑い出す慎二、躁鬱が激しい、というのは本当らしい。
 まあ、主に躁の気が多いようだが。

「なんでッ!アイツなんかを助けたんだ!?クソッ、ならいいさ。せいぜい利用してやる。ライダー、衛宮を追え!」
「――必要があるでしょうか?」
「はぁ、口答えすんなよ。まあいい、馬鹿なお前にも分かるように言ってやる。遠坂は、衛宮を助けた。なら、アイツには…衛宮士郎には人質の価値がある。いくら手負いでも、魔術師の工房を襲うのは難しいから、どうやっておびき出そうか迷ってたんだよ。こいつは良いエサだ」
「…」

 なるほど、最低限勝つ為に策を弄するつもりくらいはあったようだ。
 内容は褒められたものではないが――
 別段、反対する必要も無い。
 そもそもあの少年は、神秘を目撃し、死なねばならなかったモノだ。

(全く、運が無いですね、エミヤシロウ)

 その名を覚え、ライダーはゆっくりと少年の背後に迫る。
 少年は気付かず、自分の家に入って行った――





「これは?」
「昔、綺礼がくれた服よ。地味であんまり私は好きじゃなかったけど、セイバーなら似合うかなって思って」

 血を拭い落とし、赤い普段着に着替えた遠坂凛は、白いブラウスをセイバーに手渡していた。

「そうでしょうか。私にはよく分かりませんが」
「ま、とりあえず着替えて見なさい。貴女に恥かかせるような格好で連れ歩くわけには行かないんだから、ちゃんと似合わないと駄目なのよ」
「はぁ、そうですか…」

 まあ、自分が霊体化できないのが悪いのだ。
 文句は言えないし、そもそも別段文句も無い。
 鎧を魔力に戻し、服に着替えようかと言うとき――

 電話が鳴った。
 瞬間、セイバーは眉を潜めた。あまり良い気分がしなかったからだ。それは直感による予知に近かった。

「凛――」
「ああ、電話ね。すぐでるわ」

 そんなことは微塵も感じていなかったのだろう、凛は普通の足取りで電話に近付き、受話器を取る。

「もしもし?」
『――凛か』

 その深く響く求道者のような声は、凛が嫌と言うほど聞いてきたものだ。

「なんだ、綺礼?学校の修復は終わったの?」
『無茶を言ってくれる。あれほど徹底的に破壊されたものは簡単には直らん。だが、誤魔化しようは幾らでもある。お前が気にする必要は無い』
「気にしてないわよ。そんなことより、何の用?ひょっとして、マスター登録の件?」
『それもあるが、急務はそれではない』

 相変わらず、すぐに結論には入らない彼の喋りは苦手だ。
 知らず、凛は声を荒げていた。

「もったいぶらないでさっさと話しなさい」
『良かろう。凛、お前は『人が倒れている』と言ったな』
「ええ。一人、一般人が巻き込まれたの。保護した?そしたら記憶を消してしばらく匿ってやって。相手がちょっと悪くて、また巻き込まれるかも――」
『良く分かっているな。その通りだ。そのような少年は既に居なかった。血痕は見つけたがね』
「え――」
『つまり、自力で帰ったか、また巻き込まれたか、だ。最も、自力で帰ったならば、また狙われるのだろうが』
「ッ…!」
『ではな、確かに伝えた。無事発見したなら、また連絡するがいい。その時は改めて身元を保護しよう』

 そうして、電話は一方的に切れた。
 綺礼が何故忠告までしてくれたかなど考えない。
 あの男の行動が読めないことなど日常茶飯事だ。そんなことより――

「凛、どうしたのですか?」

 着替えを手に持ったまま、ずっと待っていたセイバーが問う。
 凛は拳を握り締め、自分のミスをなじった。
 ――朦朧としていたとは言え、衛宮士郎を放置してくるなんて…なんという不手際!
 そうだ、巻き込まれた一般人として、直接綺礼に預けるまで目を離すべきでは無かったはずだ。傷だけ直して放置では、片手落ちもいいところだ。

「セイバー、着替えはあと。…衛宮君を探すわよ!」
「――それは構いませんが、アテはあるんですか?」
「まずは彼の家に行ってみる。居なかったら手遅れだわ!」

 ――慎二とライダー。あの二人が目撃者を残すか?慎二は衛宮士郎と友人だったはずだが、そんなもの当てに出来ない。

「ったく、間が抜けてるんだから!」

 叫び、コートを羽織って凛は家を飛び出した。
 ぴったりと追従する、鎧姿の騎士王を連れて。