こんにちは。
小山 千春です。
都内の桜が満開!
って思っていたら
私の地域も満開の所がちらほら。
お花見って期間限定ですからね。
行ける時に行かなくてはですね^^
そんなことはさておき。
先日、家族で話した事でハッとさせられることがありました。
娘は元々ちょっと人に「物を貸す」のが苦手。
そのことを私と夫はちょっと責めてしまいました。
どうしたら良いか3人で話しながら
私は自分から出る言葉に
なんとなく違和感を感じずにはいられず
自分から話すのを途中でやめました。
今度は夫が話すのを聞いていて。
これまた違和感を感じる。
その上、夫から出る言葉で気付いた事がありました。
(夫は自分の"不安”を娘に押し付けている)と。
そこでハッとしました。
私も同じように娘に自分の不安を押し付けて
コントロールしようとしていたんですね。。。
ここでいう”不安”とは、
貸し借りが上手にできない子は嫌われてしまう…
こんな自分勝手がいつまでも通用しない…
いじめたり、いじめられたりするのではないか…
と起きてもいないこと、娘自体が不安ではない事。
そんな親としての”不安”がついつい強く出てしまって
あたかも自分が正しいかのように話してしまいました。
夫も私の話しを聞いていて違和感を感じたのでしょう。
最初話していたこととは意見を変え
「○○がしたいようにしたらいい」
うつむいていた娘に笑顔が戻りました。
「どうしたらいいかわからなかった。」
「それってパパとママの考えだよね?」
って思っていたらしいです。
全くその通りです。。。
そもそも
”どうしたら良いか”
ではなく
”そのままでいい”
だったことに気が付がつきました。
貸し借りがうまくできない。
そんなこと大した問題じゃなかったね。
それよりも大切なのは
親として娘を信じてあげることでした。
間違ってもいい。
格好悪くていい。
家族で最後まで話し合える関係が嬉しい。
どういう結果になってもみんなが納得できる方がいい。
そしたらすれ違いとか思い込みとか
そんな勿体ない事が薄れていくんだろう。
それでこそ家庭が安全・安心の場になるんじゃないかな。
今回のことで私たち夫婦は娘を
多少なりとも傷つけたかもしれません。
でもね
お互いがどう思って、どう考えているかを
話せる事の方がよっぽど大切だと思えた。
私の両親はこういうことが苦手だったから
伝える大切さを身に沁みて感じる。
どんなに関係が近くても
自分以外のことなんてわかるわけがない。
だからいつまでも伝えあっていきたい。
