満月の後のこの時期に
はじめましてのヨーガクラスに参加してみる
3月並みに暖かい日があったりもするけど、
今日みたいな寒い日に外に出ると、やっぱりまだ冬だなと気づく。
自主練を始めてから、ヨーガのクラスに参加することはひさびさで
今日のクラスはいまやっているヨーガとはコンセプトが少し違っていて、
でも身体が気持ちよくなる感覚と、あったまることや動かすことのきもちよさ、
先生のリードに体の動きを任せること、普段と違うストローク、
クラスに出ることの良さを感じたクラスで、今日ここへ来てよかったとおもう
寒い冬だからこそ動かす、
動くことで温まる
時にリズミカルに動かして、心拍をあげる、
そうすることで温まる
動かした後は余韻を感じる時間も忘れずに
身体が伸びると気持ちいい
呼吸をすると気持ちいい
あたたかいハーブボール(レモングラスやウコンなどあたたまるハーブのブレンド)を
体に当てるとそれだけでその部分から体が温まるようなきもちがして、
ハーブの香りにも癒されて、
それだけでとても心にもエネルギーが満ちる
そのあとはすこし
何のためのヨーガをしているのか、自問する
わすれていたものは
身体の動きと呼吸を合わせた時の
”呼吸がひろがるここちよさ”
コントロールされた呼吸(呼吸法)の練習では感じなかった種類のここちよさと解放感
かつてわたしはこのためにヨーガを必要とした
自分を感じること、身体を感じること、
身体が伸びること、身体を動かすこと
あたたまること、つつむこと、かんじること、ケアすること、自分に対してやさしくなること、
ヨーガから得ていたものはきっとこんな感覚
そのうえでどんなヨーガを目指すのか
感じないようになりたいのか、
心地よさを感じたいのか、
感じ方をコントロールしたいのか
心地よさを感じている自己をも手放していきたいのか
心地よさを感じている自己をもって人生の波をのりこえていきたいのか
瞑想とは何か
無念無想の練習で感じた感覚は、もっと無味乾燥としたもので、
それはモノクロトーンで、振れ幅のすくない、感覚を削りとっていくような、
欲望も、固執も、そして意欲までなくしていくような、
ただただ無色透明なところへ向かっていくようなもので、
目指すところは絶対零度
どちらがいいのかとかではないとはわかっているけど、
コンセプトの違いと得られる感覚の違いを感じて
二つを同時に得ることを目指すより、
今はどちらか選んで進んでみるのもよかろうかとおもう
しかしそのさきにはどちらがいいという二元論をなくした統合が必要なのだろう、というのは理屈ではわかる
表面はただ少し違って見えるだけなのかもしれない
スティーブ・ジョブズのように成功をおさめた人が瞑想をするならば、
さらに先をもっと上を追い求める心を統一していくような効果を得られたのかもしれない
あたたかさと絶対零度、
いま自分に必要なものを選んでいけばいいのだろうか