寺猫は三匹いますが、実はこの寺には、もう一匹猫がいるのかもしれません。
それが、《虎図襖》に描かれた虎です。

 

この虎は、顔と前足が後ろの部分よりもずっと大きく描かれています。そのため、岩を後ろ足で蹴って飛び出し、前足で着地した瞬間のようにも見えます。

襖六面にわたって、たった一頭だけ描かれた虎は、強い躍動感と迫力に満ちています。その勢いのまま、今にも襖からトンと飛び出してきそうに感じられるほどです。

しかし、円山応挙の型を破り、長沢芦雪を「奇想の画家」の一人として印象づけているのは、虎のしなやかな体の動きだけではありません。とりわけ注目されるのは、その顔の表情です。

 

《虎図襖》の虎については、美術史の専門家によってさまざまな意見や推論が語られてきました。しかし、こと「顔」に関しては、ほぼ共通した見方があります。
それは、「猫のように見える」という説です。

 

美術史家の辻惟雄氏は、『奇想の系譜』の中で、この虎について


「猛獣らしい凄みをさっぱり欠いていて、むしろ猫を思わせる無邪気さが感じられる」
と述べています。さらに辻氏は、東京藝術大学名誉教授の山川武氏(1926–2004)の見解にも賛同しています。山川氏は、「皮肉屋の芦雪が胸中にひそかな戯れ心を込めて、巨大な猫を描いたのではないか」と想像しています。

 

また、愛知県美術館の学芸員である深山孝彰氏は、2017年の展覧会『長沢芦雪展 京のエンターテイナー』の図録の中で、虎の描写について以下の興味深い指摘をしています。

 

そもそも虎は日本には生息していない動物でした。そのため当時の絵師たちは、中国や朝鮮から伝わった絵画や虎の毛皮を参考にして虎を描いていました。しかし、中国の虎の絵は吉祥的な意味合いが強く、猛々しい姿として描かれることはあまりありません。また毛皮は敷物として加工されていたため、実物とは少し違う形になっていました。耳は小さく、皮が伸びて目は大きく見える状態です。

さらに、本来の虎の瞳は昼夜を問わず丸く一定の大きさですが、そのことを知らなかった日本の画家たちは、虎の目を細く描くことが多く、その結果、猫のように見える虎の絵が少なくなかったといいます。

 

それでも深山氏は、こうした事情を考慮したうえで、無量寺の《虎図襖》については「顔だけが特に猫っぽく、意図的に猫に近づけて描かれている」と指摘しています。

また、府中市美術館の学芸員である金子信久氏も、『かわいい江戸の絵画史』の中で、《虎図襖》の虎を「かわいい」と表現しています。その理由の一つとして、猫のような顔が挙げられています。

 

では、芦雪は本当に猫のような虎を意図して描いたのでしょうか。

この点を考える上で重要なのは、芦雪が描いた他の虎の絵です。虎は禅宗において、寺の空間を守る象徴的な動物とされています。禅僧たちと深い交流を持っていた芦雪は、虎の絵を何枚も描いています。その一例が、島根県西光寺に残る《虎図》です。これは芦雪が南紀旅行に出る直前に描かれたと考えられています。さらに、構図をほぼ反転させただけのよく似た虎の絵が、南紀旅行中に描かれた草堂寺の襖にも見られます。そして、これらの虎の顔は、師である円山応挙の描く虎とよく似ています。つまり芦雪は、ほぼ同じ時期に、無量寺の《虎図襖》とはまったく違う顔の虎をいくつも描いていたのです。

 

このことから考えると、無量寺の襖に描かれた猫のような顔の虎は、芦雪が意図的に描いたものであった可能性が高いといえるでしょう。

 

4匹目の猫は、寺の3匹の猫が本堂を走りまわるのを見守ってくれているボス猫ですね。

 

※本記事の内容は、本ブログ管理人リリィが慶應義塾大学在学中に執筆した卒業論文をもとにしています。引用文献等の注記は、本シリーズの最後にまとめて掲載します。

 

(ブログ管理人 リリィ)