「はっきりしろよ」
「どっちなんだよ」
「優柔不断は最低だよ」
すでにお決まりとなった言葉
必ずと言っていいほどいわれる。
確かに僕は優柔不断なんだろう
実際目の前にして、どちらかを選択しなければならないとき
必ず僕は立ち止まってしまう
どちらを選ぶか?
選択という非常に危険極まる行為に立ち向かって
導き出した答えのはずなのに
どうして
なぜ
僕は罵声を浴びせられなければならないのか?
この罵声が選択している途中に叫ばれる言葉ならまだ理解もできるが
選択後にいわれるのは理解できない
正直「美味」なら何でもいいと思う
だがそれでは納得してくれないのだ
なぜだ!?
どうして!?
そもそも
たかが「アンパン」の「あん」が
「つぶ」か「こし」か選ぶだけどうしてここまで責められなけばならない
「どっちもうまいじゃん」
「優柔不断すぎ、どっちかえらべよ」
この無限ループに僕は立ち向かわなければならないと思うと
残りの人生の色が「小豆色」に見えくる
いやすでに「小豆色」なのかもしれない