最近やたら夢を見ます。
話をしたら夢は正夢にならないと言うのでblogに載せてみる。



いつも暗い真っ暗な部屋。


目がなれて周りを見渡すと愛知にいたときに住んでいた部屋。

セミダブルのベッドで寝ていた俺。


寝ぼけた状態でトイレに行こうとすると隣の部屋で泣いている元カノがいる。

なんで泣いているのか聞こうとして近寄ると離れていく。 追おうとすると離れる。

ただ一人真っ暗な中で元カノが泣いている。


手を伸ばして元カノに触ろうとすると…
夢が覚める。

そして、僕は涙を流している。

なんでやろ。

『会いたい。』と思っているんやろか。


なんかね、【付き合う】という行動をもう気付いたら2年もやってないんだな。


なんやろね。

寂しいんかね。
心の底で。


誰かに愚痴を言ってもすっきりしないはず。
本人に言わないとすっきりしない。

だけど、俺は連絡しないって決めてるし。


こんなとき皆はどんなことして気持ち落ち着けるんだろうか。

教えて。


暗いblogになってしまう。

もっと明るいblogにしたいのに。


昔から思っていたこと。
 
 
俺は長崎にいる意味があるのか。
 
 
他県だとバイトでもらう安月給で実家暮らしなのに家に金を入れてあげられやしない。
 
 
愛知にいた頃は毎日が楽しくて友人も多くいて週末の休みになれば必ず遊びに行っていた。
 
 
今は楽しくないし、周りの友人と言える人は1人ぐらい。
 
遊びになんて行けやしないし、休みも合わない、車もない。
 
ストレスなんて溜まるだけ。
 
間違いなくつまらん人生や。
 
たまに電話する愛知の頃からの友人の声を聞くだけで安心し、癒される。
 
なんかさ、つまらん毎日や。
 
 
あかんよな。こんな腐った人生。
 
 
つまらん。
 
 
闇に入ってるわs7802さんのブログ-DIMG0231.gif
 
 
 
愛知に行きたいs7802さんのブログ-20100613170753~00.gifs7802さんのブログ-20100613170753~00.gifs7802さんのブログ-decore_e_km_gusuri.gif

こんかいの地震の報道を何度も見て 僕は思った。


長崎にも似た災害があったことを。


1982年だったかな?? 『長崎大水害』


今回のような地震があって、その津波の被害があって・・・。 とは違うけど、これも自然災害の一つ。


長崎市内は基本平地が少なく、山の斜面に家々が連なっている。


だから、ちょっとした集中豪雨で川が氾濫したり、災害がでる。


僕は生まれたのは1984年。 長崎の水害があった後に産まれた。


これは偶然と言っていいのか、運命と言っていいのかわからない。


だけど、この話を聞いて僕は寒気がした。


だって、今までこの話を聞いたことなんてなかったのだから・・・。




当時の母親は病院の看護師の仕事をしていて、その日も働いていたそうです。

雨が強くなってきたのもあり、その日は早めに帰宅して、その当時住んでいた家は山の頂上にあった一軒家。


職場から約10km離れた場所に住んでいた。


水害で自宅の損失は少なかったものの、職場は大惨事だったそう。 もちろん、水害があった後なので、電車、バスなんて動くはずがない。


その時母親は歩いて片道3時間以上かけて職場に通勤していったそうです。


もちろん、その日も自宅に戻ったようなのですが、母親はその時に妊娠5ヶ月だったそう。


妊婦の気持ちなんて僕にはまだ理解なんて出来ないけど、無茶をしていたようで、お腹の子は流産したそうです。


事実、僕は『三人目』だったのかもしれない。 ヘタしたら産まれてきていない。


もしその子が産まれていたら・・・。 存在すらしていなかった。


そう考えるだけで・・・。 怖い。


なんでだろう・・・。 本当は母親に対し、『産んでくれたことに感謝』するはずが、そのことをなぜに今になって話をしてきたのか・・・。


まだ、理解しきれていないからなのか、頭が混乱している。


ただ、今、ここに僕がいる。 生きていることには間違いがない。


だけど、僕だって明日、事故にあい、死ぬかもしれない。 


そうなったとしても僕は構わない。


だって、悔いのない生き方をしてきたわけじゃぁない。


自分の好きなことをしてきて、

自分の敷いた道を歩んできたから。


ただ、もし、死ぬ前に一つだけ願いが叶うなら今まで世話になった人、一人一人に『ありがとうございました』って言いたいかな。


感謝の心を忘れたくないから。