君は覚えてるだろうか。

代官山のライフハウスまで
電車を乗り換え通った事を。

君は時々でも思い出すのだろうか。
仙台のライフハウスへ弾丸参加した事を。

君はもう忘れてしまったのだろうか
渋谷で初めて整理番号が1番だった事を。



君は、今
父となり、夫となり、
お子さんも5歳になったんだね。


私は、相変わらず
変われず

晴れない世界の下で、生きています。
自殺サイトを色々見てる。


死にたい、でも死ぬのも怖い。

でもね、もう何も知りたくないのよ
もう何も考えたくないのよ

それが叶うのは、死ぬ事しかないんじゃないかって思うの。


一つだけ、心残りがあるならば、
2月に母の葬儀を終えた父に、私の葬儀をさせてしまう事だ。


偶然、本当に偶然
致死量いけるお薬が手元にある。


怖いなら、お薬飲んで
ユラユラと、ボンヤリしながら、
25日の彼と同じく、吊るのがいいかも。

何も考えたくない
何も知りたくない

生きてる限り、また別の苦しみがやってくるのだから。
必ず、やってくるのだから。

終わりにしたい。

貴方の笑顔が好きでした。


でも、私の記憶には、
怒り、怒鳴り狂う貴方の顔ばかりが浮かびます。


病室の筆談メモを見ました。


「お願いです、家に帰らせて下さい」
「さびしいんです」
「お願い、お願いです」


貴方の愛する人も、
「週明けに先生へ頼んでみようね」と言った半日後…。


愛する貴方へ。


色々あったね、本当に色々。
憎んだ事もあった。
私、本当にあの時は貴方に殺されるんじゃないか、とも思った。


貴方は私を罵倒し続けた「声」を失い、
同時に沢山の様々も失った。

早いね、あれから25年、
対話出来ないもどかしさと苦痛の中
貴方は「生きる」を耐えました。


2月上旬のレントゲン、
もう肺も何もかも真っ白でした。


苦しかったよね。
苦しいし、身体中が痛かったよね。


苦痛に歪める顔を、笑顔に変えてあげる事が出来なかったね、ごめんね…



最初で、最後、
私は貴方に抱きつきました。


輪廻転生が在るとして、
また若かりし苦痛や痛みがそこに待ってるとしても


私を、貴方の娘に選んで下さい。



親愛なる母へ。

大好きだよ。