おはようございます
まさか この時間からブログを書くことになるとは
いやはや 俺って結構暇人?
まぁ そんなことは置いといて、話を始めます
昨日は結局課題をせず
9時から記憶が途絶えているので
たぶん その時間から寝ていたのでしょう
起きたのは3時です
課題せな・・・
・・・・
ところで
「ヒカリへ」という曲をご存知ですか?
MIWAとアーティストの曲なのですが
この頃 いいなって思い始めています
曲を気に入る基準は人によって 十人十色
自分の場合は歌詞から入ります
「溢れる想い 愛は君を照らす光になれる」 さび部分
はっきり言って大した歌詞ではない
そう思える一文
なれる という言葉には 「そういう風になることができるという」
いわば 可能性のニュアンスが込められていると思う
作詞者が何を思ってこの詩を書いたのか自分にはわからないが
「私・僕のあなたへの想いは、貴女・貴方を照らす光になる可能性を含んでいる」
これは一種の選択なのではないだろうか?
相手に対して、可能性を示唆する
示唆するよりもはっきりと言ったほうが、手に入れることができる可能性は格段と上がるのに
この歌詞を語ったものは、それをしていない。
相手に対して選択させているような気がする
相手のことを本当に考えているからこそ、選ばせるのではないだろうか?
「たとえ描く未来に そこに私がいなくても
いまはそっとだきしめてあげる 」
この部分も何かを示唆しているのかもしれない
いまはそっとだきしめてあげる
では 未来は?
例えに込められた意味は?
未来というものをこの詩を語った者が、持ち合わせていないのかもしれない
だからこそ 「いまは」 という言葉をつかっているのではないだろうか?
今は一緒にいられるが
未来は一緒にいられない
だからこそ 選択させるのではないだろうか?
来たるであろう「悲しみ」というものから
想い人を守るために・・・
この唄には、そういった思いが込められているのかもしれない
・・・そういった深読みをするようになってしまいました
なぜか自分にはわかりませんが、この唄を気に入った経緯はこんな感じです
みなさんも一度聞いてみてはいかがですか?
では 今回はこれで
